【TAAF2019】高畑勲追悼特集1:“リアル以上にリアルに見せる”高畑演出の極意を、初期作品から振り返った濃密な時間

2019年03月10日 08:000
TAAF2019「高畑勲追悼企画1 -高畑勲のリアルを考える- 」

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2019年3月8日~11日にかけての4日間、東京・池袋にて開催中の「東京アニメアワードフェスティバル2019(TAAF2019)」。今回のTAAF2019では、昨年惜しくも他界された、日本を代表するアニメーション監督、高畑勲さんをしのぶ「高畑勲追悼企画」が行われている。ここではそのうち、3月9日(土)に行われた「高畑勲追悼企画1 -高畑勲のリアルを考える- 『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』」の、上映会とその後に行われたトークイベントについてレポートする。


午前11時、池袋シネマ・ロサにて上映が開始された本イベントには、多くのアニメファンが集まっていた。会場には、昨年惜しまれつつもお亡くなりになった高畑勲監督をしのんで集まってきたとおぼしきオールドアニメファンの姿も多く見られ、改めて高畑監督が多くのアニメファンから愛されていたことが伝わってきた。

 

「アルプスの少女ハイジ」


ここで上映されたのは、若かりし日の高畑さんが深く関わったテレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」(第2話)、「母をたずねて三千里」(第2話)、「赤毛のアン」(第1話)の3本。高畑さんはこのうち、ハイジについては監督・演出、その他2本については演出として作品に関わっているが、いずれも高畑さんらしい細かな心情描写が伝わってくる、まさに「神回」であった。なお、どの作品にも、後にスタジオジブリでタッグを組むことになる宮崎駿さんが場面設定や画面構成で参加している。

この3本の上映の後、トークイベントが行われた。登壇したのは、上記の「アルプスの少女ハイジ」でキャラクターデザインと作画監督、「母をたずねて三千里」で作画監督を務めたアニメーターの小田部羊一さん、ハイジの声でおなじみの声優・杉山佳寿子さん、そしてTAAF2019 フェスティバルディレクターであり、「母をたずねて三千里」にも携わっていた竹内孝次さんの3名。さらにアニメーション史家のなみきたかしさんがモデレーターとして登壇し、トークを進行した。

 

トークイベントの模様。左からなみきたかしさん、杉山佳寿子さん、小田部羊一さん、竹内孝次さん


まず話題になったのは、「ハイジ」における杉山佳寿子さんのオーディションの裏話。杉山さんによれば、当時の子役を務めるには、高くてきれいな声が普通だったそうだが、杉山さんはあまり高い声が出ず、若干ハスキーで低めな声でオーディションに臨んだそう。しかしそれが、隣に住んでいそうな普通の女の子らしくていいということで、杉山さんが起用されたという。しかも、当時のアフレコの現場では、キャラクター設定を書いた「キャラ表」も用意されておらず、人物の背景も説明されず、ハイジとしての役柄は現場で想像しながら作っていったとのこと。しかも、この日上映された第2話の段階でも、絵はまだほとんどできておらず、動かない線画の映像上に赤線が出たらハイジ、青線が出たらペーターという感じで、録音をしていったという。このため、杉山さんたち声優も、実際の場面がどうなっているかわからず、できた映像を見て驚いたということも多々あったらしい。


ただ、この杉山さんの発言に対し、当時の作画側の制作陣であった小田部さんと竹内さんからは、「いや、そのときは絵はあったはず」との異論が。小田部さんによれば、放映開始までに4話までは作っていないといけなかったはずで、アフレコ時にそんな線画だけだったということはないだろうとのことだったが、アフレコ現場と作画現場では、それだけの意識差があったということだろうか。しかし、それでも、今見ても全く違和感のない仕上がりには、当時の製作陣のレベルの高さを思い知らされる。

 

モデレーターのなみきたかしさんと、ハイジの声でおなじみ、杉山佳寿子さん


また、竹内さんからは、ハイジ第2話内で見られた、ハイジとおじいさんが干し草のベッドを作る際にシーツをかけるシーンで、ハイジの身体がふわっと浮き上がっていた点などが指摘された。現実の世界では、シーツをかけるだけで人間の身体が浮き上がることはないわけだが、そこでふわっとハイジの身体が浮き上がっても不思議に思わないところ、つまり現実的なリアルではなく、心情的なリアルさを、アニメ作品の中で自然に表現していた点がまさに、監督・演出を務めていた高畑勲さんのすごいところだという。こうした点に関して、当時作画監督を務めていた小田部さんは、「絵コンテから場面構成から全てを決めていたのは高畑さん。そしてそれをアニメーターとしてきっちり絵を決めていたのが宮崎さん。だから、高畑・宮崎コンビの間ですでに全てができあがっていた」と話す。


さらに小田部さんからは、ロケハンの重要性が指摘された。「ハイジ」の製作にあたっては、実際に高畑さんや宮崎さん、小田部さんらは、スイスまでロケハンに行ったという。まだ海外旅行が一般的でなかった時代の話だ。杉山さんによれば、「ハイジ」で描かれていた高山植物などは、アバウトに描かれているわけではなく、すべて実際に存在する花々だという。後年、杉山さんがスイスを訪れた際に、現地の運転手が「ハイジはスイスで作られた作品だ」と言って譲らないのに対して、杉山さんが、あれは日本で作られたものだと反論したところ、彼はこう言ったという。「そんなはずはない。なぜなら作品中に出てくる家々の紋章が実在のものだからだ。あれが描けるのはスイスの人だけだ」と。それを知って、杉山さんは本当にびっくりしたという。

