「イデオン」のメカニック・デザイナー、樋口雄一さんが教える“敵をつくらず生きる自由放埓な創作人生”【アニメ業界ウォッチング第56回】

2019年07月14日 15:000
「イデオン」のメカニック・デザイナー、樋口雄一さんが教える“敵をつくらず生きる自由放埓な創作人生”【アニメ業界ウォッチング第56回】

「伝説巨神イデオン」(1980年)のメカニックデザインをはじめ、「魔境伝説アクロバンチ」(1982年)、「銀河旋風ブライガー」(1981年)、「銀河烈風バクシンガー」(1982年)、「銀河疾風サスライガー」(1983年)といったJ9シリーズ、また「絶対無敵ライジンオー」(1991年)に始まるエルドランシリーズのメカにデザインスタジオ“サブマリン”を率いて参加してきた樋口雄一さん。現在でも玩具デザインを手がけたり、積極的に個展を開きながら、新しいアイデアを温めている。
アニメやロボットにかたくなにこだわったわけではないが、だからこそ樋口さんの人生は、とことん自由だ。ご自宅に近い南柏駅前の喫茶店で、風のように軽快な人生を振り返っていただいた。

いざとなったら、上野で似顔絵描きになればいい


── 樋口さんは、最初はアニメ業界に入るつもりではなかったと聞いています。確か、最初はアクセサリーの会社に入ったんでしたね。

樋口 順番に話すと、僕が故郷の新潟から東京へ出てきたのは、ちばてつやさんに弟子入りしたかったからなんです。その当時は、漫画家になりたかったんですね。「もうちょっと社会勉強してから来なさい」と体よくお断りされて、それが3回ありました。3回目は、上京してからの昭和46年2月14日です。漫画家になるのは難しそうだけど、仕事はしなくちゃいけない。「東京へ行けば何とかなる」と思っていたのですが、知り合いの紹介でアクセサリーをデザインする会社に入れてもらいました。絵を描くのは嫌いじゃなかったけど、会社で描いている絵は僕の描きたい絵じゃないな……と、薄々は感じていました。

その会社は蔵前にあったのですが、カフスボタンだとかアクセサリーの職人さんがたくさんいた場所なんです。職人さんの中には、何人かアーティストがいました。おそらく、自分の作品では食えないから、アクセサリーの仕事をしていた人が多かっただろうと思います。ちょっとだけ、僕もアートのほうへ近づきたいと思って、上野に行きました。今でもそうですけど、上野には似顔絵描きさんがいらっしゃるんです。その中でいちばん上手そうな人に「今日1日だけ弟子にしてください」とお願いして、ついて回りました。そこで僕は、ヘンな自信を持つんですよ。「いざとなったら、似顔絵描きで食えるな」って。それは勘違いであって、似顔絵描きの人たちは、実は個展や展示会でちゃんとした絵を売っていて、似顔絵はサブにすぎない、いちばん上手い絵ではないわけです。なのに、彼らが「家を建てた」なんて話を真に受けて、「俺の方が上手いから食いっぱぐれしないな」と実力もないくせに、どこへ行っても生意気で、気持ちだけ妙にプライドが高くなってしまった。それ以来、人に臆するということがなくなったんです。後から勘違いだと気がついても、ずっとその自信は抜けなかったですね。


── すると、よい方向へ勘違いしたと言えますね。

樋口 きっと、そうだったんでしょうね。

── アクセサリー会社の次に、デザインメイトに入社して玩具のデザインを始めたのですか?

樋口 いえ、その前に四谷にあった興行会社に入りました。当時のスター(天地真理さんや南沙織さんやキャンディーズなど)のイベントを、地方の大きなレジャー施設でやるのですが、そのお客さんを集めて会場まで送るのです。僕がやっていたのは、そのイベントのためのチラシでした。一時期、会社に山口百恵さんのお父さんがいらっしゃって、何か月か机を並べて仕事していました。僕は、絵さえ描ければよかったので、山口さんにも興味ありませんでしたし、会場にも行っていませんでした。
その後は、キャバレーの看板を描く会社に入りました。当時、“ハワイ”というチェーン系のキャバレーがあって、写真を見ながら絵を描いたり、レタリングの文字を描いたり、カレンダーやチラシも作っていました。
そんなある日、新潟から一緒に上京してアニメーターになった友だちと、高円寺で飲んでいたんです。「高円寺のパチンコは出ないねえ」なんて話をしていたら、誰かが「名古屋のパチンコは出るらしいぜ」と言い出すので、みんなを車に乗せて出かけたんです。


── 高円寺から名古屋へ?

樋口 そう。その帰り道だと思ったんですけど、アニメーターをしていた仲間のひとりが「俺と一緒に暮らせば? いまフリーなんだけど広告業界に入りたいから、一緒に勉強しようよ」と誘ってくれたんです。2人で上石神井にアパートを借りて、奇妙な共同生活が始まりました。そのアパートへ、東京ムービーなどのアニメーターたちが集まって夜な夜な宴会をやったりして、楽しい時代ではあったんですけど、同居人が「樋口、ここがいいんじゃない?」と見つけてくれたのが、デザインメイトの求人広告だったんです。

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(C) サンライズ

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