【懐かしアニメ回顧録第23回】“漫符”で聞かせる、「ハチミツとクローバー」のバラエティ的音響効果

2016年10月08日 12:000
(C) 羽海野チカ/集英社・ハチクロ製作委員会 (C) 羽海野チカ/集英社・ハチクロ II 製作委員会

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数々の賞に輝いた将棋漫画「3月のライオン」がアニメ化され、2016年10月8日より放送される。

原作の羽海野チカさんのアニメ化作品といえば、「ハチミツとクローバー」(以下「ハチクロ」)がまっさきに思い浮かぶ。第1期は2005年4月より、ノイタミナ枠の第1弾として放送された(第2期は2006年6月放送)。


“漫符”とシンクロした、コミカルなSE


「ハチクロ」といえば、むくわれない片想いを描いた、切ないラブストーリーの印象が強い。本編は、主人公・竹本の回想シーンから始まる。「僕がまだ小さかったころ。どこへ行くのも一緒だった、あの青い自転車に乗りながら、あるとき、ふと思ったんだ」……バックには、ピアノのBGMが流れている。

オープニングテーマが終わってタイトルが明けると、大学生になった竹本が、やがて恋敵になる森田から差し入れのコロッケをもらい、同じアパートに住む真山らと分けあうシーンになる。このシーンもやはり、竹本のナレーションで始まる。5分ほどの短いシーンだが、キャラクターの登場や、会話のタイミングにあわせて、頻繁にBGMが入る。ほんの5分ほどの間に、4曲ものBGMが使われている。

BGM以外にも、キャラクターの動きに合わせて、SE(効果音)が入っていることに気がつく。竹本の部屋に先輩のひとりがスライドするように入ってくるときには、「シュピーッ」とスピード感を感じさせる音。力つきた森田が倒れるときには「ギギギギ…」「バタン!」「キュリーン」と、3種類のSEが挿入され、コミカルな雰囲気を高める。特に最後の「キュリーン」は、驚いた竹本の頭のうえに表示される王冠のような形のマーク、すなわち“漫符”と同タイミングで挿入されている。

 

“漫符”と一致したSEは、「ハチクロ」の全編に渡って、ふんだんに使われている。

キャラクターのまわりにキラキラと光が舞うときには「チリリリン」と鈴のような音が入り、背景がどんよりと暗くなる(暗さを示すための縦の効果線が入る)ときには「ズババッ」と、重たい音が入る。「ガーン」と文字が現れる場合は、音でも「ガーン」とピアノを鳴らしたようなSEが挿入される。

第11話では、森田と真山が殴りあうシーンがあるが、「もくもくとした土煙から2人の手足が生え、煙にはバンソウコウが貼られている」70年代のギャグアニメのような表現が使われている。SEには「ポクポク」と木魚のような軽い打突音が使われ、本気で殴りあっているのではないことが強調される。

「ハチクロ」のテーマは確かに「切ない片想い」なのだが、表現のうえではレトロ調のギャグにあふれている。オーバーな「汗」「涙」など、古典的な“漫符”が多用されるばかりか、動きも単なるスライド移動で歩いたり、シリアスな顔から目のないデフォルメされた表情に一変するなど、動きの飛躍が多い。それらの極端な表現は、原作漫画ではコマ単位での変化なので不自然には感じない。ところが、アニメではワンカットの中で、急にキャラクターの顔が豹変したり、突如として“漫符”が空中に出現する。その度、こまめにSEを入れることで「これはギャグですよ」と明確に合図し、唐突感を薄めることに成功している。前述したように、アニメの「ハチクロ」はBGMの使用頻度も高い。かまびすしいSEが入っても、さして気にはならないのだ。


ヒロインの登場という「見せ場」には、どんな音が適切なのか?


「ハチクロ」の音響監督は明田川仁氏、音響効果は中野勝博氏だ。通常、SEは音響効果の担当で、足音や鳥の声などの環境音を用意する。「ハチクロ」で多用されているコミカルな効果音は、中野氏がデザインしたはずだ。

 

さて、「ハチクロ」第1話の見せ場は、竹本がヒロインの花本はぐみ(はぐ)を見て、ひと目ぼれするシーンだ。原作では、コマの枠線を外してはぐのシルエットをふわりとしたタッチで描き、スクリーントーンで花をちりばめて、彼女の美しさを繊細に描画している。

アニメでは、竹本の主観カットで、はぐの半身を捉える。頭から手元まで、桜の花がくるくると回りながら落ちる。落ちていく桜の花を、カメラが縦にパンしながら追う。その長いパンの中で、はぐの姿がアップでゆっくりと映される……という、心憎いカットワークが試みられている。このカットのために、動画用紙を貼りあわせた大判の原画が描かれた。撮影時には、桃色の木漏れ日のようなフィルターが重ねられている。間違いなく、見せ場のカットである。

では、このカットの音は、どのような設計になっているのだろうか? カット全体を支配しているのは、はぐの頭から手元にかけて落ちる花である。その花の回転に合わせて、「シュワシュワシュワ…」とも「キラキラキラ…」とも聞きとれる、涼やかな金属音。加えて、短い旋律をくりかえすオルゴールの音色が入る。絵に負けないぐらい、やわらかく繊細な音響がデザインされているのだ。

このシーンではBGMを入れず、演技にあわせたSEも最低限に抑えている。はぐの登場する直前のカットは、はぐの存在に気づいた竹本の「あ?」「ああ…」という声のみ。オルゴール風のBGMと「キラキラキラ…」というSEを聞かせるため、あえて音を減らしていることは、容易に想像がつく。

 

アニメは、目で見る表現だ。しかし、テレビ番組という側面からは「音」で視聴者を振り向かせる、理解させる必要がある。「ハチミツとクローバー」は、バラエティ番組のようににぎやかなアニメだ。その過剰なほどの音響設計は、アニメを見る層を広く拡大する意図をもった「ノイタミナ」枠の要求したスペックなのかもしれない。
見るだけでなく、「聞く」ことによって、そのアニメが背負った役割、価値を押しはかることもできるのではないだろうか。



(文/廣田恵介)
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