ライター 箭本 進一さんの評価レビュー

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ありそうでなかった「機動戦士ガンダム」

観賞手段:ビデオ/DVD、劇場
太田垣康男氏による「機動戦士ガンダム」の外伝漫画がアニメ化され、これを劇場版としてまとめたもの。戦争で壊されたスペースコロニー「ムーア」の残骸が漂うサンダーボルト宙域を舞台に、ムーア首長の息子でありモビルスーツ(人型機動兵器)フルアーマーガンダムを操るイオと、類い希な狙撃のセンスで戦う義足のパイロット・ダリルの対決を描く。
「機動戦士ガンダム」シリーズといえば、宇宙世紀と呼ばれる詳細・緻密な架空史の上に築かれた作品群であり、視聴には原点「機動戦士ガンダム」や関連作の知識があることが望ましい……というのがパブリックイメージだ。しかし本作はイオとダリルの人間ドラマに注力しており、単体でも面白さを味わえる。イオは名家の一員であり、人が望む全てを持っているが、自由を愛する彼にはそうしたものも重荷であるだけ。自由に飛べるモビルスーツに魅入られ、モビルスーツの存在意義である戦争に腰まで浸かった男だ。一方、ダリルは仲間思いの善良な青年だが、徴兵されて戦争に駆り出され、歩兵戦で脚を喪失。失った手足の代わりとなるモビルスーツでの戦いに生きる意味を見出す。2人はあらゆる面で正反対だが、足りないものや失ったものをモビルスーツが埋めるという点で同じ。しかも、本作でモビルスーツが使われるのは戦争であり、「機動戦士ガンダム」と同様に正義すらないのだから救われない。人の業が満ちた戦場で、対照的な2人が激情に駆られて殺し合う様は、恐ろしいと同時に魅入られるものがあるのだ。
「スペースコロニーの残骸が漂い、雷鳴鳴り響く宇宙空間」というロケーションは宇宙モノを得意とする太田垣氏ならではのリアルな設定で、モビルスーツどうしの戦いに新たなスリルを加えてくれる。超絶作画とCGが織りなすバトルに前述した2人の情念が乗っているというわけで、実に見応えがある。この宙域では正体不明の海賊放送局が音楽を流しており、2人はコクピットでフリージャズとラブソングという対照的なジャンルの曲を聞いているという設定も人間臭くて面白い。ジャズが鳴り響く中、残忍なイオが悪魔のような強さを誇るフルアーマーガンダムを駆って宇宙を駆ける様は、様々な意味でありそうでなかった「機動戦士ガンダム」。「機動戦士ガンダム」シリーズの外伝作がひしめく中、設定にこだわる宇宙世紀ファンたちに本作が支持されるのは濃厚な人間ドラマと、ありそうでなかった「機動戦士ガンダム」を提示できたことにあるだろう。
こうした方向性は、これまで描かれなかった「機動戦士ガンダム」の終戦直後を描くその後の展開でも変わらない。ガンダムを知らない人、そしてひと味違ったガンダムらしいガンダムを求める人にオススメの本作と原作コミックといえる。
プロレビュアー
ライター 箭本 進一
ライター 箭本 進一
ストーリー
5.0
作画
5.0
キャラクター
5.0
音楽
5.0
オリジナリティ
4.5
演出
5.0
声優
5.0
5.0
満足度 5.0
いいね(0) 2023-10-31 13:09:54

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