【懐かしアニメ回顧録第37回】ボクサーたちの身体を包むコートやスーツ……、さまざまな「布」が「あしたのジョー」の人間関係を浮き彫りにする!

2017年12月16日 12:000
(C) 高森朝雄・ちばてつや/講談社・三協映画

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曽利文彦氏の監督した実写映画「鋼の錬金術師」が公開中だ。曽利監督の作品は「ピンポン」(2002年)、「APPLESEED」(2004年)、「TO」(2009年)など、漫画を原作としたものが多い。曽利監督の実写映画「あしたのジョー」は2011年の公開だが、初の映像化は1970年。出﨑統氏がチーフディレクターをつとめた全79話のテレビアニメで、1980年には再編集され、劇場アニメとして公開された。
今回は、全153分の劇場版「あしたのジョー」にスポットを当ててみよう。


ジョーと力石を分かつ、2枚の「白い布」とは?


劇場版「あしたのジョー」は、風来坊だった矢吹丈(ジョー)が元ボクサーの丹下段平にボクシングの才能を見込まれてコーチを受け、少年院で出会ったライバル・力石徹とリングの上で決着をつけるまでを描いている。試合直後に力石は死亡し、ジョーが衝撃を受けるところで終わっているのがテレビ版との違いだ。

では、まず力石の死をジョーが知るシーンを見てみよう。お互いの死力をつくした試合は力石の勝利に終わり、敗者のジョーは「さすが力石だ」と握手を求める。力石も笑顔で手を差し出すが、そのままリングに倒れてしまう。
ジョーが控え室で休んでいると、新聞記者たちが力石の死を知らせにくる。信じられないといった面持ちで、力石の控え室を訪ねるジョー。彼が室内を歩くと、手前に白い布が見えている。ジョーの手が、白い布を持ち上げる。続くカットは、力石の穏やかな死に顔である。白い布は、力石の顔にかけられていた打ち覆い――死に顔を隠す布だったのだ。白い打ち覆いを手にしたジョーからカメラはPAN-DOWNして、再び力石の死に顔をとらえる。絶叫するジョーのアップで、映画は終了する。
ボクシングは、トランクス、シューズ、グローブ以外、いっさい身にまとわずに裸で殴りあうスポーツだ。身につける布といえば、タオルかガウンぐらいだろう。ボクサーたちが試合と関係ない布を身につけるとき、その布は特別な意味をまとうのではないだろうか。

ジョーと力石の別れは、実は2度目である。
1度目の別れは、少年院から力石だけが先に出所して、ジョーが取り残されるシーン。力石は白いスーツで正装し、少年院の仲間たちの前で別れの挨拶をする。ところが、力石との院内試合をキャンセルされてしまったジョーは、その場で勝負をつけようと上着を脱ぐ。上半身裸のまま、力石にパンチを浴びせるジョー。力石は、ジョーのパンチをすべて避け、「あばよ」とジョーの裸の背中を叩いて、少年院から去っていく。
まだアマチュアとはいえ、ボクサーらしく上半身をあらわにしてファイト満々のジョー、立派なスーツに身を包んだ力石。彼の白いスーツは、いわば社会と接点を結ぶユニフォームであり、少年院に残ったジョーを拒絶する。ジョーと力石は、ここでも「布」を介して別離を味わっているのだ。


ジョーの身にかけられたオーバー、すべり落ちたコート


裸が“オン”の状態であるボクサーにとって、布を身にまとうことは“オフ”を意味する。だが、劇場版「あしたのジョー」前半では、布はもう少し多様な意味を持っているかに見える。

映画冒頭、元ボクサーの丹下段平はジョーに邪険に扱われながらも、彼をボクシングの道にいざなう。その夜、風来坊のジョーはドヤ街のはずれで野宿するが、ふと目をさますと、段平のオーバーが身体にかけられている。いっぽうの段平はオーバーをジョーに貸してしまったので、焚き火にあたって寒そうにしている。「ボクサーにとっちゃあ、身体は元手よ。この寒空で、万一のことがあっちゃあ……」と、段平はつぶやく。ジョーが立派なボクサーになると見込んで、彼の身体を気づかっているのだ。
ジョーはオーバーを返すために、段平の前に現れる。だが、ジョーはその場に現れたヤクザたちと乱闘を起こして警察署に収監される。さらに警官たちを叩きのめして、ジョーは廃墟にたてこもる。ジョーを慕う子供たちも一緒だ。

段平は手のつけられないジョーを警察に渡すため、廃墟に乗りこむ。段平の強さを知っているジョーは、いつも着ているコートを脱いで構える。このとき、映画冒頭でジョーに助けられたサチという少女が、ジョーのコートを受けとる芝居を覚えておこう。
本気を出した団平に、ジョーは徹底的にのされてしまう。段平はボロボロになったジョーを両腕で抱えて、廃墟から出てくる。外では、雪が舞っている。段平に抱えられたジョーに、サチはコートをやさしくかけて「おっちゃん。刑務所って……刑務所って、寒いんだろうね」と寂しそうに言う。
ジョーは段平の手によって救急車に乗せられるが、サチのかけたコートはスルリとジョーの身体から落ちて、雪の上に落ちる。段平の足元にコートを残したまま、救急車は雪の道を走っていく。

段平が眠っているジョーにかけてやったオーバーは、段平とジョーとの再会をうながした。サチがジョーから受け取り、ジョーに戻したコートは、彼女のジョーへの信頼の証だ。雪のうえに残されたコートは、せっかく見込んだジョーを殴って黙らせるしかなかった段平の無念を表現しているようにも見える。
いわば、映画前半での「布をかける」「布が落ちる」は、ジョーと周囲の人々との情緒的なつながりを強調するために使われている、と言えなくはないだろうか。だが、力石の着るスーツ、顔にかけられた打ち覆いは、ジョーとのつながりを冷淡に断ち切る。ジョーと力石の置かれた環境の残酷な相違を、「身にまとった布」「身にかけてもらった布」が意外と雄弁に語っているのではないだろうか。


(文/廣田恵介)

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