「TARI TARI」、「クロムクロ」、「グランベルム」誕生秘話
─「TARI TARI」は、どういった経緯で生まれたのでしょうか?
永谷 「歌ものをやりましょう」という漠然としたところから始まって、「でもアイドルものはほかにもあるから、あんまりない合唱で」となりました。
─「クロムクロ」はいかがでしょうか?
永谷 P.A.さんとは「花咲くいろは」、「TARI TARI」、「凪のあすから」(2013~14)、「グラスリップ」(2014)、「SHIROBAKO」とやってきたんですが、僕の中で「ジャンル的な振り幅が狭まった」と思っていた時期で、P.A.さんが3Dという技術に対していろいろ考え始めていた時期でもあったので、「ここで1回、ロボットものはどうですか」と持ち込ませてもらったんです。P.A.さんでは当時、ロボットもの以外の企画もいくつか上がっていましたが、いろんなピースがうまくはまるのがロボットものでした。監督の岡村天斎さんもそうですし、3Dも身近になった時期だったので、いろんな技術が取り入れやすくなっていたんです。
─同作でチーフプロダクションマネージャーを務めた、小川耕平さんにもお話をうかがいました。(参考URL:https://akiba-souken.com/article/47916/)
永谷 「クロムクロ」は、勧善懲悪でもない、人間ドラマなんですよね。ロボットがわちゃわちゃするよりはまずドラマがあって、ロボットもの!と言い切るのが適切かはよく悩む、という感じです。でも、3Dを動かすためのカロリーはバカ高い(笑)。小川くんは独立しましたけど、P.A.さんの3Dセクションは、「クロムクロ」から急速に広がった気が個人的にはしています。
─「TARI TARI」第11話のサワーニャの衣装が、「クロムクロ」第12話では美夏のコスプレ衣装になっていましたね。
永谷 原作ものは大変なんですけど、オリジナルで僕がどっちもからんでいたりすると、仁義を切って権利の処理をすればいいだけなので、「P.A.の作品を観ていたら、自分が昔好きだったアレが出てきた」というのがやれる時には、積極的にやればいいって思っています。ただし、クリエイティブをやっているスタッフたちが「これ、使っていいですか」、と言ってこない限りは極力こちらからは言わないようにはしています。監督が違えば、作品に対する姿勢や世界観も違いますからね。
─作品をまたぐアイテムや人物が出てくると、シェアード・ワールドなのかと考える視聴者もいるかと思いますが……。
永谷 なるほどね。ただ日常ものだったら、ファンサービスだと思ってくれるでしょう(笑)。僕は作品を長く観てもらいたいと思っているので、結構掘り起こしをして、チャンスがあれば入れていきますね。
─「グランベルム」もうかがってよろしいですか?
永谷 僕なりの「ワタル」をやりたかったんですよ。僕が書いた中では、かなり突っ込んで書いた企画書じゃないかな。それでも、3ページぐらいですけど(笑)。DMM picturesさんとお話をさせていただいたら、すぐに「やりたいです!」とお返事をいただけたので、うれしかったですね。
─同作はDMM picturesとMBS、最小限のメンバーで製作されていますね。
永谷 僕が組成してきた中でも最小でしたね。ただ、これからの製作委員会は構成人数が減っていくと思いますよ。
オリジナルアニメの脚本開発
─オリジナル作品の脚本づくりは大変ですか? ハリウッドでは改稿がいつまでも終わらない、「開発地獄」と言われる負のスパイラルがよく問題になっています。
永谷 ハリウッドの場合は監督もさることながら、プロデューサーにフィルムを調整する権限が与えられています。だけど日本の場合は、あまりそういうことはないんですよ。日本のアニメの脚本会議は合議制で意見をやり合うわけで、プロット段階でもある程度、精査していますからね。場合によっては、10~11稿と行って、3~4か月ぐらいかかることもありますけど、多くの場合、3~5稿で収まっています。ハリウッドでは、数人が別々に書いた脚本を混ぜたりすることもありますよね。僕の周りではそういうことはありません。お任せした脚本家さんに、最後まで書き上げてもらうのが基本です。
