短大で油絵を学び、プロダクション・アイ入社
─キャリアについてうかがいます。アニメ業界に入ったご経緯をお聞かせください。
海野 短大で油絵を専攻していて、就職に関しては「絵が描ければ何の仕事でもいい」と思っていました。アニメのこともよくわかっていなかったんです。当時、スタジオぴえろの「うる星やつら」(1981~86)をおもしろく観ていて、ぴえろに面接を受けに行ったんです。でも、動画の試験だったんですよね(苦笑)。油絵を見せたら面接官の方から、「これだったら背景のほうがいいよね」と言われて、プロダクション・アイを紹介していただいたんです。
─プロダクション・アイではどういった入社試験が?
海野 当時社長の新井寅雄と、長澤順子と朝倉千登勢に作品を見てもらいました。ですので、長澤と朝倉の2人とは基本、先輩後輩の関係になります。
─最初のお仕事は?
海野 朝倉が美術監督をしていた「めぞん一刻」(1986~88)の背景で、主人公の住む一刻館のアパートの中の1場面を四苦八苦しながら描きました。
─社員採用ですか? 当時のご生活は大変でしたか?
海野 社員採用です。初任給は一応生活できるぐらいでしたけど、私が学生時代にバイトしていた時よりはちょっとお安かったと思いますよ。
─師匠的な方はいらっしゃいますか?
海野 初代社長の新井寅雄です。現役の頃は短時間ですごい枚数を描き上げる方だったそうで、私が入った時には直接の現場からは離れられていたと思いますが、時間のあるときに画を教えていただいたり、見ていただいたりしていました。
─美術監督デビュー作は、「宇宙の騎士テッカマンブレード」ですか?
海野 そうですね。本格的に作業し始めたのは、「テッカマンブレード」の頃だったと思います。
─「BLUE SEED」(1994~95)も、1990年代を代表する名作だと思います。この頃の背景はまだ手描きですよね。
海野 蔦のからまっているシーンとかは、PCで作業したほうがずっと、ずっと、ずっと、作業効率はよかったと思います。全部手描きでやっていたから、足りなかったところは多かったと思います。
─オープニング冒頭、蔦やビルが3Dで表現されていますが、これはプロダクション・アイで作られたのでしょうか?
海野 オープニングはアイプロ作業ではないですよ。アイプロは途中参加でした。
真下耕一監督との出会いが転機
─キャリア上、転機となったお仕事は?
海野 真下耕一監督の作品に関われた時が、一番の転機だったと思います。それ以前はとにかく技術を覚えて、言われたものを描いていく、という形だったと思うんですけれども、真下さんの作品の時からは、感情だとか思い入れなんかも画の中に積極的に入れられるようになっているんじゃないかなと思います。
─「.hack//」シリーズは、「SIGN」(2002)、「黄昏の腕輪伝説」(2003)、「Roots」(2006)で、真下監督とご一緒されています。
海野 ものすごく楽しかったですね。この頃は背景もボードも設定も描いていて、一番いろいろ描いていた頃だったと思います。今でもすごく思い出深い作品です。
─「.hack//」はゲーム原作ですが、設定制作で気をつけたことは?
海野 ゲームからテレビシリーズに変換することが私の役割だと思っていましたので、できるだけゲームの世界観に忠実に作りました。
─「へうげもの」は安土桃山城、はりぼての益富城、高山右近の茶室、大阪城、聚楽第、丿貫のあばら家、方広寺数奇屋、織部の屋敷など、ユニークで特徴のある歴史的建造物が数多く登場しました。原作があるとはいえ、設定を起こすのは大変だったのでは?
海野 いえ、これはもう、キャラクターに合わせて作りこんでいく作業がひたすら楽しかった記憶しかないですね。織部の水玉模様の襖は、原作を読んで意表を突かれましたが(笑)。
─あの水玉の色合いは海野さんが?
海野 「こんな感じで」と作ってみて、真下監督にチェックしていただいた感じですね。
─「へうげもの」でも海野さんは、作中の背景を描いているのですか?
海野 設定やボードを描いていることが多かったんですが、茶室の待合とか、自分で描きたいなと思うBGは自分の担当にしていました。
─海野さんは「聖闘士星矢 黄金魂 -soul of gold-」の美術監督もされていますが、「聖闘士星矢」シリーズに関わるのはこれが初めてですよね。ご経緯をうかがえますか?
海野 ブリッジ代表の大橋千恵雄さんからお話をいただいて、「おもしろそうだな」と思ってお引き受けしました。
─「soul of gold」はアスガルドが舞台でしたが、アニメオリジナルですよね。1988年放送の「北欧アスガルド編」も、アスガルドが舞台でした。
海野 原作を一生懸命読んで、世界観を理解するようにしました。「soul of gold」のアスガルドは、ほぼアイプロで設定を作ったものです。
─神闘士たちが守護していたユグドラシルの7つの間も、海野さんのデザインですか?
海野 古田丈司監督からイメージをいただいて描きました。
─ご感想は? 機会があれば、また「聖闘士星矢」シリーズに関わってみたいですか?
海野 とにかく、描いていてとてもとても楽しい作品でした。続編のお話がもしアイプロに来たら、もう狂喜乱舞ですね!
「写真感」を出さないようにした「ゆるキャン△」
─「ゆるキャン△」は数多くの「聖地」を生み出した、大ヒットアニメとなりました。
海野 こんなに反響があるとは思っていなかったですね。「スーパーゼブラ」のモデルになったスーパーには、家庭の事情でロケハンに参加できなかったんですが、オンエア後に行く機会がありました。「ああ、ここがあのスーパーだったんだ!」と、とても感慨深いものがありましたね。
─京極監督からのオーダーで印象に残っていることは?
