ジブリを遠く離れて――。「鹿の王 ユナと約束の旅」で初監督、アニメーター安藤雅司の歩んだ20年の軌跡【アニメ業界ウォッチング第93回】

2022年10月22日 10:000

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「ももへの手紙」から「君の名は。」へ……作画監督に求められる能力、資質とは何か?


── その後、テレビアニメの原画を何本かやった後に、沖浦啓之監督の「ももへの手紙」(2012年)で、キャラクターデザインと作画監督を兼任しますね。

安藤 沖浦さんの監督作では、「人狼 JIN-ROH」(2000年)に誘われたことがありました。当時の僕は「もののけ姫」の作監をやった直後で、まだジブリに所属していたので断ることになりましたが、やらなくてよかったです。……というのも、当時の自分の力量では、とても沖浦さんの求めるレベルには応えられませんでしたから。「ももへの手紙」は「パプリカ」の作業の後半ぐらいに、井上俊之さんから「話が来たら聞いてやってほしい」と企画書を渡されたことがキッカケでした。沖浦さんは「妄想代理人」で原画を描いてくれて、「イノセンス」には僕も原画として参加していたので、接点があったんです。僕以外にも作画監督を探していたようですが、沖浦さんの監督作なら確実に大変になると誰にでもわかるようで(笑)、難航していたようです。僕としては井上さんのサポートが受けられるなら(井上氏は副作画監督として参加)、やってみたいと思ったわけです。

── その後、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」(2012年)や「かぐや姫の物語」(2013年)の原画を経て、「君の名は。」で作画監督を務めますね(田中将賀氏によるキャラクターデザインのクリンナップも担当)。

安藤 「君の名は。」は、新海誠さんのマイナーレーベルからメジャーの商業映画への挑戦という側面が大きかったんです。新海さんはマイナーレーベルとしては十分に「すごい」と言える作品をつくっていましたが、商業アニメには独自の形でしか関わってきませんでした。スタジオを構えてプロのアニメーターを集めたつくり方は初めてだったわけで、そのために経験者が必要だったということでしょう。田中さんがキャラクターをデザインされたのだから、田中さんが作画監督してもよかったと思うのですが、たまたま僕がスケジュール的に都合よく空いていたんです。ですから、タイミングも大きく作用しています。


── しかし、安藤さんを作画監督として呼んだからには、高い作画クオリティを確保したかったのではありませんか?

安藤 現場には贅沢といっていいぐらい優秀なアニメーターが集まってくれたし、スタッフにはいいものをつくろうという意識が強くありました。新海さんはそこまで求めていなかったかもしれないし、プロデュース側からすれば必要以上にお金をかけたくはなかったでしょう。幸い、コミックス・ウェーブ・フィルムの川口典孝プロデューサーはスタッフを大事にする方だったので、僕たちはかなり粘ることができました。

── そのようにいろいろな人から声をかけられてきた安藤さんですが、自分に求められているものって何だと思いますか?

安藤 “バランス”なのではないかと思います。僕は近藤喜文さんを尊敬しているのですが、リアリティと親しみやすさのバランス感覚が、一時期の近藤さんの作画からは強く感じられます。「赤毛のアン」や「火垂るの墓」の作画を見ると、宮崎駿さん風のスタイルを汲みながらも、しっかりと現実感がありますよね。近藤さんは、本来は漫画映画の好きな方ですが、高畑勲監督の求めているものがわかるからこそ、さまざまにアプローチを変えていったのだと思います。近藤さんは亡くなるまで絵柄が固まることなく、その時々でバランスの探り方を変えていきました。そこを面白いと感じるんです。
もうひとり、尊敬する作画監督に杉野昭夫さんがいるのですが、杉野さんも作品ごとに「こうやったら、どう見えるだろう?」と探っているのがうかがえるんですね。服のシワや影の付け方など、ちょっとコテコテすぎると感じるときもあるのですが、スタイルとして洗練されているかどうかではなく、そうした途中段階も含めてアプローチや挑戦が見ていて面白いんです。ただ、あるインタビューで知ったのですが、OVA版の「ブラック・ジャック」のとき、作画監督の杉野さんは「手塚治虫のキャラクターはこんな感じだろう」と第1話よりも第2話を抑え気味にまとめたんだそうです。だけど(監督の)出﨑統さんは納得せず、杉野さんとの間に静かなぶつかり合いがあったらしいんです。つまり、監督の意向があるからこそ、作画監督は新しいアプローチを試せるわけです。

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