「さよならの朝に約束の花をかざろう」はなぜ泣ける? 寂しさと生きる力の寓話【犬も歩けばアニメに当たる。第39回】

2018年03月04日 12:000
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今回取り上げるのは、公開中の「さよならの朝に約束の花をかざろう」です。

本作は、人気作「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」の脚本を執筆した岡田麿里による初監督作品として注目を集めています。筆者が鑑賞した映画館では、わりと早い段階から、涙ぐんで鼻をすする音が場内のあちこちから聞こえてきました。

さてこの映画、あなたは泣ける? 泣けない? アニメオリジナル作品を応援したい筆者が感じた、作品の魅力をご紹介します。


「寂しさ」は思春期の原点


なぜ、人は寂しいのだろう。どうすればこの欠けた感覚を埋められるんだろう。欲しいものはどうしたら手に入るんだろう。どうして今のままでいられないんだろう。

何を共有できたら幸せだと思える? 注目を集めれば満足する? 奪って人の上に立てばいい? 逆に与えつづければ満ち足りる?

そんなやるせなくもどかしい混乱が、青年期の前半「思春期」の心のひとつの特徴だ。第二次成長があらわれ、異性への関心が高まり、自分の性を自覚する時期でもある。不器用なエネルギーが、行きすぎたかたちで吹き出したりもする。

コミックやアニメでは普遍的なテーマだが、こうした思春期の葛藤をかつての自分の心情に重ね、アニメの「脚本」に反映させてきたのが、岡田麿里だ。

TVシリーズ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(2011年)では、6年前に死んだ幼馴染の死が影を落とす5人が、幼馴染の幽霊の出現をきっかけに、心をぶつけあい、わだかまりを解いていく様子を描いた。

映画「心が叫びたがってるんだ。」(2015年)では、小さい頃の体験から自分の言葉を封じ込めた高校生が、葛藤しながら思いを歌にして自分を解放していく青春群像劇を描いた。

2作品はいずれも、岡田麿里の故郷である埼玉県秩父市が舞台となっている。

その岡田麿里が、初めて監督として制作したオリジナル作品が、この「さよならの朝に約束の花をかざろう」だ。舞台は、これまでと打って変わって、竜と剣が登場するヨーロッパ中世的な世界となっている。

美しく年をとらない長寿の種族に、滅びゆく空飛ぶドラゴン、政治と謀略、戦争と城攻め、白兵戦。本格ファンタジーに必要なものはすべてそろっている。

それでも、ここで描かれるテーマは、「あの花」「ここさけ」ファンを裏切らない「孤独と涙」だった。


描かれる4人の「母」


数百年の寿命を持つ種族「イオルフ」の一員で、仲間とおだやかに暮らしていた少女マキアは、騒乱の中でひとりはるか遠くに連れさられる。ひとりきりになったマキアが出会ったのは、親を失ったばかりの人間の赤ん坊だった。

ひとりぼっちとひとりぼっちが出会い、マキアはエリアルと名付けた赤ん坊と生きていくことを決意する。

この物語では、母と子のパターンがくりかえし登場する。

主人公のマキアは、血のつながりのないエリアルを大切に育てあげる。
マキアと対照的に、望まぬ子を産む女性も、愛する夫の子供を産む女性も登場する。

ここに、マキアに居場所を与えてくれた心やさしい肝っ玉かあさんを加えれば、この物語には4人の「母」がいる構図になる。

そのため、「親から子への無償の愛に泣ける」と感想を語る人も多いようだが、そこだけに注目するともったいないのではないかと思う。


「無償の愛は美しい」では語りきれない「愛」のかたち


マキアのエリアルへの愛は、たしかに母の愛だ。

けれど同時に、エリアルはマキアにとって、内気な少女が仲間や故郷から引き離され、どうすればいいのかわからなくなったときに、生きる力を与えてくれた存在でもあった。

エリアルは成長するに従い、自分を育ててくれた「母親」への思いの変化に気づく。マキアもそれを知る。ここからの2人の互いへの思いは、もういわゆる母子の愛ではなくなっている。

