粗削りで異質な「アイドルマスター」楽曲のオリジン“9+1”【中里キリの“2.5次元”アイドルヒストリア 第5回】

2020年05月15日 18:000

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今や定番ジャンルとしてアニメ、ゲームなどで数多くの「アイドル作品」が作られ、またアイドルを演じるキャストによるCDリリースやリアルイベントも毎月のように行われている昨今。

そんな2次元と3次元を自在に行き来する「2.5次元」なアイドルたちは、どのように生まれ、そしてどのようにシーンを形成していったのか。昭和、平成、令和と3つの時代の2.5次元アイドルを見つめ続けたライター・中里キリが、その歴史をまとめる人気連載、第5回がスタート!

前回は、「アイドルマスター」(以下、アイマス)誕生の土台となったナムコの歴史を辿りました。現行のアイドルコンテンツ全ての潮流の始祖となった「アイマス」は、なぜ特別な存在になりえたのか。今回は音楽の側面から語ってみたいと思います。

 

「アイマス」の音楽は、ナムコ(当時)のサウンドチームが制作しました。最近ではアイドルコンテンツのサウンド制作をアウトソーシングする事例が増えていますが、当時のゲーム音楽は各社のサウンドチームで内製するのが当たり前でした。ですから、セガ、タイトー、そしてナムコといった当時のトップゲーム企業の多くは、サウンド制作の面でも超一流でした。また、彼らはハードのスペックや制約に対応した音数、音色で魅力的な楽曲を制作する技術を追求した結果、各社ごとに独自の音文化を育んでいくことになります。

 

初期「アイマス」に関しても佐々木宏人さんらを中心に、社内クリエイターによって楽曲が制作されました。しかし、当時のナムコ社内に「アイドル」をモチーフとした作品のラインは当然ありませんし、アイドル文化そのものについてもチームとしてノウハウの蓄積がありませんから、どんな音楽(歌)を作ればいいのか非常に頭を悩ませていました。そこで開発黎明期には、現在、株式会社MAGES.代表取締役社長を務める志倉千代丸さんや、後に「涼宮ハルヒの憂鬱」などを手がける音楽プロデューサー・斎藤滋さんなどにアドバイスを求めたそうです。

 

当時、志倉千代丸さんと斎藤滋さんは九段下にあったゲームミュージックに強い音楽・映像ソフトメーカー、サイトロンデジタルコンテンツという会社で制作に携わっていました。そこでナムコの佐々木宏人さんと仕事での関わりがあったことから、2人がアドバイスを求められることになったようです。特に斎藤さんは、横浜にあった頃の未来研究所(ナムコの開発拠点)を訪れ、テスト機に触れながらさまざまな意見を出したそうです。アイドル文化を肌で知る若きプロデューサーたちのエッセンスが、「アイマス」の根っこにひと振りされた瞬間でした。なお斎藤さんは、その後、2005年に音楽レーベル、ランティスに所属することになります。このことが後に、「アイマス」の音楽史にとてつもなく大きな変化をもたらすのですが、それはまた、別の話になります。

 

これまで語ってきたような流れを経て、初期「アイマス」のサウンドはゲーム音楽に関しては超一流、アイドル文化に対する理解は個人の経験によりバラバラ、といういびつで魅力的なチームにより制作されることになります。ここで、当時の主要サウンドスタッフをあげてみましょう。

 

・佐々木宏人(初代サウンドプロデューサー。当時の表記はディレクター)……「THE IDOLM@STER」作曲・編曲、「おはよう!!朝ご飯」作曲・編曲、「First Stage」作曲・編曲 等

・中川浩二(二代目サウンドプロデューサー)……「ポジティブ!」作曲・編曲

・オノダヒロユキ/mft……「ポジティブ!」作詞

・神前暁……「魔法をかけて!」作詞・作曲・編曲

・LindaAI-CUE……「エージェント夜を往く」作詞・作曲・編曲

・Jesahm……「9:02pm」作曲・編曲、「Here we go!!」作曲・編曲

・yura……「9:02pm」作詞、「Here we go!!」作詞

・椎名豪……「太陽のジェラシー」作曲・編曲、「蒼い鳥」作曲・ゲーム版編曲

・森由里子……「太陽のジェラシー」作詞、「蒼い鳥」作詞

 

「アイマス」の音楽に、そして広い意味でアニソンに興味がある人にとっては垂涎のビッグネーム揃いです。当時のサウンドチームの中心は佐々木宏人さんで、彼が2008年頃にナムコを退職するのと前後して、音楽関連の責任者は中川浩二さんに移ります。以後、現在にいたるまで、多くの「アイドルマスター」関連ライブにおけるPAブースのヌシは中川さんであり続けています。

 

上記のクリエイター陣に、後に「アイドルマスター」総合ディレクターとして作品全体の現場の舵を取ることになるナムコ(当時)のディレ1こと石原章弘さん、「アイマス」の音楽関連CDのリリースを担当した日本コロムビアの植村俊一さんが加わったのが、初期「アイマス」サウンドチームの中枢と言っていいでしょう。アーケード版「アイドルマスター」の開発当時は同作の担当ディレクターは6人おり、石原さんはその筆頭ということで「ディレ1」を名乗っていました。初期の石原さんは(文字通りの。ただしかなり幅広い作業を担当する)現場ディレクター職、後年は「アイドルマスター」シリーズの制作現場全般を統括する責任者になっていくので、どちらかの時代しか知らない人は、その変化をぼんやり意識すると、各時代の制作体制がイメージしやすいかもしれません。

 

