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“原型師の個性”は必要か不要か?
稲垣 原型はとにかく、社内のいろいろな人に見てもらいます。原型制作は3~4か月間の作業になりますから、他の原型師や企画の人の意見を聞かないと、自分だけの世界に入り込みすぎてしまうんです。
――たまに、原型師さんの名前の横に「原型協力:アルター」と付記されている場合がありますね? あれはどういう意味なのですか?
矢吹 製品原型は、版元様の監修を受け、販売の許可をいただくのが大前提です。すると、外注の原型師さんに頼んだ場合、社内で大きく修正せねばならない場合も出てきます。大きく手が入った場合は、「原型協力」と入れさせていただきます。
稲垣 そこがガレージキット(個人が原型を作り、個人で複製する手作りキット)と違うところです。ガレージキットは個人作品の複製なので、アーティスト性が強いんですよね。PVC製品は原型師以外の人が多く関わってくるので、原型師の個性というのは薄まっていると思います。工場の人も含めて「みんなで作っている」感じなんです。だから、メーカーのカラーを打ち出したり、万人受けする最大公約数的な作り方をしたり、考え方を変えています。数百個規模のガレージキットとは、販売個数も違いますから。
――PVCフィギュアの販売個数は、どれぐらいなのですか?
矢吹 キャラクター人気によりますが、数千~数万個ぐらいです。
稲垣 PVCフィギュアは家電量販店にも並ぶほどメジャーな製品ですから、ちょっと一般の方の声を意識しすぎた時期もありましたね。
矢吹 だけど、こちらが「ここはちょっと詰めが甘かったかな」と思う部分は、お客さんは気にされないんです。逆に、意外なところを指摘されたりしますよね。
渡邊 デコマスとして塗ったとき、自分が気にしなかった部分をお客さんに言われて、「あれ? そう受けとられたか」と気づかされることはありますね。そこが、立体ならではの面白さかも知れませんが。
矢吹 さっき、稲垣が「個性をなくして作っている」ように言っていましたが、どこかに、原型師とフィニッシャーの持ち味が残っているんでしょうね。
――いま、「原型師が○○さんだから買うよ」というお客さんは、いるんですか?
矢吹 昔に比べると、かなり減りましたね……。
稲垣 むしろ、「アルターは、腰つきをこう作るのが好きだから」と、メーカーの個性で判断するみたいです。腰つきは、別に社内でこだわっている部分ではなかったりするんですけど(笑)、アニメファンの方が「京都アニメーションは、こういう作風だから」と言いたがるのと似ているかも知れません。
矢吹 原型師よりは、メーカーのブランドイメージを気にしてくださる。それは悪いことではないような気がします。ライトユーザーの方も、いきなり原型師の名前をあげられるよりは、メーカー名を言われて安心する部分があるんじゃないでしょうか。
3Dプリンターで原型師は不要になる?
――今日、用意していただいた「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のめんま(2012年10月発売)は、稲垣さんが原型で、渡邊さんが彩色ですね。
稲垣 このスカートの部分は透明パーツを白く塗ってもらって、布地の軽い感じを出してもらいました。PVCフィギュアは、雑貨や文具のように、デザインと質感だけで見せ場を作れるんじゃないかと、ずっと考えていました。質感で見せたほうが、模型ファンではない一般ユーザーに届くだろうと思ったんです。
――白いベースに付いている花びらも透けていますね。
稲垣 ベースの花びらは、和菓子のような質感にしたくて。
渡邊 食品サンプルのような感じですね。ベース部分を透明感ある素材に置き換えて、何パターンか塗り方を試して、その中で全体の雰囲気に合うものを選択しました。
稲垣 縮尺模型的な「精密再現」ではない部分を、もっと開発していきたいんです。弊社にも、模型作りがルーツではない新しい人たちが入ってきていますから、なにか新しい試みができるんじゃないかと、期待しています。
――ベースは硬いのですが、これもPVC製ですか?
矢吹 いえ、ABS樹脂ですね。
――ベッドの部分に、細密な模様が入っていますが……。
渡邊 その模様は、製品ではタンポ印刷です。デコマスを作成するときには、デカール(水転写シール)を自作して、貼り込みました。逆に、かばんに付いている模様は有機的なので、手で塗りました。あえて手で塗ったほうが、雰囲気を出せる部分もあるんです。
――このベースはベッドやハシゴなど、四角い部分が多いので、メカなどが得意な人に任せてしまおうとは考えませんでしたか?
稲垣 うーん……このタイヤはデジタル造形しようという話があったんですけど、僕はこばんで手で作ったんです。
――えっ、なんでこばんだんですか?
