※本コンテンツはアキバ総研が制作した独自コンテンツです。また本コンテンツでは掲載するECサイト等から購入実績などに基づいて手数料をいただくことがあります。
「ももへの手紙」から「君の名は。」へ……作画監督に求められる能力、資質とは何か?
── その後、テレビアニメの原画を何本かやった後に、沖浦啓之監督の「ももへの手紙」(2012年)で、キャラクターデザインと作画監督を兼任しますね。 安藤 沖浦さんの監督作では、「人狼 JIN-ROH」(2000年)に誘われたことがありました。当時の僕は「もののけ姫」の作監をやった直後で、まだジブリに所属していたので断ることになりましたが、やらなくてよかったです。……というのも、当時の自分の力量では、とても沖浦さんの求めるレベルには応えられませんでしたから。「ももへの手紙」は「パプリカ」の作業の後半ぐらいに、井上俊之さんから「話が来たら聞いてやってほしい」と企画書を渡されたことがキッカケでした。沖浦さんは「妄想代理人」で原画を描いてくれて、「イノセンス」には僕も原画として参加していたので、接点があったんです。僕以外にも作画監督を探していたようですが、沖浦さんの監督作なら確実に大変になると誰にでもわかるようで(笑)、難航していたようです。僕としては井上さんのサポートが受けられるなら(井上氏は副作画監督として参加)、やってみたいと思ったわけです。
── その後、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」(2012年)や「かぐや姫の物語」(2013年)の原画を経て、「君の名は。」で作画監督を務めますね(田中将賀氏によるキャラクターデザインのクリンナップも担当)。 安藤 「君の名は。」は、新海誠さんのマイナーレーベルからメジャーの商業映画への挑戦という側面が大きかったんです。新海さんはマイナーレーベルとしては十分に「すごい」と言える作品をつくっていましたが、商業アニメには独自の形でしか関わってきませんでした。スタジオを構えてプロのアニメーターを集めたつくり方は初めてだったわけで、そのために経験者が必要だったということでしょう。田中さんがキャラクターをデザインされたのだから、田中さんが作画監督してもよかったと思うのですが、たまたま僕がスケジュール的に都合よく空いていたんです。ですから、タイミングも大きく作用しています。
── しかし、安藤さんを作画監督として呼んだからには、高い作画クオリティを確保したかったのではありませんか? 安藤 現場には贅沢といっていいぐらい優秀なアニメーターが集まってくれたし、スタッフにはいいものをつくろうという意識が強くありました。新海さんはそこまで求めていなかったかもしれないし、プロデュース側からすれば必要以上にお金をかけたくはなかったでしょう。幸い、コミックス・ウェーブ・フィルムの川口典孝プロデューサーはスタッフを大事にする方だったので、僕たちはかなり粘ることができました。
── そのようにいろいろな人から声をかけられてきた安藤さんですが、自分に求められているものって何だと思いますか? 安藤 “バランス”なのではないかと思います。僕は近藤喜文さんを尊敬しているのですが、リアリティと親しみやすさのバランス感覚が、一時期の近藤さんの作画からは強く感じられます。「赤毛のアン」や「火垂るの墓」の作画を見ると、宮崎駿さん風のスタイルを汲みながらも、しっかりと現実感がありますよね。近藤さんは、本来は漫画映画の好きな方ですが、高畑勲監督の求めているものがわかるからこそ、さまざまにアプローチを変えていったのだと思います。近藤さんは亡くなるまで絵柄が固まることなく、その時々でバランスの探り方を変えていきました。そこを面白いと感じるんです。
もうひとり、尊敬する作画監督に杉野昭夫さんがいるのですが、杉野さんも作品ごとに「こうやったら、どう見えるだろう?」と探っているのがうかがえるんですね。服のシワや影の付け方など、ちょっとコテコテすぎると感じるときもあるのですが、スタイルとして洗練されているかどうかではなく、そうした途中段階も含めてアプローチや挑戦が見ていて面白いんです。ただ、あるインタビューで知ったのですが、OVA版の「ブラック・ジャック」のとき、作画監督の杉野さんは「手塚治虫のキャラクターはこんな感じだろう」と第1話よりも第2話を抑え気味にまとめたんだそうです。だけど(監督の)出﨑統さんは納得せず、杉野さんとの間に静かなぶつかり合いがあったらしいんです。つまり、監督の意向があるからこそ、作画監督は新しいアプローチを試せるわけです。