音の「ひずみ」に徹底的にこだわる
─渡辺さんはどのような音作りがお好きなのですか?
渡辺 すべての作品でやっているわけじゃないんですけど、最近すごく好きなのがひずみ、ひずんでいる音です。ひずみって実はすごく奥が深くて、そのひずみのコントロールで音の出し入れをする、というのを自分で研究しています。そういうのと生楽器の共存というのが、自分のウリとして追求していくべきところだと思っています。
あくまで録音音楽の話なんですけど、ある時に、人間の耳って基本的にひずんでいるんだ!ってことに気がついたんですよ。レコーディングでジャンベ(編注:西アフリカ発祥の太鼓)を使おうとしたことがあるんですが、いろいろ試してもなかなか自分が知っている音にならなくて困っていたら、ディストーションかけた時にジャンベの音になったんです。その時からひずみがすごく楽しくなって、ドラムを少しだけひずませたりとか、気がついたら何でもひずませているんです(笑)。
イコライザーのハイを上げたりとかで音をコントロールするんじゃなくて、ひずみをコントロールすることで前に出てきたりとか、ひっこめたりとかできるんだ、ということがわかってからは、ひずみに対するコントロールを細かくやっています。ふつうの音楽でもちょっとひずませると、やわらかくなったりするんですよ。
─曲作りはどのようにスタートするのでしょうか?
渡辺 僕の場合、思いついたのをPro Toolsにどんどん打ち込んでいっちゃうのが基本で、生演奏を使わない限りは、楽譜は書かないんです。あと最近は、全体像から考えて俯瞰(ふかん)的に見るようにしています。どういう場所で物語が進んでいくんだろう?とか、登場人物はどういうキャラクターなんだろう?とか、イメージを掘り下げていくんです。
たとえば、最近の「鹿楓堂よついろ日和」(2018)だと、木造のお店なのでシンセとかじゃなくてアコースティックの響きがするんだろうな、といったイメージから始まりました。それから、じゃあ何でメロディを鳴らそうか? アコースティックだとピアノ? バイオリン? それとも笛?とかいろいろ考えた後で、男性が主人公で、歳も20歳を越えている感じなので、クラリネットとかいいんじゃないかな、と考えて。クラリネットって結構音域が広いので、いろんなことできるんじゃないかなと思い、クラリネットで行こうと決めました。あとは、テンポ感やメロディを考えてといった感じですね。メロディとコード、どちらを先に作るかは楽器によって決まってくるところがあります。
─イメージソースは?
渡辺 原作、脚本、絵コンテですね。あ、そうそう! 過去のインタビューで三澤康広さんは、「声優さんがそのキャラとして演技しているオーディションの時の声のデータを手配してもらう」とおっしゃっていたじゃないですか(編注:https://akiba-souken.com/article/35387/?page=2)。あの記事を読んで、言われたらそうだよな、イメージふくらむよな、ちょっと自分もやってみよう!と思いました(笑)。
世界観を浸透させるため「半分ずつ作曲」
─作曲の順番はどうやって決めていますか?
渡辺 劇伴って曲が多いじゃないですか。昔はとりあえず作んなきゃいけない!と思って、片っ端から作っていたんですが、最近は半分ずつくらい作って、全体を見渡してから、残りの半分を作るようにしています。そうすると、最初に取りかかったものと、1週間後に取りかかったものとでは、やっぱり1週間後の曲のほうが作品の世界観が自分の中に染み込んでいて違ってきているのがよくわかるので、1週間前のものを見直して、よければ続きを作っていく、悪かったらボツにするか手直しをする、そういうふうに何度か見返す作り方をしています。
─監督や音響監督との打ち合わせのやり方は?
渡辺 作品によって違ってきます。「鹿楓堂」の場合は、音響監督が「苺ましまろ」(2005)や「少女たちは荒野を目指す」(2016)で監督をされた佐藤卓哉さんだったので、こちらからも積極的に提案させていただきました。たとえば、第5話のBパートは砂金さんが女性キャラクターに変身するという、これまでの話数とは違った世界観のシーンがあって、ほかの曲を当て込んでも絶対に合わないと思ったので、フィルムスコアリングにしたほうがいいんじゃないですか? と提案して、やらせてもらいました。
─「鹿楓堂」のエンディングテーマ「Clover」は、編曲のみで参加されているようですが。
渡辺 最終回以外のものに関しては、僕がアレンジさせていただきました。最終回に流れた4人が歌っているオリジナルはもうちょっとビートの効いたものなんですけど、それをもっとアコースティックに寄せて、ちょっとジャズテイストが入ったような感じでアレンジしました。
─作品のために書き下ろされた曲は、すべてサウンドトラックに入れるのでしょうか?
