アニソン&特撮ソングを歌い続けて15年――サイキックラバーが語る、これまでの足跡とベストアルバム、セルフカバーアルバムに込めた思い!

2018年12月01日 14:000
アニソン&特撮ソングを歌い続けて15年――サイキックラバーが語る、これまでの足跡とベストアルバム、セルフカバーアルバムに込めた思い!

「斉木楠雄のΨ難」「カードファイト!! ヴァンガード」といったアニメや、「特捜戦隊デカレンジャー」「侍戦隊シンケンジャー」など特撮ドラマの主題歌を数多く手がけていることで知られるロックユニット、「サイキックラバー」。

そんな彼らだが、2018年にデビュー15周年を迎えたということで、ベストアルバム「PSYCHIC LOVER 15th Anniversary BEST 〜PSYCHIC MANIA〜」とセルフカバーアルバム「PSYCHIC LOVER 15th Anniversary Re-recording Tracks 〜CRUSH & BUILD〜」をリリースした。

そこで、アキバ総研では、彼らの15年の足跡をたどるとともに、新作アルバムに込めた思いについて、お話をうかがった。もはやアニメ界&特撮界に欠かせない存在となったサイキックラバーはどのようにして生まれ、今、何を思うのだろうか?

一度は諦めた音楽の道が、「アニぱら音楽館」で再びつながった!

――メジャーデビュー15周年、おめでとうございます! 今回はデビュー時からの歩みを振り返るとともに、先日発売された15周年ベストアルバム「PSYCHIC LOVER 15th Anniversary BEST 〜PSYCHIC MANIA〜」とセルフカバーアルバム「PSYCHIC LOVER 15th Anniversary Re-recording Tracks 〜CRUSH & BUILD〜」のお話をうかがいたいと思います。まずは、サイキックラバー結成の経緯についてお教えください。

YOFFY そもそもサイキックラバーは、1998年頃に僕のソロプロジェクトのような形で始まりました。
当時は(ロックバンドの)Blind MelonやThe Smashing Pumpkinsといった名前が格好よくて、“宇宙的でヒーローっぽくて、ロックな感じ”ということで「サイキックラバー」と名付けました。
その後、バンドスタイルにしたいと思って人が増えていき、ピーク時にはメンバーが6人だったこともありますね。

IMAJO その、もともとYOFFYがやってたバンドに、僕が後から入ってるんですよ。

YOFFY (今のスタイルである)2人になったのは、2001年10月頃からです。
バンド時代からレコード会社各社にデモ音源を送ってたりしたんですが、01年の後半に、一瞬、音楽への情熱が途絶えてしまった時期があったんです。
というのも、当時は男性のソロボーカリストで元気だったのは平井堅さんといったひと握りの方しかいないし、「自分は今の音楽シーンで、どこにも行き場所がないんじゃないか」って思ってしまって。そう思ってバンドを解散したときに、キッズステーションの番組「アニぱら音楽館」のプロデューサーから連絡をもらったんです。

(編注:「アニぱら音楽館」……2001年から2017年に、キッズステーションにて放送されたアニソン音楽番組。サイキックラバーは2014年1月までレギュラー出演していた)

「アニぱら音楽館」には影山ヒロノブさんや遠藤正明さんが出演されていて、プロデューサーとしてはそういった先輩方に混じって「番組発の新人アニソンユニットをデビューさせたい」という野望があったんじゃないかな? そんなお話をいただいたので、IMAJOをまた誘ってみたんですよ。

――バンド体制から、新生サイキックラバーとして2人のユニットで活動することに、IMAJOさんは不安を感じたりは?

IMAJO それまで、僕はたくさんのバンドをかけ持ちしてたんですけど、当時もうほかのバンド活動はほとんどやってませんでした。それこそ、メンバーが家庭を持ったり就職したり、そういったバンドの過渡期でもあって……。

YOFFY みんな、ちょっと停滞してる感じがあったよね。それで、IMAJOに「テレビに出られるよ」って言って(笑)。

IMAJO そもそも「自分がジャケットに出てるCDを出す」というのが、僕の幼い頃からの夢だったので、それはいいなって思った(笑)。
そこから僕はバンドのギタリスト、YOFFYはコーラスというサイキックラバーとして、「アニぱら音楽館」にレギュラー出演することになりました。02年の時点で、テレビアニメ「超ロボット生命体トランスフォーマー マイクロン伝説」の主題歌でデビューすることも決まってたんですよ。
だから、「TRANSFORMER -Dream Again」は、「アニぱら音楽館」のレギュラー出演直後の01年にレコーディングした覚えがあります。

