「ディリリとパリの時間旅行」聡明で勇気ある少女の心ときめく冒険譚!【犬も歩けばアニメに当たる。第48回】

2019年09月08日 12:000
(C) 2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMI

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今回は、公開中の「ディリリとパリの時間旅行」です。

「キリクと魔女」以来、ミッシェル・オスロ監督作品のファンである筆者が、作品の魅力をご紹介します。

意外性に満ちた楽しみの宝箱!ミッシェル・オスロ監督の新作


新作が公開されるというと、「今度はどんな驚きを見せてくれるのだろうか」と期待せずにはいられないのが、フランスの巨匠、ミッシェル・オスロ監督だ。「キリクと魔女」(1998年)、「プリンス&プリンセス」(2000年)、「アズールとアスマール」(2006年)、「夜のとばりの物語」(2011年)などの作品が、これまでも日本で公開されている。

そんなオスロ監督の新作が、「ディリリとパリの時間旅行」だ。

舞台はベル・エポック時代のパリ。ニューカレドニアから来た好奇心旺盛な少女ディリリは、パリの配達人の青年オレルと知り合い、個性豊かな著名人に会いにいく。折しもパリでは、男性支配団という秘密結社による少女誘拐事件が多発していた。消えた少女たちはどこに行ってどんな目に遭っているのか? ディリリは情報を集めながら、オレルやオペラ歌手のエマ・カルヴェとともに、事件の真相にせまっていく。

オスロ監督の作品では一貫して、性別や肌の色、年齢、宗教で人を区別せず、異なる人たちが手を携えると何が起こるか、どんな可能性があるのかを描いてきた。しかもそれが、アニメの快楽と分かち難くひとつになっていて、楽しいことこの上ない。

「キリクと魔女」では、アフリカを舞台に生まれ落ちたばかりの赤ん坊が、俊足を武器に、英雄として魔女を倒しに旅立つ。「アズールとアスマール」では、金髪碧眼の青年が中世イスラムに憧れて訪れ、「呪われた青い目」と差別されて失望する。

日本の記号化されたキャラクターの“お約束”や、アクションの爽快感を求めると、「あれ? なんか違うな」と感じるかもしれない。でもそれを上回るユニークなおもしろさが、見る人の心をつかまえる。異国の絵本のように色鮮やかで新鮮な世界の映像、民族的で美しいリズムを刻む音楽は、いつまでも浸っていたい心地よさだ。


魅力的!好奇心旺盛な少女「ディリリ」の愛らしさ


主人公のディリリは、褐色の肌、縮れた黒髪を持つ、ニューカレドニアから来た少女だ。「外国が見たくて船に密航してきた」だけあって、好奇心旺盛。たくさんの人に会って話しかけ、出会った人の名前をノートにつけている。

ディリリの魅力は、その好奇心と聡明さ、そして勇気だ。パリで多発している「男性支配団」という秘密結社による少女誘拐事件に、ディリリは心を痛め、出会う人1人ひとりに、男性支配団について質問していく。

はじまりはまるで小学生の自由研究のようだ。探偵でも警察でもない、パリでバカンスを楽しんでいる女の子に、一体何ができるのかと最初は思う。ディリリはただ、「自分と同じような少女が誘拐されるなんてひどい、かわいそう」と思っているだけだ。

ところが、それを口に出し、いろんな立場の大人たちに考えを聞くことで、少しずつ事態は動いていく。そして、ウワサ話レベルの情報を追いかけ、行動し、裏をとることで、ディリリは核心に近づいていくのだ。

ディリリがいろんな人に会いにいくことで、観客もまた、ベル・エポックの時代のパリを“時間旅行”することになる。ロートレック、ピカソ、ルソーといった芸術家たち、キュリー夫人、パスツールといった科学者たち、ドビュッシー、ラベル、サティといった作曲家たち、作家、詩人、ファッションデザイナー……。

それぞれの個性、才能を生かし、時代を豊かに彩った人々が、次から次へと登場する。特段の知識のない人でも「この人知ってる!」「見たことある!」という人たちが姿を表すので、興味深く見られる。

彼らはディリリに会い、心動かされて、自分が知っていることを話し、できることで協力を申し出る。1つひとつは小さなその積み重ねが、男性支配団の闇と犯罪を暴く力になっていくのだ。


