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ライター暦16年のベテランライター廣田恵介氏が、懐かしいアニメ作品を回顧して語る連載企画「中年アニメライターの懐かしアニメ回顧録」。
その時代を知っている世代には懐かしく、知らない世代には、新たな作品を知るいいきっかけとなるだろう。第1回となる今回は、2015年1月からテレビアニメ化が決まっている『艦隊これくしょん -艦これ-』に関連して、太平洋戦争を舞台にした『アニメンタリー 決断』を取り上げる。
『艦隊これくしょん -艦これ-』のアニメ放送が2015年1月に迫った。「大日本帝国海軍の艦艇が、ついにテレビ画面によみがえるのか!」と胸を高鳴らせている老舗の軍艦マニアは、肩すかしを食らうかも知れない。「PVを見ても戦っているのは艦艇ではなく、武装した娘たちにしか見えないんだが……この少女が赤城だと? 赤城って空母だぞ!」 まあ、落ち着いてほしい。時代が変わったのだ。ならば、あなたが時代をさかのぼればいい。
時は1971年4月3日。『仮面ライダー』の裏番組として、とんでもないアニメ番組がスタートした。タツノコプロ制作『アニメンタリー 決断』である。“アニメンタリー”、聞いたことのない新ジャンルを冠するには理由がある。特定の主人公を設定せず、太平洋戦争の趨勢(すうせい)をひたすら時系列で追っていくドキュメンタリーのような構成をとっていたからだ。
第一話は『真珠湾奇襲』である(もちろん、赤城も出る)。当時、アニメ番組はカラー化されていたが、とにかく色が渋い。茶色と灰色、あとは艦上戦闘機の緑色ぐらい。艦船や戦闘機、キャラクターにいたるまで、黒々と力強いタッチが入っているのも印象的だ。
特筆すべきは、航空機の質感だ。セルの表側からブラシで白いハイライトを加える処理はよく見かけるが、『決断』の場合、セルの表面から筆でハイライトを描いているのだ。――90年代のメカアニメ、たとえば『マクロスプラス』(1994)や『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』(1996)を見ると、メカニックの細かい部分に明るい色がピンポイントで置かれ、暗い部分は思い切って暗色のブラシで塗りつぶすような表現が散見される。ハイコントラストな塗り分けで メカの精密さや重量感を強調しているわけだ。ちょうど、ああいうカッコよさが『決断』のメカにはある……いや、確かに90年代の作品と比べると仕上がりは粗いのだが、その粗さに得体の知れない迫力を感じる。
艦船類は動きが少ないため、セルではなく背景として描かれている。それでも機銃のアップになると、射撃時の反射光が描かれていたりして、 その重厚なリアリズムにはため息が出る。もうひとつの見どころは、爆煙などのエフェクト表現だ。煙はセルの塗り分けではない。すべてエアブラシで描き、撮影処理で火薬の爆発する光を重ねている。それだけでも面倒だろうに、「撃ったあと、砲煙が風で流される」など、執拗な演出を加えているのだ。
人物のシーンにも触れておきたい。基本的に男しか出てこない。作戦会議、航空機のコクピットなど地味なシーンが多いのだが、そうした動きの少ないシーンでは影の付け方がカッコいい。左右に光源があって、顔の真ん中あたりにワカメ状の濃い影が生じる――80年代中盤にトレンドとなった表現だ。『機動戦士Zガンダム』(1985)のヤザン・ゲーブルの顔面が、よくワカメ影で塗り分けられていた。そのワカメ影が、すでに『決断』で使われていることには驚きを禁じえない。
第9話『ジャワ攻略』では、海上戦とはうってかわって、地上戦の様子が仔細に描かれる。連合軍が榴弾砲を撃つシーンは引きの絵で発射のプロセスを具 体的に見せるなど、これまた不必要なほどのリアリティが心地よい。シリーズを通して、日本人と西洋人の体格をしっかり描き分けているのにも感心させられ る。
では、そこまで写実的な描写を重ねて、アニメ番組として何を伝えたいのか?
「太平洋戦争は
われわれに
平和の尊さを教えたが
また
生きるための教訓を
数多く のこしている」
――これは第一話のラストに出てくるテロップである。
各エ ピソードごとに最前線で「迷う」兵士たちの姿が描かれる。迷った結果、彼らは正しい判断をしたのか、間違えていなかったのか? それを厳しく問うからこそ 『決断』なのである。第一話『真珠湾奇襲』では、大艦巨砲主義の時代が終わりつつあることを日米ともに実感し、航空主兵論が台頭してくる様を描いている。 だが、最前線では帰還した手負いの航空機を邪魔者扱いして、空母の甲板ではなく海に着水させていた――。勧善懲悪ではない、冷酷なまでのリアリズムが、このアニメにはある。
当時は、お祭りで8ミリ映画を上映している小屋があり、中に入るとモノクロのミッドウェー海戦などが上映されていた。 アメリカの戦争ドラマ『コンバット!』が平日夕方から再放送され、タミヤ模型の「ミリタリーミニチュア」シリーズがブームとなった70年代、「戦争」は子供文化の中で「娯楽の1ジャンル」だったのだ。『
宇宙戦艦ヤマト』が1974年放送、『
機動戦士ガンダム』が1979年。この2大ヒットアニメが正面から 「戦争」をテーマにしていたことは偶然ではない。
「だったら、『決断』も、もうちょっと注目されてよかったんじゃない?」と誰もが思うことだろう。1971年の夏休み、遠い親戚の家に遊びに行ったとき、「僕、『仮面ライダー』が見たいんだけど」と控えめに切り出すと、「お前、幼稚やな!」 と親戚の子は乱暴にチャンネルを変えた。「俺たちは、いつもコレや!」 ブラウン管には黒々とした戦闘機や戦艦、空母が映っていた。そのとき、『決断』を 愛好している親戚の子たちがやけに大人っぽく見えたのは確かである。彼らは、アニメという虚構の中に現実を見いだすすべを心得ていた。いっぽう、僕は虚構だからこそ「幼稚」に徹しきれるアニメの魅力にハマっていった。
今『決断』を見ると、表現力は野心的ですばらしいのだが、むしろ愛らしさを感じるのはリピート(同じ原画の使いまわし)で同じ顔の兵士が逃げ回っていたり、さっきまで作画で動いていた戦闘機が次のカットでは「ピタッ」と止まってしまっている省力化の部分。「ま、アニメだし、毎週凝った画面は疲れるんで、たまには手抜きも許してね♪」とウインクされた気分になってしまう。徹底して作りこまれたリアリティの狭間に、アニメだからこその限界、手抜きの美学がチラリと垣間見えたとき、「なんとかわいいアニメだ!」と、僕は胸がキュンとなってしまうのだ。
(文/廣田恵介)
<あらすじ>
太平洋戦争を題材にしたノンフィクション小説を原作に、 数々の激戦を左右した日本軍司令官らそれぞれの"決断"を描いた戦記アニメ。日本人の立場から歴史をひも解き、真珠湾の奇襲攻撃から終戦に至るまでをリアルな効果音と劇画タッチで描き「アニメンタリー」という言葉を生んだ。
「アニメンタリー 決断」公式サイトhttp://www.takeshobo.co.jp/sp/ketsudan/ 「アニメンタリー 決断」DVD-BOX