ライター 箭本 進一さんの評価レビュー

»一覧へ

新しきものと旧きものが渾然一体となった、日本の夏の物語

観賞手段:テレビ、劇場、動画サイト
「夏が来ると見たくなるアニメ」は多いが、中でも「サマーウォーズ」は特に印象深い作品だ。主人公の高校生・健二は憧れの先輩・夏希に持ちかけられた「一緒に実家に帰る」バイトを引き受けるが、それは夏希の婚約者のふりをすることだった。夏希の実家・陣内家の大家族に迎えられて困惑する健二だが、ひょんなことから仮想世界「OZ」を乗っ取ろうとするAI・ラブマシーンに立ち向かうことになってしまう。インフラでもあるOZのセキュリティが陥落したことで現実でも大混乱が起こる中、一般人である健二と陣内家の面々はどのように戦うのだろうか?
本作は新しいものと旧いものが渾然一体となった作品といえるだろう。新しいものは、いうまでもなく仮想世界OZが普及した世界だ。ガジェットオタクや新しいもの好きだけでなく普通の人々もOZに個人情報を委ね、OZが作り出す仮想世界にアバターの姿で降り立ち、国境を越えてコミュニケーションや娯楽を楽しむ。本作の公開から15年過ぎたが、OZのような仮想世界は夢物語に終わってはいない。それどころか、仮想空間「メタバース」の話題が当たり前に飛び交い、「VRChat」でアバターを使った国際交流や仮想世界でのレジャーが行われるなど、現実が「サマーウォーズ」に近づいた感がある。スマートフォンに個人情報を山ほど詰め込み、各種の認証を行い、金銭の支払いすら実体の紙幣や硬貨なしに済ませる……といった暮らしを送る2024年に、これらのシステムがぶっ壊れることを想像してみて欲しい。社会の基幹となったデジタルシステムが乗っ取られることで現実にも大混乱が起こる、というシナリオは、公開当時よりも現在の方が切実なものになっているともいえる。
そして、旧いものとは陣内家の大家族だ。田舎の大きな家に、核家族では考えられないほどの人間が当たり前の様に集まり、ご飯時ともなればデカい部屋に置かれたデカい卓に山ほどの料理が置かれ、賑やかに食事が進んでいく。本作で描かれる夏は日本の原風景であり、帰郷の懐かしさと共感と、その他諸々の好ましいものが心の奥からわき上がってくるのだ。仮想世界を乗っ取ろうとするAIとの戦い、と字面は完全にSFなのだが、これに立ち向かうのが普通の人々である陣内家というのが、本作の大きな魅力の一つ。ある者は特技で貢献し、またある者は人脈を使い……と力を寄せ合う様に、理屈抜きの面白さがある。
そうしたわけで、本作は夏に観るのに最適なアニメの一つだ。現実世界における日本の夏が作中世界とリンクし、共感もより深まる。うだるような暑さの中、クーラーでなく扇風機をお供にすれば完璧だろう。AIとの戦いという新しく非日常な事件の中、日本の夏の良さ、田舎の良さ、家族の良さといった旧く日常的なるものの尊さが浮かび上がる(主人公が思い人に頼まれて偽の恋人の振りをするというのも古典的な筋書きだし、そこにAIや仮想空間といった新しい事象が絡むのも、新しいものと旧いものの組み合わせといえる)。見終えた後に爽やかさと暖かさが残る作品が「サマーウォーズ」なのだ。
プロレビュアー
ライター 箭本 進一
ライター 箭本 進一
ストーリー
5.0
作画
5.0
キャラクター
5.0
音楽
5.0
オリジナリティ
4.5
演出
5.0
声優
5.0
4.5
満足度 5.0
いいね(0) 2024-06-30 10:31:51

ログイン/会員登録をしてコメントしよう!