【犬も歩けばアニメに当たる。第21回】「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」アイルランドの美しい冒険物語

アキバ総研 | 2016年09月03日 12:00
【犬も歩けばアニメに当たる。第21回】「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」アイルランドの美しい冒険物語

心がワクワクするアニメ、明日元気になれるアニメ、ずっと好きと思えるアニメに、もっともっと出会いたい! 新作・長期人気作を問わず、その時々に話題のあるアニメを、アニメライターが紹介していきます。

 

公開が始まった「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」は、アイルランド生まれの長編アニメ映画です。

 

キャラクターデザインを見ると、素朴で丸っこい、子ども向けの作品のイメージ。ストーリーも妹を守るひとりの少年の冒険物語で、複雑なものは何もありません。ですが、圧倒的に美しい映像と音楽に包まれて、見終わったあとは深い余韻に包まれます。

 

子どもにも大人にも、アニメファンにも見てほしい、この作品の魅力をご紹介します。


初日満足度ランキング1位。見ればきっと幸せになる映画


2016年8月18日、19日のぴあ映画初日満足度ランキング(「ぴあ」調査による)では、アイルランド生まれの長編アニメ映画「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」がトップとなった。

 

心の中で拍手を送った。そうだろうな、と納得の思いがある。

 

筆者は公開2日目に恵比寿ガーデンシネマで鑑賞したが、映画を見終えた観客の多くは、しばらく作品の余韻にひたりたかったのだろう。ロビーに掲示されている新聞各紙や雑誌に掲載された監督のインタビュー記事や、作品の魅力を紹介したレビュー記事を、長い時間をかけて読んでいた。ショップでは、英語版の8,000円(税別)のアートブックが、一時的に品切れになっていた。

 

「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」は、アイルランドのエッセンスたっぷりの長編アニメ映画だ。制作したトム・ムーア監督は、北アイルランド生まれ。ダブリンでアニメを学んだのちに、仲間とともにアニメーションスタジオ兼制作会社「カートゥーン・サルーン」を設立した。

 

カートゥーン・サルーンは、ピクサーやスタジオジブリと並ぶ、世界的に有名なアニメーションスタジオとして知られる。トム・ムーア監督の作品が日本で公開されるのは、初めてのことだ。

 

なめらかな動き、深い色合い、全体を包む美しい音楽。少年の冒険物語なのに、まるで癒しの環境映像を見ているような気分になる。


人間と隣り合って不思議なものたちが生きている世界


主人公は、アイルランドの海沿いに住む小さな兄妹、ベンとシアーシャだ。そのほか、海でアザラシ、陸で人間の姿をとる妖精「セルキー」や、フクロウの魔女、伝説の巨人、妖精たちといったアイルランドの伝承や神話の住人が登場する。

 

この物語は、ひとつの小さな家族の話だ。ベンとシアーシャは、父親と3人で海辺の家で暮らしている。母親は6年前に、シアーシャを残して海に消えてしまった。父と息子はそれぞれに今も、いなくなった妻を母を懐かしみ、心を痛めている。そして、6歳になったシアーシャが母親ゆずりの不思議な力を発揮しはじめるのを恐れて、家族として引き止め、守ろうとする。

 

いっぽうでこの物語は、人間と隣り合って生きている不思議な存在たちの話でもある。陸では人間の女性の姿になるアザラシの妖精セルキー。妖精たちを石に変えるフクロウの魔女・マカ。今は石になっている伝説の巨人。

 

普通の人間の暮らしのすぐ横に、不思議なものたちが存在している世界を、美しい映像がつむいでいく。子どもが主人公の冒険物語だが、全体にタッチはとても静謐で美しい。興奮と活劇よりも、悲しみと静けさを感じる時間のほうが長い。その感覚が、日本の子ども向けアニメに慣れた目にはとても新鮮だ。


日本の古き良きアニメに近い懐かしさと美しさ


そして同時にこのアニメーションは、どこか懐かしい。シンプルな線で丸っこく愛らしくデザインされたキャラクターたちは、日本の古きよきアニメーションにとても近いものを感じる。

 

