吉野代表が語る「チャー研」の思い出
──そういう事情もあり、「チャージマン研!」のクラウドファンディングがスタートすることになったわけですが、この話が出てきたとき、改めて吉野さんとしてはどう思われましたか。
吉野 最初はうまくいくんだろうかと思いました(笑)。「チャー研、チャー研」ってコアなファンの方は慕ってくれているけどそんな金額が集まるかっていうのと、現在、ICHIは私ひとりで運営しているので果たしてちゃんとできるだろうか……という不安がありました。ただ、寺田倉庫さんからは「できるところはサポートするし、READYFORさんも『このくらいの金額だったら大丈夫じゃないか』とおっしゃってるから大丈夫だ」と応援してくださったので、だったらやってみるしかないだろうと決意しました。このチャンスを逃したら、多分今後ICHI単独ではお金をかけられないだろうと思いましたので。
うちにはたくさん作品がありますけど、どの作品を残してどの作品はダメになっても仕方がないという選別をしないとね、っていう話をちょうどここ3~4年ずっとしていたんです。
クラウドファンディングのページより
──実際にふたを開けてみたら多くの方から支援が集まっています。
緒方 正直に言いますと、クラウドファンディングの達成の可能性みたいなところは、READYFORさんが厳しい目で審査されるんです。オールオアナッシング方式だから成功しなければREADYFORさんもタダ働きになるので、設定金額も結構シビアになる。その点、今回はREADYFORさんからもリードキュレーターの方がついてくださったので、もう信じるしかないだろうと思いました。
最後の数日で達成ギリギリ足りていない、とかだったら、自腹で投資するしかないかなと考えたりもしたんですが、ふたを開けてみれば心配が吹っ飛ぶような結果で。
──投資された方の名前を見てみると、岡田斗司夫さんも参加されていました。こういう、業界に縁のある方も応援してくださっているんですね。
緒方 やっぱりそれは作品の魅力ゆえなんでしょうね。
吉野 確かにREADYFORさんはプロフェッショナルで、たとえば返礼品のグッズをこれだけ作ればこれだけ必要なところにお金をかけられます、というようなアドバイスから、今このタイミングでツイートして、というアドバイスまでくださりました。
それと「チャー研」ってネット民のファンが多いので、ツイッターを通じて支援をしてくださったという方が多くて、今のアニメファンってそういう世代なんだなと思いました。
そしてクラウドファンディングのページに書き込まれるコメントが大喜利みたいになってて、みんなあれも楽しんでるようですね。きっといくらかお金を出せばコメント欄に自分のネタを載せられて面白い、みたいな感じなんだと思います。
ニコニコ動画の「チャー研」動画もなんですが、みんなでコメントをつぶやきあって、そのコメントでまた爆笑するみたいなのが作品の傾向としてあって、今回のクラウドファンディングもそこにハマった感じですね。
──まさか放送から40年の時を超えてこんなに愛される作品になるとは。
吉野 本当にね。何かのイベントに先代が参加した時、みんなが「面白い」「面白い」って言ってくれるから本人は「大事な作品です」って喜んでいたんですけど、どうも母に聞くとあんまり大事にしてなかったっぽいんですよね。だから全部セル画から何から捨てちゃってるんです。
台本も当時はちゃんとしたものは作ってなかったみたいで、ガリ版か何かに刷ってやっていたそうなんですよ。だからあんまり力を入れてないというか、10分の帯番組で、とりあえず予算が入ってうちもそれで回していける作品という認識だったんじゃないかな。
だから村西とおる監督には、あの時によくやってくれたって感謝ですよ。それがなかったら、今はこんなことにならなかったはずです。
──もうひとつ、2012年の「怒り新党」でネタにされたことをはじめ、地上波バラエティ番組でとりあげられたことも非常に大きなターニングポイントだったかと思います。その頃はもうナックからICHIに社名は変更されていたようですね。事業としては……。
吉野 もうアニメ制作はしてませんでした。だから驚きですよね。「なぜ?」って。ただ、改めて思い起こすと、ちょうど「怒り新党」でとりあげられる前──2006~2007年くらいに、うちの息子のお友達のお兄さんが、中学校の卒業文集に「ボルガ博士、お許しください」(「チャージマン研!」第35話「頭の中にダイナマイト」で登場したセリフ)って書いてたんです。それで、そのお母さんが「お兄ちゃん、変なアニメにはまって……」って言うから、息子と「もしかしておじいちゃんが作った作品じゃない?」って話になったりして。
だから、その時点ですでに尖ったものというか、変わったものを好むネット民の間では注目されていたんです。そういう経緯があるから、テレビ局の方からも「せっかくネットでバズったコンテンツなんだから、もうYouTubeで流れている映像もそのままにしておいたほうがいいよ」「それを見た人からどんどん連鎖して広まっていくから」ってアドバイスをいただいたりして、ずっとそのままにしてるんです。
──そのいっぽうで、クラウドファンディングのコメント欄に「どうやったら公式にお金を還元できるかずっと悩んでいました」みたいなコメントがいくつかあって、きっとファンの皆さんもどこか後ろめたさを抱きつつ応援していたと思うんです。今回のクラウドファンディング企画は、そういう方たちにとっては、やっと作品に恩返しができた! という喜びも与えられたと思います。
吉野 なかには「定額給付金を充てさせていただきます」というコメントもあって、さすがにそれは考え直せと思いましたけど(笑)。でも本当にありがたいですね。「チャー研」のファンの方って、イベントで会ったりしても物静かで真面目な方が多いと聞いているので、なかなか表立って行動はされないけどこういうところでちゃんと応えてくださるんですよね。
──ちなみに吉野さんご自身には「チャージマン研!」の思い出はありますか?
