名無しのレビャートキンさんの評価レビュー

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想い、奏でる物語

観賞手段:テレビ
ネタバレ
作品に対する評価には、基本的に二つの尺度があるように思います。一つはその作品が好きか嫌いか、すなわち好悪という尺度。これは鑑賞者の主観によるものです。もう一つは、その作品が巧みに作られているか、あるいは拙いか。言い換えれば巧拙という尺度です。誤解を恐れずに言えば、これは鑑賞者の主観をできるだけ排して、客観的に、つまりフェアに評価するためのものです。

 私はこの作品が好きですが、好きか嫌いかは主観です。この作品は客観的にみても、ドラマとして非常に巧みに作られた豊穣な良作だと思います。主観的好悪と客観的巧拙は必ずしもはっきりと切り離せるものではありません。しかしここはレビューの場なので、可能な限り後者の客観的な評価に基づいてこの作品について述べていきたいと思います。
 この作品は、高度に巧みな作品であると言えます。特にこのレビューの対象となる第二期は、第一期で用意された下地の上に、非常に力強いドラマが存分に展開されています。具体的に見ていきましょう。
 まず、基本的な物語展開の流れです。この物語の中で反復的に用いられ、かつ最大の力強さの源泉となる主題が、「誰かを想い、奏でる」というものでしょう。
 これは第一期のころから描き続けられています。麗奈のまっすぐな音に引っ張られて、自らの心に火をつける久美子、香織に憧れ共に奏でる優子、そして滝を追いかけて入学し、ひたすら特別を目指そうとする麗奈。そして第二期に入り、この「想い、そして奏でる」物語はさらなる強度を獲得していきます。それは、一期を経て盟友となった久美子と麗奈の物語であり、みぞれと希美の物語であり、滝と亡き妻の、あすかと父の、久美子と麻美子の、そして久美子とあすかの物語です。心に火を灯したその人に憧れ、追いかけ、互いを想い、奏でる。このモチーフは繰り返されるにもかかわらず、毎回形を変えて現れるがゆえ、しつこくなることがない。まずこれが巧い。
 むしろモチーフの反復は、全ての事件に関わる久美子に集約されることで、彼女の中で感情の奔流となり、静かで力強い物語として、観る者を引き込んでいく。これがこの作品の醍醐味というべきものだと思います。
 次に表現について。これは、他の方が絶賛しておられるので今更述べるまでもありません。心象表現としては、以下のものがあります。光と陰による感情の強調、滴る液体(蛇口の水、汗、血、涙)による強い意志や達成感の表現、不安や焦燥を表象するのっぺりとして冷たい洗面台、息の詰まる場面での蜘蛛の巣に絡め取られた虫、目標に向かう強い意志を表す太陽の光等。この巻に収録されている第一話の花火のシーンは、久美子と麗奈の目標に向かう意志と希望、そしてこれからも二人で共に乗り越えられるという確信と決意を見事に表しています。朝日新聞の文化部記者で、いまや有名なアニメ批評家ともいえる小原篤氏も絶賛しておられますが、恐れ入りましたというほかありません。
 また、緊張感を掻き立てる演出も見事です。特に、第二期第四話にはなりますが、希美がみぞれに接触するシーンは、使徒がアダムに接触するシーンもかくやというほどのサスペンスでした(笑)。
 これほどの、盤石たるカタルシスの展開の基本設計(主題の与え方)と、それの描き方の一つ一つが、超絶技巧的な作画力、撮影力の上に支えられた作品を、今日テレビシリーズとして鑑賞できたことは、奇跡としか言いようがないように思われます。
 客観的巧拙という観点から見て、アニメの豊穣な表現力の一つの到達点といえるこの作品は、文句なしに最高スコアです。
名無しのレビャートキン
名無しのレビャートキン
ストーリー
4.5
作画
5.0
キャラクター
5.0
音楽
5.0
オリジナリティ
5.0
演出
5.0
声優
5.0
5.0
満足度 5.0
いいね(0) 2017-12-17 13:04:06

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