海野 「写真は忠実だけど、写真にはしてほしくない」とのお話があって、写真から外すのが大変でした。
─もう少しご説明いただけますか?
海野 基本は写真をベースで使うんですけれども、「写真感」は出さないようにしたんです。実際にあるところだから、あるものを忠実に描かなきゃいけないところはあると思うんですけれども、写真そのままでは背景としては成り立たない、ということでした。
─作曲家の立山秋航さんは、キャンプ場ごとのテーマ曲を作られましたが(編注:https://akiba-souken.com/article/38452/?page=2)、美術スタッフのところにも立山さんの音楽は届いていたのでしょうか?
海野 オープニングとエンディングはいただきましたが、劇伴はなかったですね。というより、どの作品でもオープニングとエンディングはいただけるんですが、本編の各シーンでかかる音楽は、いただいたことがないんです。音楽が重なることでものすごく世界が広がったりするので、「ゆるキャン△」はテレビで観ていて楽しかったです。
─「ゆるキャン△」は、BGオンリーやロングショットも比較的多く、その意味でも背景が非常に重視されている作品でした。現場の士気も高かったのでは?
海野 これほど背景に重きを置かれる作品だとは正直思っていませんでした。皆自分で資料を見てくれたり、私以上に細かいところをチェックしてくれたりしたので、本当に助かりました。その後に今までにない反響があったので、大変だったけれど満足感のあった作品になったのではないかと思います。
「今までの画風とはちょっと違う画風」を試したい
─美術監督に必要な資質能力とは?
海野 私自身は好きでやってきて、何が必要か、というのはいつも考えて作業しているんですけれども、なにより「絵が好き」というのが一番ですよね。でもそれだけじゃダメで、いろいろな人と関わっていく仕事なので、「他人のいいところを見つける、受け入れる、自分の守りたいところもしっかり守る」、そういうバランス感覚も大切かなと思いますね。
─美術設定の須江信人さんは、今後は「3Dモデルも作れて、絵も描ける」のが、「マスト」になるかもしれないとおっしゃっていました(編注:https://akiba-souken.com/article/33750/?page=3)。
海野 私の次の代には、そのようになるかもしれないですね。
─今後挑戦したいことは?
海野 今までの画風とはちょっと違う画風を、機会があれば使っていきたいなと思っています。ただ、それは皆でやるっていうのは難しいかもしれないから、パーツ的にでも新しい絵の要素として広げていけたら、ぐらいな感じです。
─画集出版や個展開催はいかがでしょうか?
海野 そういうのは全く考えていません!
─最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いします!
海野 末永くアニメを楽しんでいただけたらうれしいです。美術背景を目指されている方は、いつでも作品持っていらっしゃってくださいね!
●海野よしみ プロフィール
美術監督、美術設定。株式会社プロダクション・アイ取締役。短期大学の油絵専攻を卒業後、プロダクション・アイに入社。新井寅雄さんに師事し、「宇宙の騎士テッカマンブレード」(1992~93)で美術監督に。真下耕一監督からの信頼も厚く、「.hack//SIGN」(2002)、「.hack//黄昏の腕輪伝説」(2003)、「.hack//Roots」(2006)、「Phantom~Requiem for the Phantom~」(2009)、「へうげもの」(2011)などに参加。そのほかにも、「D・N・A2 ~何処かで失くしたあいつのアイツ~」(1994)、「BLUE SEED」(1994~95)、「H2」(1995~96)、「SHUFFLE!」(2005~07、ただし美術設定として)、「喰霊-零-」(2008)、「ベン・トー」(2011)、「聖闘士星矢 黄金魂 -soul of gold-」(2015)、「ゼーガペインADP」(2016)、「Wake Up, Girls! 新章」(2017)、「ゆるキャン△」(2019~)などの代表作がある。自然描写を得意としており、特に「ゆるキャン△」では自らも作中背景を描き、聖地巡礼やソロキャンプブームの創出に多大な貢献を果たした。
●株式会社プロダクション・アイ プロフィール
新井寅雄さんが1970年に設立した、アニメーション背景制作会社。現在は、新井智子さんが代表取締役、海野さん、朝倉千登勢さん、長澤順子さんが取締役を務める。長年培った技術力と働きやすい職場環境を強みとしている。主な作品は「昆虫物語 みなしごハッチ」(1970~71)、「科学忍者隊ガッチャマン」(1972~74)、「魔法のプリンセス ミンキーモモ」(1981)、「うる星やつら」(1981~86)、「超獣機神ダンクーガ」(1985)、「めぞん一刻」(1986)、「ミスター味っ子」(1987)、「天空戦記シュラト」(1989~90)、「NG騎士ラムネ&40」(1990~91)、「天地無用!」(1995)、「機動戦艦ナデシコ」(1996~97)、「メダロット」(1999~2000)、「ロックマンエグゼ」(2002~06)、「Fate/stay night」(2006)、「心霊探偵 八雲」(2010)、「ビッグオーダー」(2016)、「王室教師ハイネ」(2017)など多数。
※TVアニメ「ゆるキャン△」 公式サイト
http://yurucamp.jp/
※TVアニメ「Wake Up, Girls! 新章」 公式サイト
https://wakeupgirls3.jp/
※TVアニメ「聖闘士星矢 黄金魂 -soul of gold-」 公式サイト
http://saintseiya-gold.com/
※劇場アニメ「ゼーガペインADP」 公式サイト
http://www.zegapain.net/adp/
※株式会社プロダクション・アイ 公式HP
http://www17.plala.or.jp/production-ai/
(取材・文:crepuscular)