偏見に満ちたブ男?「ルブフ」の役割


ディリリとともに連続少女誘拐事件の謎に挑むのは、配達人の青年オレルと、オペラ歌手のエマ・カルヴェだ。オレルはパリの街をすみずみまで知っていて、知り合いも多く、案内人にぴったり。エマ・カルヴェは実在した人物で、美しい歌声と名声、多彩な人脈を持っている。どちらもディリリに寄り添い、彼女を助けてくれる心強い存在だ。

そのいっぽうで、今作で注目したいのは、エマの運転手を務めるルブフだ。

ルブフは、ディリリに、顔が「豚みたい」と言われて怒り出す、ブ男の“おっさん”だ。美しい容姿も特段の才能も持っていない中年の男性で、自分が女のエマの使用人であることがおもしろくない。外国人にも女性にも偏見を持っていて、それが自分の不平不満と一緒くたになって、胸の中に怒りと憎悪がある。

世界中どこにでもいるような、頭が古くて頑固で困ったおっさんの典型なのだ。

彼は最初、エマやオレルなどディリリに理解ある人たちの中の異分子として、悪役のように登場する。それどころか、男性支配団に目をつけられ、とりこまれて、とんでもないことに加担する。

しかし見どころはそのあとだ。男性支配団の真実を知ったルブフが何を考え、どう行動するかは、この話のポイントであり、オスロ監督も意識して描いたところだ。

誘拐され酷い目に遭っている少女たちを助けるのは、外国から来た聡明な少女ディリリや、若くて思考の柔軟なオレル、著名人の美女エマだけではない。市井のどこにでもいる現実的な労働者であるルブフもまた、事件の解決と救助に大きな役割を果たす。

社会の問題に対して、自分が無力だと思っている誰もが、実は当事者でもあり、自分が動くことで世界を変えられることができるなら……そこには希望がある。


楽しんだあとに、いろんなことを考えさせられる大人の寓話


多彩なテーマやモチーフが楽しいのはもちろんだが、この作品には、アニメファンもワクワクするアニメの快感もまたたっぷり詰めこまれている。

パリの街の移動は、オレルがこぐ三輪車(荷台付きの自転車)がもっぱらだが、これが緩急自在。穏やかな時間には、観客がパリを散策するかのようなのどかな景色が展開する。いっぽう見せ場では、坂と階段のある街を舞台に、驚きの疾走感が味わえ、心地よくテンションが上がる。

ディリリが、エマが飼っているチーターにまたがり、大人たちの話を聞きながらゆるやかに散歩するシーンも、とても美しく印象的だった。

ベル・エポック時代のパリの情景を楽しみながら、物語は「連続少女誘拐事件」の真実に迫っていく。そのため、展開には飽きさせない緊張感が常にある。ほぼ1時間半があっという間だ。

ディリリはニューカレドニアとフランスのハーフで、生まれ故郷でも、パリに来ても、区別され、疎外される居心地の悪さを感じている。けれどだからこそ、どちらにも偏らない曇りない目で、自分自身の価値判断で、物事を見ることができる。

キーワードは、「多様性」と「未来志向」。この2つの言葉、最近よく聞くけれど、それが実際に自分とどう関係するのかわからないというのが、多くの人の実感ではないだろうか。

自分の中に、どんな思い込みがあるのか?
それは無意味な偏見ではないのか?
性別、肌の色、年齢、宗教で人を区別しないと、どんな個性や可能性が見えてくる?
異なる人たちが、一緒にひとつの問題に当たると、何がわかり、何ができるのか?
そのためにはどんな困難があり、どう乗り越えることができるのか?

そういったことを、子どももワクワクと見られるような冒険譚の中で、無理なく感じとれるようにこの作品は、非常によく練られた「大人の寓話」だ。

予備知識ゼロで劇場に行っても、頭を空っぽにしてひと時を楽しめる。終わってからもいろんなシーンが頭に浮かぶ。劇中に登場した実在する人について、調べたり、確認したりするのも楽しい。そうして、ふとしたときに「あれはこういうことだったのか」と、心の中で思い返す。

「この世界の片隅に」「トイ・ストーリー4」など、アニメーション映画がこれまでより広い対象の大人にも見られてヒットしている今、見るべきアニメ映画としてぜひ注目してほしい、魅力的な作品だ。



(文・やまゆー)
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