たとえば、日本の風土から生まれた説話をアニメ化した「まんが日本昔ばなし」(1975年)。たとえば、高畑勲と宮崎駿が参加したことで知られる、アイヌの伝承を元にした東映動画のアニメ映画「太陽の王子 ホルスの大冒険」(1968年)、などなど。

 

3DCGアニメが身近なものになった今、アニメはより写実的に、立体的に、テクスチャーを細密に描く方向へと進化しているように思われる。だがそのいっぽうで、平面的なシンプルな絵が動くことの楽しさ、美しさは、今だからこそ求められている。

 

過剰なスピード感なしに移り変わっていく舞台とストーリーは、まるで順繰りにページをめくりながら、美しい絵本を読んでいるような感覚だ。見る人は、細密画のような画面のすみずみまでをリアルタイムに楽しみながら、自分の想像の翼を広げて、描かれている事象を味わう。遠く不思議なアイルランドの海の前に立つ自分自身を感じられる。

 

細かくデザインされ描かれた美術背景に、シンプルで平面的なキャラクターが映える。広大な海や平原の中、小さな兄妹がふたりで歩いていく姿が浮かびあがる。

 

トム・ムーア監督はパンフレットのインタビューで、みずからを日本のアニメーションのファンだと語っている。スタジオジブリの作品で一番影響を受けたのは、「となりのトトロ」と「もののけ姫」だと。

 

まるで文様のようにデザイン化された海の描写は、葛飾北斎の波の絵に触発されているという。北斎の浮世絵の洋式化、単純化の手法が好きで、影響を受けているそうだ。

 

日本の観客がこの作品に懐かしさを感じるのは、当然なのかもしれない。


日本の「天の羽衣」がアイルランドでは「アザラシ女房」!?


いっぽうで、この作品は「アイルランド」の独自性に満ちている。

 

カギとなるのは、アザラシの妖精「セルキー」。陸では人間の女性の姿であり、白いコートを着て海に入るとアザラシの姿になり、自在に海を泳ぐ。セルキーが口ずさむ歌にはふしぎな力があり、そのためにシアーシャは妖精や魔女たちの注目を引くことになる。

 

人間と結婚した人ならぬ存在が、やがて正体を現して去っていくところは、日本の「天の羽衣」や「狐女房」でもなじみのある、昔話のひとつのパターンだ。その動物がアザラシで、我が家の前の海にアザラシがいる環境というのがファンタジックだ。

 

母親の声を演じ、メインテーマを歌うのは、アイルランドの歌姫、リサ・ハニガン。穏やかでゆったりとした音楽には、民族楽器が使われている。

 

トム・ムーア監督は、人々の心から失われつつある昔話や民話を、現代人も楽しめ、今に通じる真理を持つ作品として、新しい命を吹き込もうとしたのだという。その試みは成功したといえるだろう。


深く静かな海と美しい音楽に包まれた心地よい世界


地球誕生の歴史の中で、すべての命は海から誕生した。その生命進化の歴史を、人は母親の胎内で羊水につかりながらくりかえしているという説がある。

 

となれば、多くの人が海に郷愁を感じるのも、無理のないことだろう。

 

青く深い海の中、はじける泡の音やクジラの声の響きを遠くに聞きながら、「海のうた」をBGMに、見る者もまた海の中をたゆたう思いを体験できる。

 

この映画は、第87回アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされたほか、2015年東京アニメアワードフェスティバル グランプリなど各地で数々の賞を受賞している。だが、まだ多くの人に知られているとはいえないだろう。

 

アイルランドの海と音楽に癒されるようなこの作品の魅力を、もっとたくさんの人に知ってほしいと思う。


(やまゆー)

 

(C) Cartoon Saloon, Melusine Productions, The Big Farm, Superprod, Norlum

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ソング・オブ・ザ・シー 海のうた

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた

上映開始日: 2016年8月20日
キャスト: 【吹替版】本上まなみ、リリー・フランキー、中納良恵、深田愛衣、喜多川拓郎、水内清光、高宮武郎、花輪英司、磯辺万沙子
(C) Cartoon Saloon, Melusine Productions, The Big Farm, Superprod, Norlum

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