吉野 放送当時、私は6~7歳なので、見てたような見てなかったような感じですね。その頃、関町にナックの自社ビルがあって動画マンから演出からスタッフがみんな集まってたし、地下に大きなカメラもあったのできっと撮影もしていたと思います。その後、私が小学校に入る時にビルの中に自宅を構えて、そこに住むようになりました。
──その頃がナックの全盛期ですか?
吉野 そうですね。だから子供のころから、周りにたくさん人がいて、みんな絵を描いてて、そこで私の父の意見にみんなが振り回されてるという感じでした。
今はアニメもいろんな事情で放送枠を飛ばしちゃってもいいという風潮があるけど、当時は絶対に穴をあけられないから毎日徹夜徹夜で、その辺は皆さん大変だったみたいです。こう言っちゃうと何だけど、ブラックな現場ですよね。
うちの母も、みんな家に帰らないで徹夜でアニメを作ってるし、給料も安くてあまり食べられないからっておにぎり作って差し入れしたり、いろんなところにまいているセル画を夜中に回収しに行ったりしていたそうです。
だから「今回は放送に間に合った!」とか言うと、みんなを食べ放題の焼肉屋さんに連れて行ったりするんだけど、すごい勢いで食べていたんですって。今もきっと、その頃とそんなに変わらない現場でアニメを作っているのかなって思いますけど。
──ドラマなどには出てこない、アニメ黎明期のリアルなエピソードですね(笑)。
吉野 ね(笑)。そういえば「小梅ちゃん」っていうお菓子のキャラクターがありますよね。そのデザインをされた林静一さんが月岡貞夫さんといった方々と一緒にナック起ち上げに参加しているので、なぜか林さんが賞を取った時の記念の楯なんかがうちにあったりしました。
ほかには、後に「ガンダム」のキャラクターデザインをした安彦良和さんが、「星の王子さま プチ・プランス」の演出をされてましたし、先代と富野由悠季監督は同世代ということで仲がよかったようです。もう先代がアニメをあまりやらなくなった1990年代後半に飲みに誘ったら、当時はガンダムの新作などを作られていた時期だったみたいで、「あなたみたいにふらふら遊んでいられません」と手紙でお返事がきたりしていました(笑)。
東映で活躍されている勝間田具治さんも父と仲がよかったですね。その関係もあって、永井豪先生とも交流があって、そこからナックは「サイコアーマー ゴーバリアン」「グロイザーX」といったダイナミック企画作品を多く手がけていたようです。
まあ父はとにかく強烈な性格の人だったので、あれについていける人もそうそういなかったみたいですね(笑)。
──いやいや、まさに神々の集いじゃないですか! そんな、まさに不夜城といった熱気の中でアニメを作られていたナックでしたが、先ほどおっしゃったように1990年代後半にアニメの制作を終えます。
吉野 先代は早い段階からアニメのデジタル化には目を付けていたみたいです。ただ母によると、先代は性格的にワンマンだったので人がどんどん辞めていって、結局全然人材が育たなかったんですね。ちょうどそこの頃、実写のVシネマ作品も手がけるようになり、こっちのほうがすごく人気が出てしまってアニメよりも収益が大きくなったことで、そちらにシフトしていったようです。いっぽう、大変な割にあまりリターンのないアニメは自然にフェードアウトしていきました。
──1990年代後半は「新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に」の制作にも参加されていたとか。おそらく実写パートに協力していたのかなと推測するのですが。
吉野 先代もちょっとそういう話をしていましたし、周りからもそう言われるんですけど、資料がないんですよね。そして現在は版権管理が主な事業となっています。
「チャージマン研!」から始まる? クラシックアニメのアーカイブ化への途
──今回「チャー研」がクラウドファンディングでデジタイズされることが決定したわけですが、今後は別の作品でも同様の施策が行われる予定はありますか?
