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絵コンテを元にして先に声だけ収録する“半プレスコ”方式で、精度の高い表現を
── 最初に出てくる駅のホームは、後半、あっと驚くような使われ方をしますよね。ああいう大胆な演出は映画ならではだと思うのですが……。 田口 実は、駅のホームは原作では1~2行ぐらいしか出てきません。当初は短い尺で収めようという目標があったので、いろいろな場所が出てくるよりは、印象的な場所を設定して繰り返し使ったほうが効果的に思えました。くっかさんの原作イラストの中に、バックが水平線になっている駅のホームが描かれていたので、その鮮烈なイメージを生かさない手はないだろうと思いました。そこで、駅のホームが主役2人にとって象徴的な場所となるよう、全体の構成を考えていったんです。
── はじめて2人が手をつなぐシーンは、セリフがなくて手の演技だけで見せていましたね。心のなかのとまどいや葛藤が、ちょっとした手の動きから伝わってくるように感じました。 田口 アニメーターさんが上手だったから、実現したシーンです。ああいう思いつめた感情のとき、むしろセリフで何を言えばいいのか考えてしまいます。そういう場合、シンプルに演技だけで見せたほうが、セリフよりも雄弁に感情を語ってくれる場合があるんです。
── 邦画にありがちな、えんえんとセリフで感情を説明するようなシーンはないんですよね。 田口 はい、セリフはかなり少ないと思います。「ここはわかりづらいからセリフを入れよう」という考え方は、作り手の逃げだと思うんです。しっかり段取りを踏んで要素を入れてあげれば、セリフで説明しなくてもわかるはずです。それと、作画に入る前にセリフを先に収録したことも、功を奏したかもしれません。
── 声を先に録ったのですか? それは主役2人だけ? 田口 いいえ、すべてのキャラクターです。絵コンテを元にして声優さんたちに演技してもらったので、半プレスコのような手法ですね。この手法は、初の劇場作品である「PERSONA3 THE MOVIE」(2014年)の頃から試みていました。その当時はスケジュールの兼ね合いもあって先にセリフを収録していたのですが、今回の「夏トン」は声優さんの演技に合わせて作画してもらったほうがいいと、はっきり意図して半プレスコを使いました。
……というのも、先に絵をつくりこんでアフレコしてもらっても、結局は絵と声がマッチしないと悩んでいた時期があったからです。アニメーションは、たくさんのアニメーターたちがキャラクターを描いています。演出や作画監督がチェックして統一するとはいえ、絵にばらつきが出てしまうのは仕方のないことです。ある人が描くとキャラクターの顔がこわばるけど、別の人が同じ表情を描いても、それほどこわばっていないな……という差異が生じてしまうんです。さらに、声優さんは自分なりにキャラクターをつかんで演技しますから、絵と声とのギャップは避けられません。結局は録りなおす余裕のないまま、納得していないのにOKを出さざるを得ない。それならば先に声を録ってから、声の演技に合わせて表情を描いてもらったほうが、表現としての精度は確実に上がります。アニメーターさんたちも「ここの芝居は絶対にこうでなくちゃダメ」などと反発せず、「そういう意図ならこういう描き方があるよ」と柔軟に対応してくれたので、頼りにしていました。声の演技と絵の演技にズレがないので、かなり見やすい映画になったと思います。