稲垣 タイヤだけデジタルでカッチリしすぎると、全体の柔らかい雰囲気を壊してしまうような気がして。あと、フィギュアの横に、実際にタイヤを置きながら作らないと、大きさもつかめませんからね。データだけでは、わからない部分が多いんです。
矢吹 逆に、「ストライクウィッチーズ」シリーズのメカ部分などは、3Dデータで作ったほうが確実なんです。3Dプリンターも出力機の性能が上がり、ソフトも個人でも扱えるようになりましたけど、あくまで粘土やパテと同じ、ツールのひとつだと思うんです。
稲垣 今、弊社でもデジタルに乗り換えた原型師が2人いますけど、出力してから、かなり手でいじっていますよ。ただ今後、初めからデジタルで入った人は、今までと違う感覚のフィギュアを作れると思うんです。イラストでも、デジタルの人は光っていたり透けていたりする表現を、初めから取り込んでいますよね。そこが、ちょっと楽しみなんです。
――稲垣さんご自身は、3Dで造形しないのですか?
稲垣 僕はもう、老眼がひどいので(笑)、やってみたいとは思っているんです。だけど、手作業が好きでこの仕事をやっているので、今さら3Dをやるのは本末転倒かなあ……とか、いろいろ考えているんですけどね。
女性ユーザーが市場を開拓する
――製品化するキャラクターや作品に、何か基準はあるんですか?
矢吹 企画者か原型師がやりたいかどうか、それが最優先ですね。
――最近、女性ファンに向けた男性フィギュアも多いですね。
矢吹 女性向けフィギュアに関しては、女性社員が企画しています。幸い、売れ行きは好調なのですが、要望は厳しいですね。
渡邊 ええ、とっても厳しいです(笑)。
稲垣 ズボンの上がり具合や下がり具合、たるみ具合だとか、ちょっと僕にも理解できない要望もあって(笑)。
矢吹 見ているところと求めているところは、男女で違いがありますね。
稲垣 1/8スケールのフィギュアって、業界では「ほぼ20センチ」という意味なんですよ。そのお約束をわかっていただけなくて、フィギュアの実寸を測って8倍にして「ここが細い!」と指摘する方がいらっしゃる。それはまったく、新しい視点でしたね(笑)。びっくりしてしまって。
――それだけ、フィギュアを買う層が広がっているんでしょうね。
矢吹 以前は、フィギュアもプラモデルも男性専用のように思われていましたけど、今はプライズでも食玩でも女性向けフィギュアが出てきている。フィギュアに対する先入観は、昔よりは柔らかくなってきていますね。
渡邊 意外と、女性のほうがフィギュアにお金を使ってくれるんですよね。イベントでも「これ、全部ください」と、シリーズごと買っていくパワーがある。
稲垣 僕も、女性は精神的なグッズを求めると思い込んでいたんです。ぬいぐるみとか、イラストとか。フィギュアのような、具体的な造形のグッズを求めるのは意外でしたね。
――同人誌にお金を使うと思っていたんですけど、変わってきているんですね。
渡邊 かつては、同人誌も男性向けメインのようなイメージでしたよね。フィギュアも含めて、キャラクター文化が女性中心に移行しているのかもしれません。
稲垣 もともと男性的だと思われていた欲求が女性にも出てきたというか、“許されてきた”んでしょうね。
――もともと女性にあった欲求が、社会的に認められてきたわけですね。
渡邊 女性でも、「ラブライブ!」のような男性向けアニメを、楽しんで見ているんですよね。
稲垣 そうなんですよ。女性ユーザーの視線を考えると、昔のようにパンツの食いこんだエロいフィギュアは、作らないほうがいいんでしょうね。単純にかわいく作ったフィギュアが好まれるような気がしていて。
――ええ、それが正しいと思いますよ。
稲垣 「あの花」のめんまも、パンツを作るべきかどうか、悩みました。最低保証として、何となく作ってありますけれど。
――Twitterを見ていると、「服が実際に脱げる必要はないから、あたかも脱げるかのように造形してくれ」という人がいましたね。
稲垣 わかります、わかります。PVCフィギュアでは、なおのこと露骨なエロ表現はやらないほうがいいように思っていて。もともと、僕はパンツの食いこみとかは作れないほうだったので……精神力が弱いというか。
――精神力(笑)。だけど、PVCフィギュアには、まだまだ語るべきところが、いっぱいあると思います。
稲垣 ええ、ぜひ語ってください!
(取材・文/廣田恵介)