鋭角かつバラバラという共通点

最初の「アイドルマスター」としてリリースされたアーケード版「アイドルマスター」には、各アイドルの持ち歌9曲と、全体曲的立ち位置の「THE IDOLM@STER」の計10曲が実装されていました。持ち歌(ex.秋月律子の「魔法をかけて!」や、菊地真の「エージェント夜を往く」)といっても、どの曲も全てのアイドルに歌わせることができます。実は当初は9曲のみの予定だったのですが、あまりにも各楽曲の個性が尖りすぎていたため、作品全体をつなぐ象徴的な楽曲として「THE IDOLM@STER」が追加で制作されたという経緯があります。

 

逆に言えば、ひとつのゲームとしての音楽性の統一感がないことが危惧されるほど、初期「アイマス」楽曲群はクリエイター個人のカラーが反映された、非常に尖ったラインアップでした。その背景には初代サウンドディレクターである佐々木宏人さんの“ゲーム作品の音楽がゲームミュージックである必要はない。声優ソングやアニソンを意識しなくてもいい。楽曲としてのインパクトが大事”といった哲学がありました。方向性はバラバラではあるものの、強烈なカラーを持った楽曲群、という個性が初期「アイマス」の楽曲には通底していたのです。

 

アーケード版「アイドルマスター」参加しているサウンドクリエイター陣の中で、個人的に面白いと思うのが椎名豪さん、Jesahmさん、LindaAI-CUEさんという存在です。彼らの手がけた楽曲は音として尖っているだけでなく、リズムゲーム的な要素のあるゲーム音楽としてあまりにも異端でした。アイドルが歌う楽曲を9曲作ろうとなった時に、壮大なバラードの「蒼い鳥」とムーディーで超スローテンポの「9:02pm」が両方入っていること自体、普通の感覚ではありえないことです。「蒼い鳥」はCDに収録されるバージョンではBPM78とゆったりめなテンポ(多くの人がイメージする「蒼い鳥」はこちらでしょう)なのに対して、アーケードゲーム版の「蒼い鳥」がBPM106とややテンポが上がっているのも、なんとかリズムゲームの枠に収めようとする現場の努力を感じます。

 

Jesahmさんは比較的メディア露出の少ない方ですが、ジャズ調の大人っぽいサウンドを得意としています。サックスなど楽器の演奏にも堪能で、個人的にはゲームクリエイターというよりも音楽家、こだわりの職人というイメージが強いです。「9:02pm」はそんな彼の名刺がわりにぴったりの1曲です。ジャジーな大人の音と、三浦あずさ役・たかはし智秋さんのスーパーボーカルの出会いは奇跡的なマッチングで、三浦あずさというアイドルの世界をたしかに広げてくれました。

 

ちょっと毛色が違うのが(金髪って意味ではないです)LindaAI-CUEさんで、「エージェント夜を往く」は全体としてはやりたい放題やっているのだけれど、タイトなキックが刻むリズムは音ゲーとしての収まりはいいという、不思議かつ絶妙なあんばいの楽曲です。このあたりは後に「太鼓の達人」で極悪な高速譜面の数々を生み出すLindaさんの面目躍如でしょうか。「エージェント夜を往く」が持つ楽曲の力は、後にニコニコ動画でのニコマス(「アイドルマスター」を素材にした動画群)ブレイクという形で「アイドルマスター」をひとつ上の世界へと連れて行きます。2014年にリリースされた「毒茸伝説」もそうですが、アイマスがサウンド面で世間に届く大爆発を起こす時、爆心地にい続けるアーティストのひとりがLindaAI-CUEさんだと思います。

 

初期楽曲では、佐々木宏人さんと中村恵さん、Jesahmさんとyuraさん、椎名豪さんと森由里子さんが固定のコンビで楽曲を手がけています。その中で森由里子さんは「ドラゴンボール」「新ビックリマン」といった名作に歌詞を提供している大作詞家です。今まで漠然と日本コロムビアのラインでの起用なのかなと思っていたのですが、実は作曲の椎名豪さんが知人経由でみずからオファーしたことを、森さん自身が「あらかねの器」(「アイドルマスター シンデレラガールズ」藤原肇のソロ曲で、椎名さんと組んだ最新曲)にまつわる文章の中で明かしていました。如月千早の持ち歌である「蒼い鳥」の作詞を、中森明菜さんにも詞を提供している森さんに依頼したのは面白いですし、「太陽のジェラシー」も、アイマスに80年代アイドルテイストを持ちこんだようで興味深いのではないかと思います。

 

神前暁さんをはじめ、この人に詳しくふれないの?というクリエイターがほかにもいると思います。後の回でちゃんと彼らに触れるべきタイミングがありますので、安心してください。

 

さて、そんなクリエイターたちが作り出した、尖りきった楽曲の数々ですが、大変なのはそれを歌うアイドルたちです。しかも前述の通り、初期「アイドルマスター」では全ての楽曲を全てのアイドルが歌うのが当たり前でした。ですから、ストイックなボーカリストである如月千早の歌声がロボットのようになってしまう「おはよう!!朝ご飯」や、反対に元気いっぱいで幼い高槻やよいが抒情的な楽曲を歌いあげる「蒼い鳥」など、数々のイレギュラーが生まれました。おそらく、今の時代であればリテイクや修正を受けるであろうバラつきさえも、面白さとしてそのまま製品に乗ったのです。

 

しかしそのことが、普通では絶対にありえない楽曲と歌い手を組み合わせる“自分だけのプロデュース体験”として、ファンに受け入れられていきました。これは想定外の現象だったと思いますが、誰もが予想しないブームを巻き起こすコンテンツには、こうした予期せぬ奇跡がいくつも重なり、大きなうねりとなっていく場面が必ずあるのです。

 

「アイドルマスター」が2.5次元アイドルコンテンツの旗手になるまでには、いくつもの紆余曲折があります。ですが、奇跡の種は2000年代前半のこの時期、たしかにまかれました。

 
(文/中里キリ)

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