一番難しいのは、監督やプロデューサーが考えていたオリジナルの世界観を、後から入ってきた脚本家とどのタイミングで共有できるかですね。認識がちょっと違うだけでも雰囲気が変わっちゃうので、そこの部分がなじむまでが大変かな。だから、そこを早くわかってもらえるように、脚本家さんには結構早いタイミングで入ってもらうようにしています。
─「クロムクロ」脚本家のおひとりである待田堂子さんは、「本読みの場は自分の書いたものを毎週、公開処刑されるようなもの」とおっしゃっています。脚本家と監督・プロデューサーの間で趣味嗜好が異なると、おもしろいの定義も違ってきますよね。(参考URL:https://akiba-souken.com/article/31776/?page=3)
永谷 脚本を読んで「何がおもしろいのか」、「どういうことかわからない」と思うことは、正直あります。ただ僕が常に思っていることのひとつで、うちのスタッフたちにも言っているのは、「僕がおもしろいと思うものが売れるんだったら、こんなに楽なことはない」です。たとえ僕がおもしろさを理解できなくても、周りのクリエイターや委員会のメンバーが「これはおもしろい」と言うのであれば、「おもしろさがわかる人たちに、どう届けようか」と考えます。自分がわからなかったものでも、放送したら受け入れられたことはいっぱいありますし、逆に、自分がおもしろいと思ったことがスルーされちゃうこともいっぱいあります。いろんな人たちがいろんな志や意見を持って作っているのが、日本のアニメの集団作業のいいところだと思うんですよね。
スタジオの主体性を尊重したスタッフィング
─スタッフの選定はどのようにされていますか?
永谷 現場から「この人はどうですか」と聞かれた場合には僕がジャッジをしていますが、僕から「この人を使いましょう」ということは極力しないようにしています。というのも、クリエイターのカップリングで相乗効果が生まれる可能性があったとしても、スタジオ側がコントロールできなかったら、トータルではマイナスになるからです。だから極力、スタジオの主体性を尊重したいと思っています。
─「極力」ということは、例外もあるわけですね?
永谷 唯一、キャラクター原案者だけは、僕がほとんど決めさせてもらっていることが多いです。いくつか理由があるんですけど、ひとつはオリジナルアニメって、観てもらうまではおもしろいかどうか、わからないわけですよ。なので、観てもらうためのハードルを下げる必要がある。ここはマーケティングに繋がっていく部分で、一番効果的で、ファンの皆さんに期待感を持ってもらえるのがキャラクター原案だと思ってます。「花咲くいろは」の岸田メルさんもそうですし、最近だと、「色づく世界の明日から」(2018)のフライさんも、僕のほうで打診してお願いしました。
─プロデューサーの大澤信博さんは、「えんどろ~!」(2019)でなもりさんを起用していました。(参考URL:https://akiba-souken.com/article/43737/)
永谷 大澤さんが起業前に所属していたジェンコさんのやり方は、僕もかなり参考にさせていただきました。プロデュース会社の経営指針として、「いかにスタジオに還元できるか」をいつも考えています。
─原作者起用に関しては、どうでしょうか? たとえば「名探偵コナン」では、青山剛昌さんが原画を描かれています。
永谷 本業じゃないし、連載スケジュールも大変だと思うので簡単ではないですが、参加してもらうチャンスがあれば、原作開発に近いクリエイターさんにも一緒にやってほしいなとは思っています。ただ、青山さんに「コナン」の原画をやってもらうというのは、かなりすごいことだと思いますよ。原作者に「原画を描いてください」というのは、僕は言えないかも……。「citrus」(2018)の時は、サブロウタさんにエンディングを描いてもらいましたね。サブロウタさんは毎回本読みにも来てくださったので、その時にお願いしました。
キャスト指名をしない、フラットなオーディション
─キャスティングはいかがでしょうか?
