アニメーション監督・中村亮介 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人”第7回)

2016年12月03日 08:000

音響の現場に求められる「ライブ感」


─「灰と幻想のグリムガル」(2016)では、音響監督もされていますね。


中村 「グリムガル」での僕の音響監督の仕事は、やはり本職の方とくらべると、至らないところがあったはずだと思いますよ。その上でですけれども、僕の演出論が貫かれているという意味では、作品の完成度には貢献していて。それを好きだと感じていただける方には心地よい音響になったのではないでしょうか。


アニメの現場には普段、「ライブ感」がないんです。紙の上で納得がいくまで練って、相手に伝えればいい話なので。でも、音響現場はものすごくライブ感が必要な場所です。そこが一番違いますかね。


僕は学生のときに演劇を少しやっていて、演劇に関する書籍もそれなりに読んでいるつもりなので、演者が演じる時に考えたり感じたりすることは、感覚としてはわかっているつもりです。たとえば絵で伝える時のように、情報量が多ければいいということにはならない。芝居は、もっと直観的な行動だということですね。アニメの演出で感覚的にここが切り替わらなくて、音響監督の助けが必要だと感じる人は多いです。


「グリムガル」では、僕は音響だけでなく映像にも監督として責任をもつ立場にあったので、音響に合わせてあとから映像を調整するといったことも、場合によっては可能でした。通常の音響演出よりも柔軟な、恵まれた環境で作業できていたので、職業人としての音響監督の方々と比較していただくのは光栄に思いつつも、自分の中ではちょっとちがうかなという感じはありますね。


「ねらわれた学園」以降、「3Dでは絶対できないこと」を生かした作品作り


─過去のインタビューによると、「ねらわれた学園」の美術背景は「絵画的に描いてほしい」と指示されたそうですね。これはどのような意図があったのでしょうか?


中村 当時は写真レイアウトがすごく多くなってきたころでして。従来の美術の方法論はもう必要ないかも、みたいな時代でした。今はだいぶ取り戻して、いろんな面白い美術も出てきていますが、「ねらわれた学園」のころが一番、絵画的な美術にとっては肩身がせまかった時代のように思うんです。


当時は3D映画も急速に発展してきた時代でして。3D映画の表現力が、出始めのころとくらべると、圧倒的に奥深くなった時代でもあったんです。ひと言でいうと、情報量で勝負すると、やがて3Dにはかなわなくなるというのが、もう見えてきた時代だったということです。


「わざわざ2Dでアニメを作るのはどうして?」という問いに答えらない作品は作れない、という時代になったということなんですね。これは作画に関してもそうだと思いますが。

─「グリムガル」も絵画的でしたね。


中村 「ねらわれた学園」でやったことを、もうひとつ先に進めた感じですね。カメラに対する考え方も変わってきて、ピントで言えば完全にパンフォーカスになりました。


それ以前の自分が、もっともアニメの絵作りに影響を受けていたのは、押井守監督の「Methods」という本です。ひと言で言いますと、アニメでも常に実写と同じ想定をして、どういうレンズ選択で、どういうライティングで撮影しているのかを想像しよう、といった発想をベースにしています。たとえば狭い車内であれば、並みの広角では撮影不可能、魚眼よりのレンズになるはずですから、透視図法では描けないパースのゆがみを表現する必要があるというような。逆に言えば、望遠レンズで撮ったショットは、絞りに応じて被写界深度が決まって、ピントが合っていない距離はぼやけて見えるはずですから、アニメの背景もぼかす必要があるわけです。


僕もそれまでは望遠のショットは、キャラ奥の背景にはぼかす処理をかけていました。これに対して、アニメ界にはパンフォーカス主義の人たちが昔からいまして、代表的な人間が宮崎駿監督です。ひと言で言うと、アニメは手で描いているのに何でぼかす必要があるのか、という考え方ですね。


僕は大きく言うと、押井さんの考え方から宮崎さんの考え方に、意見を変えた人間でして。それは先ほども述べたように、2Dアニメに表現として求められる感性が、時代によって変化してきたと感じているからです。今ならば、ぼけて見えたほうが気持ちいい背景は、最初からそのように描きます。ただし、ぼかすという処理を使わずに、筆のタッチで。


色の話をしますが、物体の色って、固有の色というものが、つまり色のイデアのようなものがあるわけではなくて、さまざまな光が複合的に反射した結果、僕らの目には結果としてその色に認識されているわけです。2Dセルだと動いている物体の色を、移動に合わせて計算し続けることは不可能なのですが、3Dならできてしまうんですね。昨今の3D作品は、すでに細かな映り込みを動きに合わせて、十分複雑に制御しているわけです。この技術はますます進歩する傾向にあって、数年のうちに2D作品は色彩の表現力でも勝負できなくなる可能性があって。その時にはまた自分なりに、2Dが色彩で戦う作戦を考えてみたいと思っています。


─キャラクターについてはいかがですか?


中村 僕がこだわっていることのひとつが、キャラクターの表情です。アニメーションにはいろいろな考え方があるのですが、アニメの表情には喜怒哀楽の4つしかないという人もいます。でも、僕はそんなことはないんじゃないかと思っておりまして、「グリムガル」でもキャラクターの複雑な心情を表現することに、何よりも心を砕きました。


現状の3Dが2Dにまったく及ばない部分があるとしたら、それは「アップの芝居の表現力」です。昔にくらべれば3Dの表現力も飛躍的に上がっていますが、それでもまだ2Dのほうがまだ、アップ時のキャラクターの表情の繊細さ、複雑さに関しては、圧倒的に上だと思っています。3D映画を見ていると、そうした弱点が出ないように演出でさまざまな工夫をしているのを感じます。そうした演出の工夫のあとを見ることは、ジャンルを問わず好きですね。


─「グリムガル」は戦闘もありますが、全体的にゆったりした雰囲気の作品でした。


中村 昨今のアニメーションには密度を上げた作品が多く、そういった作品の面白みも十分にわかっているつもりですが、個人的には少し「胃にもたれる」感じもします。なので、あらゆる意味での情報量のコントロールが、昔より演出に求められているのではないでしょうか。「グリムガル」も、そうした試行錯誤のあとが、たくさん残っている作品であると思っています。


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