YOFFY 「超ロボット生命体トランスフォーマー」シリーズは日本で制作されたアニメなんですが、「マイクロン伝説」は02年に海外で吹き替え放送されて、03年に日本で放送されるっていう、謎の逆輸入システムだったんです(笑)。
02年に、僕たちが歌う主題歌を含めたテレビアニメ「超ロボット生命体トランスフォーマー マイクロン伝説」の完パケはできあがっていて、それを海外に輸出していたんですよね。もちろん、海外では別の主題歌になっているんですけど……。当時は、そんなふうに完パケを納品しないといけないルールがあったみたいなんです。

――つまり、02年に「TRANSFORMER -Dream Again」やテレビアニメ「超ロボット生命体トランスフォーマー マイクロン伝説」はできていたけれど、日本で放送されるのは海外放送後の03年だった。当然、「TRANSFORMER -Dream Again」のリリースも03年になってしまうわけで……。

YOFFY なので、02年は“謎の2人組”として「アニぱら音楽館」に出演してました。その時には「来年、デビューする」とも言えなかったので。

 

――「アニぱら音楽館」をきっかけにデビューに至るわけですが、そもそもおお2人はそれまでアニメはお好きだったんですか?

YOFFY 僕は、普通にアニメを見るバンドマンでしたね。バイトから帰ってきて、夕方6時頃にやっていたアニメをよく見たりしてました。「赤ずきんチャチャ」とか「魔神英雄伝ワタル」、「少女革命ウテナ」とかも見てたし、(「少女革命ウテナ」の主題歌である)奥井雅美さんの「輪舞-Revolution-」とかも、すごい好きでした。

IMAJO 僕もアニメは人並みには見てましたよ。小学生の頃は「ドラゴンボール」や「シティハンター」をがんがん見てたし、大人になってからも「花田少年史」を見て、泣いてた(笑)。

YOFFY あと、僕らはサンライズのロボットアニメ世代なんですよ。バンド時代にも、架空のアニソンを想定した楽曲をやったりして。

――それでは「TRANSFORMER -Dream Again」でデビューする際に、“自分たちの音楽性”と“アニソンらしさ”の折り合いをつけるのに苦労した部分などはあまりなかった?

YOFFY 当時、自分たちの音楽性としては、スウィングビートのハードロックを志向してたんですが、その路線はいったんやめて、メタルが大好きだった高校生の頃のマインドに戻すことにししました。8ビートでアニメのタイトルをきちんと叫ぶロックを演ろう、と。
当時のアニメ主題歌はタイアップが主流で、MAKE-UPの「ペガサス幻想」や影山ヒロノブさんの遺伝子を受け継いだバンドサウンドのアニソンって、あまりなかったと思うんですよ。

――当時はレコード会社が新人アーティストの売り出しの場として、アニメの主題歌を見出していて、作品とはあまり関係のない楽曲がアニメ主題歌に起用されることも散見されましたね。

YOFFY 僕はアニソンマニアの友達から教えてもらって、マニアックなアニソンとかも聞いていたんですよね。OVA「流星機ガクセイバー」の主題歌とか(笑)。そういった楽曲が格好いいな、と思っていたので、「マイクロン伝説」の話が来た時には、「もうこれからはアニソン界に骨を埋めよう」と思いました。

 



人生を変えた「デカレンジャー」

――その後、サイキックラバーはアニソン・特撮といったフィールドで活躍を続けていくわけですが、今回15周年のベストアルバム「PSYCHIC LOVER 15th Anniversary BEST 〜PSYCHIC MANIA〜」リリースにあたり、この15年を振り返ってみて、自身の転換期となった楽曲はなんでしょうか?

YOFFY 最初の転換となった曲は、やっぱり「特捜戦隊デカレンジャー」ですね。
そもそも作曲家さんや作詞家さんに作ってもらった楽曲を歌うというのは、これが初めてだったんです。
それまでは自分が歌いやすいキーで楽曲を作っていたので、はたして自分は歌手として通用するのか、という不安もありました。さらに、「特捜戦隊デカレンジャー」のEDはささきいさおさんだったので、その中でどうやってサイキックラバーを表現すればいいのか、とも考えましたね。
それで、コーラスの「GET UP デカレンジャー」といった部分などは、僕がアイデアを出してつけさせてもらったり、楽曲が自分たちのカラーになるよう、できる限りのことを一生懸命やりました。
あと、この頃は毎週末、ひたすらイベントって感じだったのを覚えています。

IMAJO 当時は特撮ショーといったイベントがすごく多くて、僕らも毎週末参加させてもらってたんです。デカレンジャーとお揃いのスーツを作ってもらって、それを着てステージに立ったりして。
1日に現場が2〜3つもあって着替える時間もないから、その格好で新幹線に乗ったりしてました(笑)。

YOFFY 地方に行って、昼のワイドショーに出演してからイベントに出たりして、大変だったね。

――売れっ子になったことを自覚したのでは?