吉野 寺田倉庫さんとは、現時点では今後どうしようという話は出ていないのですが、ICHIとしてはまだタイトルは言えないのですが、過去作品を何作品かデジタル化するという計画があります。
──寺田倉庫さんはいかがでしょうか?
緒方 古い作品をもっている会社さんは待ったなしの状況だと思いますので、我々のほうから同様のお声がけをさせていただいている作品もあります。今後、クラウドファンディング企画第2弾、第3弾とやらせていただく可能性もあるかもしれません。テレビアニメも誕生して60年以上たっていますからね。今回の「チャー研」に勇気づけられた方も多いと思いますので、ぜひご相談いただきたいですし、当社も前向きに取り組ませていただきたいと考えています。
個人的には実写映像作品と比較して、アニメのほうがよりその時代の文化を色濃く反映している面もあると思います。READYFORさんに登録されている支援者の皆さんも、文化を遺していくための支援という理解をされている傾向が強いので、アニメとの親和性は高いと思います。
──今回の「チャー研」をきっかけに、失われかけているアニメ作品がアーカイブ化されていくといいですよね。
緒方 そうですね。数えてみたら、弊社では60社くらいのアニメ制作会社さん、版権管理会社さんから作品をお預かりしているんです。
動画作品の難しいところが、カット数が多いのでデジタイズにかかわる費用が大きいことです。静止画だとUSBメモリーとかに何万枚も収録できますけど、動画だと単純に保存するだけで数十ギガは当たり前じゃないですか。今後、すべてのフィルムをデジタイズしたところで、それだけのデータをどこに保管しておくのかという問題があります。
それを安全な手段で保存しておこうと思うと、また維持費がかかる。だからまだまだハードルは高いんです。
吉野 そこが悩みの種なんです。どうしたらいいのかみんな答えがないから、みんなで愚痴りあってます。どの会社さんも抱えている問題じゃないでしょうか。
緒方 アニメ制作会社さんにはクラウドファンディングを利用するのに否定的な考えをお持ちの方もいらっしゃいます。たとえば、制作会社がまず自費でデジタイズをして見られるようにした後、一定数のお客さんがきちんとお金を払ってそれをご覧なる。そういう循環ができる作品でしたら、先に見たい方に支援者としてお金をお支払いいただき、それを元手にデジタイズ作業を進めるという形で制作会社さんのリスクヘッジにつながる。そういう考え方であれば多少はクラウドファンディングへの心理的な抵抗感は減るのではないかと。
また「チャー研」みたいにシンボリックな作品がちゃんと稼いでくれるならば、そういう作品がほかの作品を養ってあげることもできるのではないでしょうか。
──「チャー研」が、古い作品を保存する運動の旗頭になるかもしれない。
吉野 いやー、それはどうかな(苦笑)。ともあれ今回のクラウドファンディングは成功して本当によかったと思います。クラウドファンディングっていろんな方のつながりと皆さんの気持ちと、なおかついろんな面での助け合いがないとできなかったことなので。
──思えば数十年ごしに再評価され、そこから10年以上人気を維持し続ける作品というのもすごいですよね。
吉野 そのくらい人気が長続きする作品は珍しいと言われています。グッズ販売をしてくださっている「アニまるっ!」の担当さんも、新しいアニメはどんどん出てくるけど、継続的に新しいグッズを販売しても売れ続けるキャラクターってなかなかないとおっしゃるんです。
実は以前、とある企業や有名ゲームからからコラボレーションさせてくれ、という話がきたこともあるんです。ただ現場の世代の方たちは盛り上がるんだけど、最終的な判断をするクラスの方は「なんだ、この知らないアニメ」「こんなのできるのか」って言って、結局ダメになるというパターンなんですよね。だから、もう少し知名度が増えたり、「チャー研」世代の方が管理職になったりしたら、またもうひとつ新しい展開ができるんじゃないかなって思っています。
──まだまだ「チャージマン研!」から目が離せませんね。
吉野 そうですね。個人的には「チャー研」がきっかけになって寺田倉庫さんに保管されている、私が子供の頃に見ていたアニメが同じようにデジタイズされてまた見られるようになるといいなと思います。