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「まだまだ見られるのだから、そんなに焦らなくても……」という安心感
── 我々、ファンの側は「今は配信で何でも見られるんだから、過去の作品にそこまでお金を出さなくても……」と、つい考えてしまいます。 勝又 確かに、「配信までされている作品なのに、どうしてお金をかけて高画質で保存しないといけないの?」という話は、よく聞きます。配信のためにデジタル化された場合、そのマスターデータはデジタル化の費用を払った配信会社が持っていて、権利元さんに戻されているとは限りません。お金にならなくなったら破棄されかねないので、マスターデータは権利元さんが持っているべきです。そういう問題意識は、実情がわからないとなかなか理解してもらえません。
緒方 「別に見られなくなったわけじゃないから、まだまだ大丈夫だろう」と安心したくなる気持ちもわかります。弊社は制作側ではありませんし、どこかの業界団体に所属しているわけでもないので偉そうなことは言えませんが、保管している作品が劣化して見られなくなってしまう状況を日々、目の前にしています。それで危機感が強いのでしょう。フィルムの場合、30年も保存しておくと傷みはじめます。保管されている環境が劣悪なら、加速度的に劣化は早まります。私が今まで見た一番ひどい例では、フィルムが乳白色に変色していました。
── 乳白色? すると、絵はすべて消えていたんですか? 緒方 ロールの状態でフィルムが溶けて、全体がバームクーヘンのように固まっていました。そこまで腐敗してしまうと絵が消えるのはもちろん、1本のフィルムとして扱うことすらできません。匂いが強烈ですし、ナイトレートフィルムという昔の可燃性フィルムである可能性も見た目からは判断できず、火災も怖いので倉庫には置いておけませんでした。フィルムというのはそこまで酷く劣化しますので、最後には廃棄するしかなくなるのです。
野口 「メディア芸術アーカイブ推進事業」のように文化庁にも支援してもらってはいますが、作品保存のため、民間企業に負担がかかっている現状を何とかしたいです。CFでファンの方たちが力を貸してくれるのはうれしいのですが、もっと包括的な仕組みとして国が支えてほしい。クールジャパンとしてアニメ作品を海外に送り出すなら、文化財として認めてもらいたいです。
緒方 他国よりリードしているという意味では、日本のアニメは世界の中で圧倒的に存在価値が高い。しかし、国にとって保護すべき「文化財」という立ち位置まで昇華できていませんよね。日本のソフトパワーを生かすという政策にも、合致していません。
今はネット配信などで視聴環境が多様化していますから、手軽に映像作品を見られます。手軽であるからこそ、視聴できる作品数は充実していたほうがいいわけです。その観点からすると、デジタル化のコストが安くなっていることは追い風です。技術面でも進歩しており、パーフォレーション(フィルムを送る四角い穴)が収縮していてもバキューム式で吸いつけてフィルムをコマ送りできる機械がありますし、絵のガタつきも自動で補正できます。1コマずつ修復するなどという手間をかけずに大まかなしきい値を決め、その範囲内で一度に補正をかけて絵をきれいにすることも可能です。
なおかつ、地上波テレビのようにリッチなインフラと限られたチャンネル数ではなく、大勢の人たちが配信などで多様な作品を視聴しています。ということは、限られた人たちしか見ていなくても、デジタル化にかかったコストを回収できてしまう。作品をデジタルアーカイブ化して再活用するハードルは、格段に低くなっています。よりたくさんの作品を視聴に乗せることが、ほかの埋もれた作品群を救うことに繋がります。つまり、デジタル化の技術と視聴環境は足りてきています。あとクリアすべき課題は、煩雑な権利関係と、われわれの意識だけでしょう。
(取材・文/廣田恵介)
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