YOFFY 僕ら、デビューした03年がすげー暇だったんですよ(笑)。自分たちでライブをする以外は、アニメの公式イベントがあるわけでもないし。
「特捜戦隊デカレンジャー」をやるようになってから、“イベント稼働もするアーティスト”というふうに見られるようになったんじゃないかな。

――当時は、アニソンアーティストを集めたフェスがたくさん開催されていたわけでもないですからね。

YOFFY 「ANIME JAPAN FES」があるくらいでしたね。

IMAJO 特撮イベントは、みなさんがサイキックラバーを知るきっかけになってくれたので、すごくありがたかったですね。この頃から、特撮にお父さんやお母さんが熱くなる現象も起こっていたように思います。
ほかにも、「特捜戦隊デカレンジャー」は人との縁をもたらしてくれた作品でした。「デカレンジャー」の役者さんとは今も付き合いがありますし、作曲をされた宮崎歩さんのライブでサポートギターを弾いていたり。今度、2人でアコースティックライブをやったりもするんですよ。

――「特捜戦隊デカレンジャー」に続いて、アニメ「リングにかけろ1」の「TAKE MY SOUL FOREVER」など、以降はアニソンと特撮ソングの両輪で走り続けていくことになります。

YOFFY 「TAKE MY SOUL FOREVER」は“打倒MAKE-UP”くらいの気持ちで作りました。
この2つの作品はどちらも04年で、当時は戦隊モノの主題歌をやりながら、同時期にアニソンも手がけるというのは前例がなかったんです。(イベント稼働などもあるので)戦隊モノをやりながら、アニソンをやるっていうのは難しくて。
それでも、レコード会社同士で話し合ってもらったりしながら、「どちらもやろう」ということで、すごくラッキーな形で音楽活動をさせていただいてました。

――それでは、この15年でサイキックラバーはどのように変化をされましたか?

YOFFY 最初の頃は、ワンマンライブで2時間以上、ずっとアニメ主題歌のテンションで歌うのがとにかくしんどかった思い出があります。普通のJ-POPアーティストのように、ライブの中盤で歌うようなミディアムテンポの曲が一切ない状態だったんです。
力の抜きどころがわからず、「これはしんどい道を選んでしまったな」と思いましたね。

IMAJO 今でも、曲が終わるたびにハァハァ言いながら歌ってますよ(笑)。

YOFFY 最初の頃は何もわからず、ずっと自分の限界のキーで歌っていましたけど、この15年で喉の使い方はすごく変わったかな。デビューの頃だと、声質はけっこう安定してないんですよね。

IMAJO サイキックラバーはファンクラブがあるんですけど、この間初めてファンと一緒にバスツアーへ行ったんですよ。その時に、帰りのバスで01年くらいのライブ映像を見たんですけど、笑っちゃいましたね。自分たちの主観では15年間同じようにやってると思ってたけど、15年前は僕もYOFFYもすごい動いてた。
だから、変わったことといえば、あまり動かなくなったところかな。

一同 (笑)。

IMAJO それと、15年前は自分のキメ顔が半端なかった!(笑) 今も一生懸命ドヤ顔してますけど、当時は怖いもの知らずでステージに立ってる感がすごかった。それを見て、ファンと大爆笑してました。

――15年の中では、楽曲の幅も広くなったと思うのですが。

YOFFY やっぱりアニメの主題歌でサイキックラバーに指名が来る場合、“戦隊モノのサイキックラバー”を期待されることが多いんですよ。でも、それとは違う球を投げ返して依頼主にも納得してもらう、というのはすごくやってきたと思います。
たとえば、「カードファイト!! ヴァンガード」や「Rewrite」といった作品は、戦隊ファンであろう関係者の方からのオファーでしたが、全然違ったテイストの楽曲を返して「これもいいですね!」と言ってもらえたり、アニメやゲームのファンの方にも受け入れてもらえたかな、と。


――アニメ「ウィッチブレイド」の「XTC」などは、大人なロックというイメージだったりもします。


YOFFY (テレビアニメの放送が)深夜で、セクシーな作品だったので、夜のお友達にアピールする曲を……。

IMAJO “夜のお友達”ってなんだよ(笑)。

YOFFY 戦隊モノのような日曜の朝の顔と、夜の顔を両方持ちたかった。大人なロックといった路線は、僕がもともとやりたかったことでもあったので、「Rewrite」にもそういった香りを持っていったりしましたね。

――全32曲の「PSYCHIC LOVER 15th Anniversary BEST 〜PSYCHIC MANIA〜」の選曲や構成については、どのようなお話をされたのですか?

