【犬も歩けばアニメに当たる。第30回】「夜は短し歩けよ乙女」と「夜明け告げるルーのうた」で、初めての湯浅政明監督作品を3倍楽しむ!

2017年06月04日 12:000
(C) 森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会

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今回は、公開中の劇場版長編アニメーション2作「夜は短し歩けよ乙女」と「夜明け告げるルーのうた」を取り上げます。

いずれも、「マインド・ゲーム」(2004年)、「四畳半神話大系」(2010年)、「ピンポン THE ANIMATION」(2014年)の湯浅政明監督の作品で、立て続けに公開されました。

2本まとめて見れば、より楽しい! 以前から湯浅監督作品が気になりつつ、今回ようやくデビューを果たした筆者が、初めてで存分に楽しんだ魅力・見どころを紹介します。


「夜は短し歩けよ乙女」とは


「夜は短し歩けよ乙女」は、「有頂天家族」(2013年)の原作者でもある森見登美彦氏の同名小説が原作。ノイタミナ枠で放送され好評だったテレビアニメ「四畳半神話大系」のスタッフが集結した映画だ。

舞台は京都。ある大学のクラブで、「先輩」は後輩の「黒髪の乙女」に惚れている。自由気ままにお酒を楽しもうと、ひとり歩き出す黒髪の乙女、そして彼女のあとを追う先輩。不思議な一夜のうちに、春の先斗町、夏の古本市、秋の学園祭、そして冷たい冬がめぐる。幾多の珍事件を乗り越えて、ふたりはどうなるのか……?

奇妙で愉快な登場人物がくりひろげる、現実のようで現実とは思えない、不条理なドタバタ劇。「四畳半神話大系」を知っていればにやりとさせられるネタも、いくつも仕込まれている。


「夜明け告げるルーのうた」とは


「夜明け告げるルーのうた」は、湯浅監督の完全オリジナル作品だ。全編がフラッシュアニメーションで製作されているのも特徴となっている。

舞台は、さびれた漁港の町、日無町(ひなしちょう)。幼い頃に両親が離婚し、心を閉ざしていた中学生のカイは、好奇心いっぱいで快活な人魚の女の子ルーと出会って、少しずつ自分の気持ちを出せるようになっていく。

だが日無町では古来、人魚は災いをもたらす存在とされていた。やがてルーの存在は公になり、町の人との間に大きな溝が生まれる。カイはルーと町の危機に、何ができるのだろうか?

筋立てがわかりやすく、初めて見る人にもなじみやすい世界観。ルーや、人魚化した犬の「ワン魚」、二足歩行するサメの人魚のルーのパパなど、おもしろくてかわいいキャラクターもそろっている。


湯浅監督作品の持ち味あふれる、歌とダンスシーンを満喫!


2作品を見ると、湯浅監督の持ち味と思える映像の共通点は、初めて見ても鮮明だ。

パースペクティブを強調した、独特の画面構成。夢が現実化したような、自由自在でやわらかい線の動きの楽しさ。建物が踊り、地平線が傾き、水が固形物のように盛り上がってる。クライマックスでのあふれだすイメージ、常識から解き放たれて空間を駆けめぐる動きの楽しさは、「これぞ湯浅節!」という魅力に満ち満ちている。

この特性が映像の中で特に生きるのは、歌とダンスのシーンだ。

「夜は短し歩けよ乙女」では、「詭弁踊り」という、大学の詭弁部に伝わる謎のダンスが登場して、酒場を練り歩く。原作ファンの間でも、これをどう映像化するかが注目を集めていた。そうした背景を知らなくても、とにかく動きがキモおもしろい。

文化祭のシーンがミュージカルになって、メインキャラクターたちが〝唐突に〟〝感情込めて〟歌いだすのには笑った。もともとキャストが、声優、俳優、芸人、ミュージカル女優と、マルチな才能の異種格闘戦の様相を呈しているのに、その彼らが全力で歌で競い合うおもしろさといったら!

「夜明け告げるルーのうた」でも、歌とダンスは大きな見せ場であり、物語の鍵となっている。

人魚は歌が好きで、歌からエネルギーをもらうことができる。ルーは、カイが窓辺で口ずさむ歌や、バンドの演奏に引き寄せられてきて一緒に歌うし、歌を聴くとエネルギーがあふれてくる。

なんと人魚はノリノリの音楽を聴くと、足ヒレが分かれて2本の足になって、地上で踊りまくることができるのだ。タップダンスを上回る高速で、高まる気持ちそのままにステップを踏む「2本の足」は、この作品の象徴でもある。


酒好きな大人を幸せにする「歩けよ乙女」、中学生向けなのに深い「ルーのうた」


「夜は短し歩けよ乙女」は、イラストレーター中村佑介氏原案によるキャラクターがオシャレで大人っぽく、20〜30代の若い大人向けというイメージがある。

主人公の「先輩」も「黒髪の乙女」も大学生で、お酒を飲む楽しさを肯定的に見せるところからも、20歳以上の大人をターゲットにしているのはまちがいないだろう。黒髪の乙女が、酒を飲む幸せを語りながら飲むところなどは、酒好きにとって、体の内側から多幸感があふれだす名場面だった。

