ジブリを遠く離れて――。「鹿の王 ユナと約束の旅」で初監督、アニメーター安藤雅司の歩んだ20年の軌跡【アニメ業界ウォッチング第93回】

2022年10月22日 10:000

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監督・作画監督・キャラクターデザインの一人三役に挑戦、そして現在のこと


安藤 さらに僕の憧れる作画監督を上げるとすれば、黄瀬和哉さんです。黄瀬さんの影の付け方は、真似できません。大胆な影つけと繊細な影つけとが、共存しているんです。そして、見ている側からすると、「うん、こんな感じあるよな」という発見がある。その発見がリアリティを喚起して、ある種の色気のようなものが立ち上がってくるように思います。近藤さん、杉野さん、黄瀬さんたちに共通しているのはスタイルが固まっていないこと。そして、どこかで常にリアリティを探っている。僕はそんな域には達していませんが、彼らの持っているバランス感覚を、作画監督としての自分も求められていると思いたいです。

── 「鹿の王 ユナと約束の旅」は、どのような経緯で参加したのですか?

安藤 最初は作画監督として呼ばれたのですが、脚本の段階からアイデアを提供することが多くなり、それが採用された結果、共同監督としてクレジットされることになりました。「思い出のマーニー」(2014年)で作画監督を担当したときと同じで(安藤氏は脚本としてもクレジット)、どういう作画が作品にとってベストなのかメインスタッフとして模索する必要があるんです。そのときに「なんか違う」「どこか変だ」といった抽象的な言い方をしていては作品づくりが停滞するばかりか、下手をすると後退してしまう。自分で具体的な代案を用意していけば、検討課題がハッキリしてきます。自分なりのアイデアを提出するのは、演出家になりたいからではありません。作画監督としてどのように作品を理解しているかを証明し、なおかつ自分で納得できるかどうかを確かめているだけなんです。今敏さんの作品に参加したときも、監督のカラーに収まるように「その方向で行くならこうじゃないかな?」といった提案はしていました。


── 「鹿の王」には、そうそうたる顔ぶれのアニメーターたちが集まっていますよね。チーフアニメーターと作画監督補佐が井上俊之さん、原画に尾崎和孝さん、吉田健一さん、米林宏昌さん、小西賢一さん、黄瀬和哉さん、西尾鉄也さん……。

安藤 そうそうたる顔ぶれということは、つまりいろいろな仕事を抱えているアニメーターさんたちなので、ほかの仕事の合間にお願いすることになりました。井上さんはレイアウトのみ、第一原画のみのカットも含めると「映画全体の何割だろう?」というぐらい膨大にカットを描いていただいたので、チーフアニメーターという肩書きをつけさせてもらいました。
今回、僕は演出と作画を兼任したので(キャラクターデザインも安藤氏)、物理的な作画の作業量が見えてきます。どうすれば自分たちのキャパシティに収まるのか、カット数の上限を決めていきました。原作をそのままアニメ化すると大変なボリュームになってしまうのですが、岸本卓さんとつくった脚本は長大な原作を2時間に落とし込むという意味では、構造的な意味でひとつの正解は出せたと思っています。問題は、どこまで各描写を深められるかでした。しかし、現場的にはかなり混迷していて、「これぐらいの動き」と作画の範囲を想定したうえで絵コンテをまとめつつ、コンテのできたところから作画を発注して、コンテは4人で分担して書いていたのでコンテの修正作業にも追われて……という状況でした。

── すると、実作業の調整が大変だったわけですね?

安藤 初演出なのに、ここまで制約だらけの中でやらないといけないのか……(笑)というぐらい、調整は多かったです。もちろん反省点やくやしい思いはありますが、あの現場でやれる範囲のことをどこまで達成できるか、という意味ではがんばったと思います。ゆえに、がんばったスタッフには本当に感謝しかないのですが、やはり完成作品の責任は監督の自分にあります。振り返ると、もっとやれたのではと思ってしまうのです。

── 現在は、「この世界の片隅に」の片渕須直監督の次回作に、作画監督として参加していると聞きますが?

安藤 そうですね、片渕さんから呼ばれました。前作の自分の監督としての至らなさを踏まえ、すぐれた監督と組みたいと思っていたので、ぜひやりたいと返事しました。まだ本格化はしていませんが、すでにスタジオに入って作業しています。片渕さんは時代考証などのリサーチ力がすごいので、こちらはとても追いつきません。その分、片渕さんに頼ればいいだろう、ちょっとは楽できるだろうと思っていたのですが、決して楽ではないですね(笑)。



(取材・文/廣田恵介)

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