永谷 メインどころのキャストを僕が指名することは、「ない」と言っても過言ではありません。「プロデューサーとしてこの人を使いたい」ということはなくて、普通にフラットなオーディションをやっています。「citrus」など、決まったキャストがいる場合は、続投が基本で考えると思います。それ以外は普通にオーディションをしています。
基本はオーディションですが、オーディションに制約を付けさせてもらうことはありますね。たとえば「TARI TARI」は歌唱ありきなので、「歌に自信がある方」とかね。特に合唱となると、やったことのない人もいると思うので、そういうジャンルだということも明かしたうえで募集しました。当時は、「課題曲」もあったんですよ。
─佳村はるかさんは、「天体のメソッド」(2014)のこはると「SHIROBAKO」の絵麻を演じておられ、M・A・Oさんは、「クロムクロ」の由希奈と「フリップフラッパーズ」のパピカを演じておられます。これは別々のオーディションの結果、偶然そうなったわけですね。
永谷 そうです。ただし、前の作品でやってもらって、「あの人はよかったから、オーディションに呼びましょう」ということはありますよ。「凪のあすから」のまなか役の花澤香菜さんは、「ゼーガペイン」(2006)をやっていた時にとてもいいと思ったから、僕から「『凪あす』のオーディションにも呼びましょう!」と提案しました。でも、それ以上のことには意見を求められる場合以外、極力干渉していません。だから佳村さんもM・A・Oさんも、ご自身の力で監督の目に留まったからにすぎません。
─声優の人気は重要ですか?
永谷 よく「人気の人をキャスティングするんですか」とか言われるんですけど、そうするとオーディションをやる意味がなくなっちゃうから、人気があるかないかは全く関係ないです。「SHIROBAKO」のあおい役の木村珠莉さんなどは、キャスティング時のツイッターフォロワー数が9人だったんですよ。プロデューサーから「〇〇を入れましょう」ということもあっていいと思うんですけど、僕は声優さんの人気には疎いので……(苦笑)。オーディションをやって実際にアニメが放送されるのは、1年後、下手したら2年後とかになるわけですから、「2年後にこの人はブレイクしているから」と言えたらまた違うのかもしれませんが、これからもフラットなやり方は変わらないと思います。
「10年愛される作品の制作」の真意
─そのほかに、永谷さんが独自に取り組んでいることはありますか? インフィニットのHPには、「10年愛される作品の制作」という企業理念が掲げられています。
永谷 うちが一生懸命やりたいなと思っているのは、「〇周年記念グッズ」を出すことです。1~2クールの作品って、2期がない限り、終わったらヒュ~ってフェードアウトしちゃうじゃないですか。2年ぐらい後になって配信とかで作品にハマったとしても、「グッズが売ってない!」、「消費活動したくてもできない!」とか言われるんですよ。なので、全作品というわけにはいかないんですけど、極力「記念グッズ」を作るようにしています。最近だと、「天体のメソッド」、「色づく世界の明日から」の舞台で配布されるノベルティとかも、うちから供給させてもらいましたね。こういったことは大きな会社だとなかなかできないことですし、自分たちが企画の中枢にいるからこそ、できることだと思っています。
─インフィニットのYouTubeチャンネルでは、過去作を流したりもしていますね。
永谷 そうですね。グッズを売るってことは当然、宣伝もやらないといけないので、それに紐付けて作品の掘り起こしもしています。この間まで「citrus」や「フリップフラッパーズ」を流していました。この後もやろうとしていることがあるので、よければチャンネル登録をお願いいたします(笑)。そういうことをやって、作品を観やすい環境だったりとか、これまで知らなかった人に観てもらうチャンスだったりとかを、積極的に作っていこうと思っています。
インフィニットは設立10年になるんですけど、作ったアニメはまだ20本ぐらいしかないんです。僕がプロデューサーをやっている間は、この20本をコンテンツとして存命させたい。それが、「10年愛される作品の制作」と書いた真意です。ただもう10年経っちゃったから、この後どうしようか、とは考えています。簡単に「20年」と言っていいのか、違うことに言い換えるのか、そこは悩んでいます。