「夜明け告げるルーのうた」は、ポスターのビジュアルを見ると、かわいらしい人魚が人間の少年と出会う物語ということで、小学生ぐらいの子どもを対象にした作品かなと思っていた。しかし実際に見てみたら違っていた。

主人公のカイは中学生。離婚した親への不満もあり、悩みはあっても言葉にせず、言いたいことをぐっと飲み込んでいる。進学や将来のことを前向きに考えられず、好きな音楽に対しても冷めている。カイに共感したりイラッとしたりするのは、同じ悩みに直面している同世代のはずだ。

そう考えると、「夜明け告げるルーのうた」の対象は中学生以上と思われる。それでいて、大人の心にぐいぐいくるところもある。劇中に登場する大人たちはそれぞれに心に痛みを抱えつつ沈黙を守っているので、ハッと胸をつかれるシーンが多い。


それぞれのエンディングが語る幸せのかたち


見終わったあと、「夜は短し歩けよ乙女」は、明るくあたたかく人生を肯定したくなる。

不思議な一夜の長い長い散歩を経て、先輩と黒髪の乙女の関係には、変化が起こる。

ハチャメチャな騒動の連続に忘れかけていたが、最後にきて思い出す。そういえば、これは恋から始まった話だった。

「ここで会ったのも何かのご縁」。最後は「ご縁」という言葉で締めくくられる。

何も持っていないと思い込んでいた人も、気がつけば自分が手にした宝物に気づく。何かを人に与えられることを知る。そしてまた新たなご縁がつながっていく。

人は孤独ではなく、いろんなかたちで他人と、そして世界とつながっている……と感じられる。見終わった人は、「楽しいものを見た!」という明るくあたたかい気持ちで、劇場をあとにできるだろう。

いっぽう、「夜明け告げるルーのうた」には、なんともいえない悲しみがある。といって、いわゆる「泣ける映画」ではない。

ただ、1人ひとりの心の傷がていねいに描かれているので、それを感じ取ると「悲しいな」と思ってしまう。特に、カイたち中学生以外の大人が、なぜそういう言動になるのかを、この作品はきちんと描いている。

クライマックスで、海が町に危機をもたらすところでは、似てはいないのに、東日本大震災での津波を連想した。人間に恵みをもたらし、同時に災害ももたらす海。現実の厳しさを思い起こさせたところで、希望の手が差し伸べられる。

解釈にもよるのだろうが、この作品では「人魚」と「海」は同じものにも感じられた。時にはほがらかで時には怒り、人間に近くて遠く、与えては奪っていく。異なる存在だけど互いを理解し、愛し、しかしひとつにはなれない人間と人魚。その関係が切なく、深い。

きれいごとでない痛みを描いているからこそ、ルーとカイが出会って起こった一連の出来事には、意味があったと思える。そして、どんな出来事にも自分ごととして関わることが、世界を変えるのだと感じられる。

「夜明け告げる」というタイトルも、見終わってから改めてぐっときた。悲しみのあとには、夜明けがあるのだ。ハッピーハッピーな子ども向けの話に終わらないからこそ、見おわると切なさを感じつつも、前向きな気持ちになる。


「歩けよ乙女」と「ルーのうた」、2本見ると3倍楽しめる!


人とのご縁を大事にしたくなる「夜は短し歩けよ乙女」。

好きを行動にして伝える力をもらえる「夜明け告げるルーのうた」。

どちらも、約2時間たっぷりアニメーションの楽しさを堪能したあとに、少しの元気と希望をくれる。何度も思い返しては、長くあれこれ考えることができる。

湯浅監督の作品の魅力を、2本で3倍堪能した。アニメーションは、動きの楽しさだ。それを満喫できる今回の2作品は、傾向が違うからこそ、多くの人に両方を見てほしいと思う。

湯浅監督が得意とする、めまぐるしく踊りまくる映像、身体が動き出しそうなリズム、現実を突き抜ける爽快感は、劇場で体感してこそ満喫できるだろう。


(文・やまゆー)

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(C) 2017 ルー製作委員会

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関連作品

映画 夜は短し歩けよ乙女

映画 夜は短し歩けよ乙女

上映開始日: 2017年4月7日
キャスト: 星野源、花澤香菜、神谷浩史、秋山竜次、中井和哉、甲斐田裕子、吉野裕行、新妻聖子、諏訪部順一、悠木碧、檜山修之、山路和弘、麦人
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夜明け告げるルーのうた

夜明け告げるルーのうた

上映開始日: 2017年5月19日   制作会社: サイエンスSARU
キャスト: 寿美菜子、斉藤壮馬、柄本明、谷花音、下田翔大、篠原信一、大悟、ノブ
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