 

「ハイジ」に携わった、杉山佳寿子さん、小田部羊一さん、竹内孝次さんの3人からは、当時の貴重かつ懐かしいお話がどんどん飛び出た


しかし、小田部さんからはさらに驚くべきエピソードが語られる。小田部さんは、スイスロケハンの際、とにかくスイス的な風景や人物を記録しようと、スケッチブックに鉛筆を走らせていたそうだが、同行した宮崎さんはスケッチひとつしない。ただ見ているだけだったという。見たままをリアルに忠実に描こうなどとは全く思っていなかっただろうというのだ。これに対してなみきさんは、「宮崎さんという人は、『らしく描く』天才なんですよ」と口を挟むと、会場は爆笑に包まれた。


また、竹内さんからは、「ハイジ」で出てくる食べ物の描写についての指摘があった。よく語られる「ハイジのチーズ」だが、その当時、ほとんどの日本人は「チーズフォンデュ」などという食べ物は知らず、製作スタッフもロケハン時に初めて、チーズが溶けるということを知って驚いたというくらいだったという。しかし、それを見て、視聴者がきっと美味しそうに感じるんじゃないかという絵を想像して描けるのが、宮崎さんのすごいところだと小田部さんは語った。そういう意味では、あの当時のアニメは、裏取りをせず、多分にウソをついていたと竹内さん。実際、後日、あのハイジのチーズは何かということを検証する番組があったそうで、さまざまなチーズで検証してみたそうだが、どのチーズでもあのようにとろーっと伸びるものはなかったという。それだけ、実際にはないのに、「らしく」て「美味しそう」な食べ物を想像して描くことができるのが、まさに宮崎駿さんの特質だということなのだろう。


今のほうが、インターネットなどでさまざまな資料を当たれることができるが、それでも今のアニメのほうが、こういう詳細がいい加減なのだと竹内さんは釘を刺す。当時は情報は圧倒的に少なかったが、それをきちんと自分のものにして伝えようという意識が強かったのではないかと語った。

 

「母をたずねて三千里」


こうしたディテールの細かさ、現実以上にリアル感をともなう演出については、「母をたずねて三千里」や「赤毛のアン」でも同様に見られる。なみきさんによれば、「三千里」におけるジェノヴァの街並みにある店舗の看板などがそれであるし、「赤毛のアン」における、アンのおでこが協調されたキャラクターデザインもそうだという。「赤毛のアン」では、キャラクターデザインを務めた近藤喜文さんが、当初かわいらしいアンを描いていったところ、高畑さんはなかなかいい顔をしなかったという。「もっとデコチンでそばかすだらけの顔を描け」と言われたのだそうだ。しかし、そのことで、「赤毛のアン」のあのキャラクターが生まれ、実際、後年、カナダで「赤毛のアン」が実写化された際にも、ほぼそのままのキャラ像で再現されたという。

 

「赤毛のアン」


また、このエピソードに関して、「ハイジ」でキャラクターデザインを務めた小田部さんにも思い当たる節があるという。小田部さんも、当初、かわいらしいハイジのキャラクターデザインを高畑さんに見せたというが、なかなかいい返事をもらえない。どうしたらいいのかと問うたところ、高畑さんは「おじいさんの顔をまっすぐに見つめるハイジを描いてほしい」と言ったという。そのひと言で小田部さんも、高畑さんの意図が理解でき、それからは仕事がスムーズに進んだそうだ。単純に、子供だから、女の子だからということでかわいらしく描くのではダメで、そうでなくあえて醜悪な部分も描くからこそ、より人間らしい、リアルを超えるリアルなキャラクターが生まれるという、高畑勲監督のこだわりは、初期作品の頃からすでに芽生えていたのであろう。


・東京アニメアワードフェスティバル2019(TAAF2019)公式サイト
https://animefestival.jp/ja/


(C)ZUIYO 「アルプスの少女ハイジ」公式ホームページ http://www.heidi.ne.jp/
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(C)NIPPON ANIMATION CO., LTD.“Anne of Green Gables”(TM) AGGLA"

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関連作品

アルプスの少女ハイジ

アルプスの少女ハイジ

放送日: 1974年1月6日~1974年12月29日   制作会社: 瑞鷹/日本アニメーション
キャスト: 杉山佳寿子、中西妙子、宮内幸平、小原乃梨子、吉田理保子
(C) ZUIYO

母をたずねて三千里

母をたずねて三千里

放送日: 1976年1月4日~1976年12月26日   制作会社: 日本アニメーション
キャスト: 松尾佳子、二階堂有希子、川久保潔、永井一郎、信澤三惠子
(C)NIPPON ANIMATION CO., LTD. 1976

赤毛のアン

赤毛のアン

放送日: 1979年1月7日~1979年12月30日   制作会社: 日本アニメーション
キャスト: 山田栄子、槐柳二、北原文枝、麻生美代子、高島雅羅、坪井章子、京田尚子、井上和彦
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