【懐かしアニメ回顧録第38回】「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード」のストーリーを前に進めるのは“セルで描かれたおいしそうな焼き肉の質感”である!

2018年01月03日 12:000
(C) 臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日2003

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「ガールズ&パンツァー 最終章」の第1話が、劇場で上映中だ。監督の水島努氏は、「クレヨンしんちゃん」の劇場アニメ・シリーズに演出として参加、短編を監督した後、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード」(2003年)で長編デビューを飾った。「栄光のヤキニクロード」は、焼き肉を夕飯にひかえた野原しんのすけの一家が、スウィートボーイズを名乗る謎の組織によって指名手配され、彼らの追跡を逃れながら敵の本拠地の熱海市にたどりついた後、ようやく焼き肉にありつくまでの長い1日を描いている。
車、自転車、ヘリコプター、ジェットコースターなどを使ったチェイスシーンが88分の上映時間の大半を占める。背景動画を多用したダイナミックなアクション、速度や重量を感じさせる精緻なメカニック描写が大きな見せ場となっている。映画「地獄の黙示録」を想起させるゲストキャラクター、建物の汚れまで描きこまれた背景美術など魅力は多い。
しかし、激しいチェイスのすえに対面したスウィートボーイズのボスは潰れた温泉旅館の主人で、彼の目的は熱海市を更地に戻すことだった。野原家は、たまたま巻き込まれたに過ぎない。しんのすけたちが追っ手をかいくぐって熱海市を目指すには、強い動機づけが必要なはずだ。では、「どこで」「いかにして」動機づけがなされているのだろう?


「動機づけ」のシーンは、映画開始から22分目と48分目の2回


最初の動機づけは、映画の開始後、22分ごろに訪れる。凶悪犯として指名手配された野原家の面々(しんのすけ、父のひろし、母のみさえ、妹のひまわり、愛犬のシロ)は変装して世間の目を逃れようとするが、スウィートボーイズに見つかり、家に帰れなくなってしまう。
ひろしは、疲れ果てている家族の前で熱海市へ行ってスウィートボーイズのボスに会い、誤解をとこうと訴える。「思い出せ、冷蔵庫の中で俺たちを待っている肉を」。このセリフの直後、野原家の冷蔵庫の中に入っている肉がインサートされる。「……帰って焼き肉だ!」と、ひろしが呼びかけると、家族全員が「帰って焼き肉!」と繰り返す。つまり、「敵の誤解をといたうえで、家で焼き肉を食べる」ことが貫徹目標として設定される。

その後、しんのすけ、母のみさえ、父のひろしとひまわりとシロ、野原家は3つに分断されながらも、それぞれに熱海を目指す。
さらに映画開始後、48分ごろに2度目の動機づけが訪れる。ひまわりとシロをつれて、へとへとに疲れたひろしは焼き肉レストランの前を横切る。反射的に「ああ、焼き肉くいてえ」とうめくひろしの目に、ビールの試飲を薦めるキャンペーンガールの姿が飛びこんでくる。ひろしは目の前のビールを飲みたい誘惑に耐え、頭の中で焼き肉を食べ、ビールを飲むシーンをイメージする。
続いて、赤ん坊のひまわりも母に肉を焼いてもらい、しゃぶらせてもらう様子をイメージする。つづいてシロも、家族の焼き肉をわけてもらうシーンを思い浮かべる。
同じころ、母のみさえはセグウェイのような二輪車に乗って熱海を目指していた。しかし、カーブを曲がりきれずに道ぞいの原っぱに投げ出されてしまう。あおむけに倒れたままのみさえは「早くみんなで焼き肉たべたいな……。ああ、骨付きカルビ……」とつぶやき、骨付きカルビを焼いて、白飯と一緒に食べる様子をイメージする。
また、汗をたらして懸命に自転車で熱海に向かうしんのすけも、「オラ、なんでこんなことしてるんだっけ……そうだ、焼き肉!」と焼き肉を食べるシーンを思い浮かべる。頭の中で焼き肉を食べるシーンを想像した家族は、それぞれに熱海市を目指して再起する。
つまり、全88分の映画が始まって1/4の地点、1/2を過ぎた地点の2回、「焼き肉」が行動の動機として提示されている。


セルと背景、2つの技法で描かれる焼き肉の「絵ぢから」


焼き肉は、まず冒頭に1度登場している。みさえが家族の前に並べたパック入りの肉である。全7カット、おいしそうな生肉とタレの入った容器が映される。それらは、セルで鮮やかに彩色されている。
2度目の焼き肉は、前述したように「野原家の冷蔵庫の中に入った焼き肉」なので、全体に暗く描かれている。しかも、セルではなく背景として処理されているため、あまりおいしそうには見えない。「肉が冷蔵庫に保管されている」実情を説明するためのカットといえる。
3度目の焼き肉は、ひろし、ひまわり、シロ、みさえ、しんのすけが頭に思い描く焼き肉だ。このシーンではキャラクターが普段より写実的にアレンジされ、焼き肉を鉄板のうえに置く、ひっくり返してタレをつける、レモンをしぼる、生姜をタレに溶かしこむなど、調理の過程が贅沢に、時間をたっぷりかけて描写されている。動画なので、セル彩色でおいしそうに描かれている。肉の焦げあと、煙などのエフェクトも食欲をそそる。
「セルで描かれた焼かれる前の肉」→「背景として描かれた冷蔵庫の中の肉」→「キャラクターのイメージ内で焼かれる肉」と、段階を追って質感と動きが加わっていき、映像としての強度が増していく。スウィートボーイズたちに捕らえられても、彼らから逃れて自分から熱海市に向かっても、野原家のたどる結果は同じだったはずだ。無理をして熱海市まで行く必然性はない。だが、「絵」として焼き肉を力強くアニメートすることで、野原家の人々に強靭な主体性が備わっていくのである。脚本レベルでどれだけ矛盾があろうと、「絵」の強さで乗り切ってしまえるところが、アニメ作品の痛快さではないだろうか。


(文/廣田恵介)


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