2nd EP「Forced Shutdown」リリース記念! シンガーソングライター・楠木ともりの魅力を掘り下げる! 【月刊声優アーティスト速報 特別編】

2021年05月10日 10:420

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まさか、これほどの逸材に出会えるとは。楠木ともりさんが2021年4月28日に発売した2nd EP「Forced Shutdown」は、どこをどう切り取っても、彼女が声優アーティスト、そしてひとりのシンガーソングライターとして非凡な才能であると、一点の曇りなく証明する1枚だった。

彼女の音楽人生は、幼少期に始まる。3歳からピアノを習い始め、中学時代に吹奏楽部、高校時代には軽音楽部に所属。17歳を迎えた2016年に、ソニー・ミュージックアーティスツ主催のオーディションにて特別賞を受賞したが、当時は歌手志望として応募。声優デビューを果たした翌2017年も、彼女がボイストレーニングなどを師事する多田三洋氏のアドバイスの基、初めての楽曲作りに挑戦するなど、声優稼業のかたわらで常に音楽に寄り添ってきた。そこから2枚のインディーズ盤を発表し、2020年7月に1st EP「ハミダシモノ」でメジャーデビューを飾ったわけだ。

 

そうした歩みを経た「Forced Shutdown」は、自身初となるノンタイアップ作として、4曲の収録曲すべてで作詞・作曲を担当(うち1曲の作詞は鳴海夏音さんとの共作)。彼女が思うままの音楽を表現し、その豊かな感受性を存分に発揮した1枚である。本稿では、そんな同作を楽曲ごとに解説しながら、楠木さんのアーティスト性を作詞・作曲・ボーカルの3側面から紐解いてみたい。

 

 

◆作曲・編曲に共通する知識に基づいたアウトプット力

表題曲「Forced Shutdown」は、“強制シャットダウン”を意味する1曲。楠木さんがコロナ禍で感じた、自身の心の領域を守るために、あえて人と“繋がらない”選択肢を選ぼうという意思表示をするものだ。またトラックは、ドアの鍵をがちゃりと閉めるSEなどを交えたポストロック調に。サビで何度も重なる“キメ”や、その後の変拍子が主人公の心の不安定さとリンクし、楽曲の進行につれて徐々にカオティックな様相があらわとなる。2コーラス目終わりのカセットが停止するSEは特に、ふとした瞬間に心の色がプツンと切れ、鬱屈したキモチを抱いていく心境と重なるようだ。

 

続く「sketchbook」からは、2曲続けてインディーズ盤「■STROKE■」のリメイク楽曲に。同楽曲は、原曲「スケッチブック」からタイトルが英語表記となり、歌詞も新たに書き下ろし。ピアノ1本弾きだったトラックも、楠木さんが愛聴するユニット「Chouchou」より、arabesque Choche氏が編曲を手がけたことで、エレクトロニカ基調のアンビエントなサウンドに変貌を遂げている。加えて、楠木さんが紡いだなんと8本ものコーラスがダビングされており、レコーディング当時は半ば酸欠状態となったため、スタジオの外に空気を吸いに行ったという裏話も。

 

3曲目「アカトキ」は、シティポップ調の原曲に対して大幅に音数を加え、ブラスやバンドが鳴り響くリッチなトラックに。あまり大人っぽい雰囲気にならぬよう、あえて打ち込みを選んだというピアノの軽快な旋律が、全体的なリズムを牽引するジャジーなテイストを運んでくれる。こうした心弾むアレンジは、楠木さんのステージを演奏面でも支えてきた多田氏によるもの。ライブ披露時の盛り上がりを見て、あえて明るくにぎわう仕上がりを目指したという。

 

最後は、2019年12月に開催した自身の20歳のバースデーライブに向けて制作し、今回が初の正式音源化となる「バニラ」。タイトルの意味については後述するが、その歌詞は家族や友人、ファンに宛てた手紙のように綴ったとのこと。シューゲイザー(編注:ロックの一種)のように歪むギターが、壮大なロックバラードを演出する。

 

これらはすべて、楠木さん自身がメロディを考えたものだが、驚くべきは自身でアレンジの機微までもこと細かにオーダーしていることだ。これは彼女のインタビューをはじめ、SNSやラジオで普段から発されている言葉を考えるとよく実感できるのだが、おそらく楽曲制作の段階ですでに、彼女の頭のなかでは完成形に近い音が“鳴っている”のだろう。

 



そのイメージを、幼少期から育んできた音楽知識でもって、今度はアレンジャーにアウトプットしていると思われる。楠木さん自身は公式Twitterにて、新曲「Forced Shutdown」こそ自身のイメージを言語化しきることはできなかったと明かしていたが、とはいえ、前述したarabesque Choche氏は「制作の途中では、細かいコード感の摺り合わせやコンプのかかり具合まで的確に伝え」てきた、とも振り返っているからだ。

 

また、その時々で求めるサウンドの質感に対して、それに近しい参考作品をピックアップできる引き出しの多さや、arabesque Choche氏もそのうちのひとりだが、そこから実際に迎え入れたいクリエイターを呼び込める求心力にも驚かされるばかり。彼女の音楽を愛する想いが、相手にもしっかりと伝わるからこそ、彼らも快く制作をサポートしてくれるのだろう。

 

ただ、これは決してシンガーソングライターのみを賛美し、至上主義とするものではない。楠木さんのみならず、声優アーティスト業界に音楽の自作自演をする存在はいるものの、そこにシンガーとの優劣はない。担当クリエイターが当人を想って書き記した楽曲や、シンガーとして目指すべき方向性を探す過程には、揺るがぬ価値があるのだから(あくまで自分への注意として書き残させていただいた)。