関係性の変化を見る者が自然に受け入れられるのは、マキアたち「イオルフ」の民が、年をとらない長命種だからだ。

イオルフの民は、何百年も長生きして、年をとらない。時間の流れ方が、普通の人間とは違う。

白い肌に金色の髪で、まるで妖精のような美しさを保っている。女性は胸のふくらみが薄く、男性も筋肉が薄い。少年少女の容姿のまま、何十年も生きる。

いわば、イオルフの民は、長い長い「思春期」を生きているのだ。

不死ではないので、傷つけば命を落とすし、男女で恋をし、子どもも生まれる。それでも、どんな苦労をしても年月が経っても、純粋さと美しさは損なわれない。

それはつまり、悲しみも苦しみも愛も「生々しすぎない」ということでもある。

結果として、身体の実感をともなうリアリティより、思いの純粋さが際立つ。そこに共感するかどうかで、泣ける・泣けないが分かれるように思う。


時間とともに変わる関係性、変わらない心


一身に愛を注ぎ続けた対象が、時間とともに成長し、変化して、関係性が変わっていく。納得しない心だけが、置き去りになる。それは、ありふれた現実だ。

大人になっても、「自分自身の内面は以前とさほど変わっていない」と感じる人は多いのではないだろうか。

特に女性は、幼い女児から、少女を経て若い女性になり、年を重ねて、結婚して妻になったり、母親になったり、社会で活躍したり、孤立したりすることで、周囲の見る目が変わることを体験しているだろう。

目の前の相手によって立ち位置や振る舞いを変えるのはあたりまえ。自分自身はそんなに変わっていないつもりなのに、我が身の年齢や変化を自覚させられるシーンも多い。

けれど、心の奥底には、いつになっても満たされない寂しい子ども、「インナーチャイルド」がいる。それこそが自分らしさだといわれたりもする。

長い年月つらい苦労を重ねても、子どもを産んでも、年をとらず、純粋であることが許されるイオルフの人々は、そんな自分の内面を重ねられる存在ともいえる。

マキアと対比して描かれるイオルフの少女、レイリアが最後にとった行動は、その象徴だと感じられる。いわゆる母子の愛の話だと思って見ていると、「あれっ?」と思ってしまうかもしれない。

男性キャラクターも同じだ。ストイックで美しい映像表現の中で、とまどいも狂気も身勝手も哀しく純粋なものとして肯定される。

この作品は誰のことも責めず、罪を断じない。だから、好きなところに気持ちを乗せられるのだろう。


大人になりきれない心の弱いところに響く、気持ちよく泣ける作品


ファンタジーものだから、世界観や設定が凝っているように見えるが、難しいことは何もない。映像をまるっと受け止めて、描写を1つひとつきちんと見ていけば、無理なくするっとわかる。

ドキドキハラハラや謎解きに頭を使わず、美しい映像と音楽に身をゆだねることができる。

シンプルにあっさりめにデザインされたキャラクターには、名作アニメに通じる抑制のきいた人物描写を感じる。その後ろに、圧倒的に美しく濃密な背景が積み重ねられる。

音楽がまた美しい。ゆったりと流れ、緊張感をあおりすぎることなく、イオルフの人々に流れる時間のように、よろこびも悲しみも響きの中につむいでいく。

「さよならの朝に約束の花をかざろう」というタイトルが指し示すのは、別離以外の何物でもない。

この作品のテーマが示される冒頭の長老のセリフで、多くの人は、これがどういう物語かを悟る。悟るから、そうならないように願う。不安と期待を、美しい映像と音楽がゆったりと包みながらストーリーは進む。

この物語に登場する人たちは、誰もが誰かを思っている。それは恋だったり、エゴだったり、愛だったり、名付けようのないもっとひそやかなものだったりする。そしてそのほとんどが「片思い」だ。

恋ならば、両思いになって2人が結ばれるところでひとつのハッピーエンドがくる。けれど、最初からハッピーエンドが見えない思いなら、どこまでいきつけば「幸せ」といえるのだろうか。

過ぎる時間は残酷だ。幸せな瞬間を永遠に続けることはできない。変わっていく関係性を受け入れても拒絶しても、結局何かがこぼれおちていく。

けれど、それでも幸せな瞬間があった事実はゆるがない。人は孤独だけれど、だからこそ寂しさが、生きる力につながっている。

そんな現実を愛しいと思えるなら、この映画はきっと、あなたの心をうるおして洗い清めてくれるだろう。


(文・やまゆー)


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