YOFFY 選曲については、関係者で投票して選びました。もう断腸の思いで、収録する楽曲を削っていく作業でした。

IMAJO 10周年の時にも、ベストアルバムとして「Psychic Lover IV -BEST-」を出しているので、それとの兼ね合いも加味しながら選んでいます。

YOFFY それで32曲を選んだんですが、曲順を決めるのも大変でした。この32曲で「2Daysのライブをやる」という気持ちで並べています。
「年代順に並べる」という方法もあったんですが、それではちょっと成立しないかなって。やっぱり初期にレコーディングした音源って、今聞くと後悔とか未練とかがあるんですよ。だから、今回はベストと一緒にセルフカバーアルバムもリリースすることにして。


荒削りさとていねいさの両立を目指したセルフカバーアルバム

――「PSYCHIC LOVER 15th Anniversary Re-recording Tracks 〜CRUSH & BUILD〜」では、初期の楽曲や代表作をセルフカバーしていますね。

YOFFY やっぱり、ミュージシャンって「デビュー当時の楽曲を今の技術で演りたい」という思いを抱えているんじゃないかな。なので、初期やみなさんに支持されている楽曲を選んで、リ・レコーディングをさせていただきました。
ただ、(スペシャルトラックの)英語ver.を歌うのは苦労しましたね(苦笑)。それでも、英語で歌うことで、今まで届かなかった英語圏の人が聞いてくれたらいいな、と思います。
そもそも、僕の初期衝動として、最初に好きになったのが洋楽のハードロックだったので、言葉の壁にもチャレンジしてみたかった。今の自分よりも一歩進んだチャレンジをしたかったんです。

 

――リ・レコーディングにあたって、IMAJOさんは何か苦労された部分はありましたか?

IMAJO やっぱり(リ・レコーディングでは)過去の演奏を下回ることは許されません。
でも、15年前の演奏って、当初想定したものよりテンポが早くなっちゃったりしてるけど、それが妙に勢いがあって格好よかったりするんですよ。そういった荒削りの勢いを残しながら、ていねいに作る部分もあって、そのせめぎ合いが難しかったですね。
あとは、パッと聞いて「原曲から変わった!」と思わせないといけないので、ギターソロのフレーズやアレンジはけっこう変えてます。音もよくなっているので、比べて聞いてみると、全然違っているというのがわかるようになっているはずです。

――この15年を振り返ってみて、迷いやスランプなどはありませんでしたか?

YOFFY 迷いはいっぱいありますよ(笑)。
スランプというか、デビューの年には本当に仕事がなくて、専門学校での音楽講師や声優さんが出演するインディーズドラマCDの音楽プロデュースなど、いろんなことをやったりしてました。でも、そういった経験を通じて、セルフ・プロデュースのコツやスタジオワークを学んで、今の楽曲提供の仕事につながる基礎ができていった感じです。
ほかにも、アニソンを歌えるというのはすごくラッキーなことだと思います。
普通のアーティストだと、新曲は最初にライブでお客さんに投げかけるじゃないですか。でも、アニソンは最初にアニメーションがあるので、アニメに合わない楽曲は却下されるし、制作サイドに寄り添った状態からスタートすることになる。だから、楽曲が決まった時点で、(楽曲に対する)迷いとかはなくなっちゃいますね。

――駆け足ではありましたが、サイキックラバーの15年の歩みを聞かせていただきました。最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

IMAJO サイキックラバーについて、潜在的に知ってくれてる人はいっぱいいると思うんですけど、ぜひライブにも来てほしいですね。楽しいライブをやってますので!

YOFFY お金はかかってしまいますが、ぜひベストアルバムとセルフカバーアルバム、どちらも購入していただけると嬉しいです。
この15年は、自分たちサイキックラバーのスタイルを死にものぐるいで構築してきた15年間だったと思います。その結果や過程が、この2枚のアルバムに入っています。このアルバムを聞いて、そこを感じてもらえたら嬉しいですね。
そして、サイキックラバーの現在進行系はライブで見てもらって、ぜひ一緒に歌いましょう!

――本日はありがとうございました!!

(取材・文/須賀原みち)

 

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