渡辺 収録時間が許されるのであれば、入れるようにしています。「鹿楓堂」のBlu-ray BOXにも、使っていない曲を2曲ほど入れましたよ。
作曲家であり、同時にプレイヤーでもある
─演奏者の選定にもこだわりを感じます。ギターは竹中俊二さんにお願いすることが多いようですね。
渡辺 彼の場合はものすごく付き合いが長いので、どういう演奏をするかも知っていて、いろんなジャンルをやっていて譜面にも強いので、早いんですよ。彼をいつも劇伴に呼ぶと「またこき使われる」って言われるんですけど、音楽家としてもすばらしいので、信頼を置いてお願いしていますね。「BALDR FORCE EXE RESOLUTION」(2006~07)も全部お願いしたんですが、戦闘シーンの曲なんかでも、こっちが「ひずみをもっと重ねたいんだけど」と言ったら、「それじゃ音が立たないよ!」と言い返されたりして、いろいろやり合って作りました。
─鍵盤楽器はすべて渡辺さんご自身で演奏されています。
渡辺 そうですね。もともと舞台に立つプレイヤーになりたい、というのがありましたので。プレイ中の自分の手癖とか自然に出てくるフレーズというのは、作曲の重要な部分なんだろうな、というのもありまして。もちろんピアノでも自分よりうまく弾く人たちがたくさんいるのは知っていて、最近は自分がプレイすることに関してのこだわりも少なくなっているんですけど、ニュアンスを説明するのが難しくて、自分で弾いたほうが早いんですよね。よほどすごいクラシックをやってくれとか、ものすごく速いラグタイム・ピアノ弾いてくれとかだったら、無理だからお願いしますけど、今のところそういうことはないので自分でやっています。
─愛用の楽器は?
渡辺 フェンダー・ローズ、クラビネット、プロフェット5……有名どころはいろいろ持っています。さすがに最近は、パソコンのソフトシンセに負けているんですけども、ここぞという時に使うと音が映えるんですよ。
イタリア製BUGARIのアコーディオンも好きで、劇伴でもよく使っています。「鹿楓堂」だと、パティシエの角崎さんのテーマ曲で使用しましたね。それと、ライブには「ノード ステージ3」を持って行きます。ピアノもオルガンもシンセの音も出るので、これ1台だけで十分なんです。
佐藤卓哉監督から、そしてロシアからも、直接オファー
─萌えアニメが比較的多いようですが、参加作品はどのように決めていますか?
渡辺 何でもやりますよ。今はいろんな作品に挑戦したい、作り続けるのが本当に楽しいんです。もちろん、「セブン」のような作品だったら、絶対にやります!
─2017年にはロシアのアニメ作品の音楽も作られたとか。
渡辺 監督から直接オーダーをいただいた時にはすごくうれしかったですね。なんで僕を選んだんですか?と聞いてみたら、「もともと日本のアニメが好きで、ワタナベの作曲した音楽が一番よかった」と言ってくださったんです。
─佐藤卓哉監督とは長いお付き合いのようですね。渡辺さんのライブにもいらっしゃったとか。
渡辺 ご一緒したのは「苺ましまろ」、「少女たちは荒野を目指す」、「鹿楓堂よついろ日和」の3作だけなんですけど、佐藤さんとは「苺ましまろ」の時に音楽の話ですごく盛り上がったんです。どういう監督がいらっしゃるんだろうと思ったら、ものすごい音楽オタクな監督で(笑)。それも僕と趣味が合うというか、エイフェックス・ツインが好きだと言ったら、「僕も好きなんですよ!」と返ってきて、びっくりしました(笑)。
「苺ましまろ」のころはつめ込みすぎちゃっていたので、音の引き算とかアドバイスをいただいて、オープニングテーマの「いちごコンプリート」を作る時にもすごいやり取りをしました。「少女たちは荒野を目指す」の時には、佐藤さんが突然、僕がソロピアノをやっていたライブに現れて、ライブ終了後に「そろそろいい時期じゃないかなと思って」と直接オファーをいただきました。その時、佐藤さんは「『苺ましまろ』があったから、今がある」みたいなことをおっしゃっていて、信頼されているんだなと感じました。
日本のアニメの劇伴は大概、シーンによって編集するじゃないですか。でも、「少女たちは荒野を目指す」の最終話は僕の曲をノーカットで使ったシーンがありまして、「音楽がすばらしかったから、画を音楽に合わせました」と言われた時には、すごくうれしかったですね。
─余暇はどう過ごされていますか?
渡辺 好きなことを仕事にしているのでずっと趣味はなかったんですけど、最近ようやく趣味と言えることができまして、スキューバダイビングをやっています。9月も台風の直前に日本海に潜りに行って、海の中でぼけ~っとして、ああ、生きているな、というのを実感してきました。