アニメの美術に求められるもの
―アニメ業界では、新人から美術監督までのキャリアパスはどうなっていますか?
加藤 手描きということで考えると、背景マンとして業界に入り、次に美術監督の助手や補佐を務めた後、美術監督になるというのが一般的ですね。ただ最近は、美術設定で入ってくるケースも少なくないですね。背景会社によっては、3Dのモデラーとして参加する人もいます。美術監督になると、これまでは美術設定、美術ボード、背景とひと通りやるのが普通でしたが、最近は同じ会社内に美術設定のスタッフを立てたりと、分業が多くなっています。
―加藤さんが美監される時も分業を?
加藤 私は美術設定が好きなんです(笑)。というか、ゼロから生み出すところからやらないと嫌だっていうタイプなので。できれば自分で生み出した舞台に、自分で空気感や光や色を足したりして、全部やりたいんですが、美術設定がメインです。
―どういった人が美術に向いていると思いますか? 学生時代に背景を専攻されている人のほうがよいのでしょうか?
加藤 まず絵が好きというのが第一条件で、ゲームも含めて映像作品や舞台設計が好きであってほしいというのもありますね。キャラクターたちが動き回る舞台を作り、ライティングをして、空気感も表現していく仕事ですから、撮影や照明の仕事と重なる部分があります。学校で背景をやっていた人は、まったくやっていない人より入り口は早いと思うのですが、全然違うことをやっていた人でも、「好きこそ物の上手なれ」で、リスタートで開花する人はいくらでもいますよ。
―加藤さんは2014年に、「プロが教えるアニメ背景画の描き方」というご本を出版されてますね。
加藤 この本は、「最近、Photoshopをいじり始めました。でも、アニメ背景なんて描いたことがない」という人向けです。いわゆるドリルの扱いですね。これをやれば、アニメ背景が何でも描けるというわけではありません。室内だったり、変わったパースやライティングだったり、5つの課題を用意したので、とっかかりとしてやってみてほしいという意図を込めて書きました。ただ、レイヤーの積み重ねとか、制作の内側を全部見せちゃってますから、「ええ~こんなの見せちゃうの!?」といった感じで、恥ずかしいですね(笑)。
―出版後、美術志望者は増えたのでしょうか?
加藤 模写してうちの面接に来られた方は、何人かいましたよ(笑)。
手描きとデジタルの違い
―本書では手描きの解説はないのですね。
加藤 そうですね。ただ、最近できた会社でも、手描きスタッフを半分以上抱えているところはあります。今でも手描きに特化した需要は、当然ありますよ。
―手描きとデジタルでは作業上、どのような違いがあるのでしょうか?
加藤 手を使って紙に絵具で描くのと、Photoshopを使ってデジタルで描くのとでは、手順の中で省略できる場所が違うんですよね。絵具で描いていたころは地塗りで絵の何割かは終わっていたのですが、デジタルは地塗りという考え方じゃなくて、パーツに分けて物事を進めていくので、時間がかかります。デジタルではその代わり、最後に光の調整ができたりします。紙だと光の表現は、まず一番にやらなきゃいけない。そこの乗り換えで四苦八苦していた時代もありました。幸い我々は、早い段階からデジタルに乗り換える環境が整っていたので、20年くらい前から部分的にデジタルで背景を作り、テスト的なことを行っていました。
―90年代からデジタル背景を取り入れていたのですね。
加藤 最初のころのPhotoshopを使って、「ピンボケも作れるぞ」とか、「変形もできるぞ」とか、いろいろ試していましたね。当時はまだ撮影がアナログで、データで納品できる土壌がなかったので、「リューナイト」などではカラーコピーやプリンターで出力したものを納品していました。データ納品が可能になったのは、2001年以後くらいからでしょうか。
──ととにゃんさんに手描きのスタッフは?
加藤 おりません。私が時々、素材みたいなものを絵具で作ることはあります。美術設定を手描きすることもありますが、最近はタブレットで描くことが多いですね。以前は慣れていることもあって、アナログでやったほうが間違いなく早かったのですが、次第にデジタルでやらないと追いつかないし、食えないよという話になって、道具を差し替えることになりました。もちろん、「絵を作る」という意味では何も変わっていません。
―デジタルの問題点はありますか?
加藤 正直、デジタルだけで背景を作っていくという限界は、一度振り切っているんですよね。デジタル化の初期の頃は業界の一部が楽なほうに流れ、コピー&ペーストに走ろうとする動きもあったくらいです。当たり前ですがうちのスタッフには「皆さんは絵描きですから、ちゃんと絵を描いてください」と言ってあります。
―その他の問題は?
加藤 過渡期の問題もあります。アナログならスタンダードがあったのに、デジタルはソフトもハードも常に入れ替わるので、いまだに作品ごと会社ごとに作業のフォーマットを仕切り直す必要があるんですよ。
3D関係の課題
―アニメ美術と3DCGの関係については、どのように考えていますか?
加藤 うちの会社で言えば、3Dで美術設定や背景を手伝ってくれるスタッフがいます。しかし、背景部署としてテクスチャを貼って何かを作るというのは、やっていません。もちろん、ムービーを作りたいからどうしても必要だという場合には、要求に応える形で我々はテクスチャを描きます。
―それはなぜでしょうか?
加藤 テクスチャを貼って、レンダリングしただけだと、そこには空気感がありません。本筋では3Dの方や撮影の方と、その点について事前に何度も打ち合わせすべきなのですが、TVシリーズはスケジュールも予算もタイトなので、処理し切れないんですよ。確かに、カメラマップで処理するのであれば、普通の背景としてレイヤーを何段か用意するだけで、アニメ背景的な奥行きを出したり、ある程度のカメラの移動ができたりします。しかし、たとえば「廊下を50m進みたい」ということになれば、素材をたくさん作って面ごとに貼っていく、UVマップが必要になってきます。UVマップであれば、カメラの回り込みなども可能になります。正面からの素材が欲しいと言われたら出しますが、その後の空気感やライティングをどうするかという話がないまま、進んでしまうことがよくあります。
―まだまだ課題は多そうですね。
加藤 美術会社のさらなる勉強、3D会社さんとのコミュニケーション、スタンダードの統一などが今後の課題ですね。デジタルになってきて、いろんなところがリンクし始めちゃったので、「あれもできますよね。これもできますよね」と言われますが、「できますけど、線を引いた方がよくないですか」と答えることが多くなっています。そうでないと、知らぬ間によその部署の庭を荒らしていることがありそうで、ドキドキなんです(笑)。どこの部署とは言いませんが、飛び越えちゃう瞬間というのは、かなり気を遣いますね。なので、そうしたトラブルを減らすために、私が気を付けているのは、作品に入っていく前に「スタッフ全員で集まって話をしましょう」と呼びかけることです。1回でも会ったことがあれば、気を遣うでしょうと。
―スタンダードの統一というのは?
加藤 これまでお話ししたように、背景美術を3Dに落とし込むためには何通りか道があるにも関わらず、「ここは3Dにしたいから、3Dにできるように描いてください」と言うだけのL/O(レイアウト)依頼が来るケースが増えています。これでは(カットの処理がわからず)作業ができないので、「カメラマップなのか、UVマップなのか、部分的にUVマップで部分的にカメラマップなのか、L/Oで指定してください」と言うと、「どう指定したらいいのか、見本がないからわからない」と返ってくるんです。なので、そこはひな形というか、スタンダードをきちんと作っていくべきだと思います。現状では各社ごとにスタンダードがあって、コンセンサスが取れないまま作品に入っていっているのが、事故のもとになっています。