 

◆楽曲ごとに異なる、いくつもの色を備えたボーカル

今回のEPを初めて聴いて、何よりもまず驚いたことがある。楠木ともりさんは、どれだけ多くの歌声を持っているのか、ということだ。少しハスキーがかったニュアンスから、艶やかな高音までを幅広く行き来し、等身大の悩みを吐き捨てるような響きの「Forced Shutdown」、芯のあるたくましさを備えた「アカトキ」、低音の含みを重視した、奥深い響きを味わえる「バニラ」など、ボーカルアプローチがそれぞれ異なるのだ。

 

特に「sketchbook」を初めて聴いた際、まったく異なるトーンの歌声に驚かされた記憶が今でも忘れられない。孤独な夜を思わせるほどうつろにゆらめき、歌声とトラックの境界線が曖昧ににじむようで、今回の収録曲でも最も違いがわかりやすい1曲。ここにはミックスが影響している部分もあるが、楠木さん自身も普段の歌声と毛色が異なることから、特に恥ずかしさを感じることなく、俯瞰したような心持ちで数日間にわたり完成音源を楽しんでいたそうだ。

 

その背景には、「■STROKE■」時代の歌声にはやや緊張感が残っていたいっぽう、現在は肩の力が抜け、同時にレコーディング環境が向上したこともあるのだろう。ただそれ以上に、声優として経験を重ねた経験も大きいだろうし、本人のこれまでの発言を踏まえるに、彼女は自身の歌声を作り上げる要素を分解し、楽曲に合わせてそれらを意図して組み合わせるという行為に非常に自覚的で、客観視に長けているのだと想像できる。本当に、彼女の歌声は楽曲ごとに違う響きを帯びているのだ。

 

◆同時代的なメッセージ性を紡ぐ感性の鋭い作詞力

今回のEPで最も対になる、〈君の不細工な色眼鏡 外して踏みつけて粉々にしたい〉という落ちサビの言葉の鋭さに胸を抉られる「Forced Shutdown」と、楠木さんの愛情を感じられる「バニラ」。

 

特に後者において〈あなたの声はバニラに溶けて 私に甘く残り続ける〉という、楽曲の中でも象徴的なサビの歌い出しは、“永久不滅”を花言葉に持つバニラの花をモチーフにしたもの。このたったワンフレーズに、その匂い(=馨り)などから連想される甘さといったすべてのイメージを凝縮したような、完璧と呼べる一行だ。1コーラス目では家族や友人から楠木さん自身に、2コーラス目では自身からファンに……“人の心を穏やかにする”ための触媒として、そのイメージに誰もが共感できるバニラを選ぶ感性には素直に脱帽させられる。

 

また「sketchbook」の原曲は、すでに発表されていた楽曲を改めてセルフカバーしたもの。今回の新たな歌詞では、声優として感じた活動初期の悩みや不安などを綴ったという。原曲と同じひとりの少女の目線でその世界が描かれながらも、そこで流れる時間は、朝から夕方だったものが、今回は夜から朝へと逆転。スケッチブックというモチーフにからめて、両曲で共通して“色が足りない”というトピックを切り取る際にも、原曲では大切な人を笑顔にする補色を足したいと願ったところを、新たな歌詞では自身の空虚を埋めるようなとらえ方をしている。アレンジの違いによりトラックの雰囲気には変化が加わっているものの、同じ世界を生きていながらもまったく別の人間の視点を描く、まるで原曲からのアナザーストーリーを歌うようだ。

 

順番は前後したが、「アカトキ」では〈アップデートしていこうよ 誰も気付かない小さなことから〉というサビのパンチラインが胸に沁み渡る。あらゆる年代層のリスナーはもちろん、特に自身と同世代の若者へとエールを贈るような、未来への推進力に満ちあふれ、なんて前向きなパワーを持つ歌詞なんだろうか。また〈誰も気付かない小さなことから〉という部分では、具体的にどんな努力をすべきかを示し、それが〈小さなことでも〉ではなく〈小さなことから〉と最初の一歩まで導いてくれる部分でも、言い回しの細かなニュアンスに彼女のやさしさや気配りが垣間見える。

 

たしかに、こうしたメッセージの楽曲は多くのアーティストが歌うところ。ただ、それをここまで綺麗にするりと歌い上げられ、それが変に説教じみた印象を与えないのは、楠木さんが“詞先派”として、歌詞を基準として作曲をするからなのか。いずれにせよ、ただ歌詞をなぞるのではなく、希望に満ちあふれるパワーが伝わってくることに変わりはない。

 

また、声優アーティストの多くは、そもそもの声優としての実力に対して、アーティストのそれが徐々に追いついていくケースが多いと思われるが、楠木さんの場合はインディーズ時代の経験も助けてか、現時点ですでに声優/アーティストとしての双方の能力が高い次元で両立していると思う。それは、彼女の音楽にかける愛情と情熱が、楽曲に対して何よりもの説得力を与えるからだろう。本人の向上心はまだ尽きないところかと想像できるが、今回の作品を聴いてそうした印象がまたしても強まった次第だ。

 

繰り返しだが、私は決してシンガーソングライターの楽曲制作スタイルが声優アーティストとして最善と考えているのではない。間違いないのは、作品で取り扱う同時代的なテーマ性やそこで届けるメッセージを含めて、「Forced Shutdown」が新世代の価値観を提示する素晴らしい作品であるという事実だ。

そして楠木ともりさんは今後ますます、時代を担うアーティストとしてその存在感を大いに示してくれるに違いない。もっともっと、彼女から〈何かがうまれる瞬間を見てみたい〉。

(文/一条皓太)

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