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監督とは、旗振りをするプロデュース業
── 本作の作劇のうえで、キャラクターデザイン・総作画監督に合田浩章さんの存在が大きかったと思います。合田さんは監督からのご要望でしたか? 加藤 合田さんを呼んできてくれたのはトロイカのプロデューサーの長野(敏之)さんです。合田さんなんて、僕の小さい頃からアニメ業界の最前線でバリバリやっていた重鎮ですから、最初は「足を引っ張らないように」という思いでした。でもそれは最初の一瞬で、すぐに「この人に負けないぞ!」と(笑)。何に勝つんだという話ですが(笑)。ただ、合田さんと僕は感覚が近いらしくて、僕が思っていることを合田さんはすぐに感覚として拾ってくれて「俺もお前に負けないぞ」みたいな関係になれました(笑)。合田さんも「こうしたほうがもっと生き生きする」とか、どんどんフィードバックしてくれるんですよ。もちろん僕もある程度イメージがあって、こういう芝居でいきたいというお話はするのですが、やっぱり演出の考えなので、実際に描くアニメーターとしては僕が想像しなかったような芝居をつけてくれるんです。餅は餅屋というか。合田さんが「ここのカット、原画枚数増やしちゃったからタイミングよろしく!」みたいにくるので、僕は「ナイスタイミング!」みたいな感じで返すという(笑)。
── 芝居の1つひとつの人間らしさは合田さんや演出さんにはどのように説明されていきましたか? 加藤 自分は、「顎を引いたら止まって髪揺れ」みたいなお決まりのアニメ表現は嫌なんですよね。手をあげる芝居で手の部分だけ合成することは技術的には不可能ではないのですが、合田さんから言わせれば、「同じ枚数なのに動かそうよ」と。僕が直して、さらに合田さんがさらに上の直しをする。そういう作業を重ねると、ほかの演出さんもそれを見てよいものを作ろうとする。そういう現場の空気感がフィルムにも表れているのではないかと思います。それは合田さんをはじめ、動画まですべてのスタッフの頑張りだと思います。若い作監さんたちも合田さんに刺激を受けて、何とかついて行きたいみたいな熱を与えられるというのはスゴいなと思いますね。これは現場がトロイカだからこそできたのではないかなと思います。
── 侑と燈子のアニメーションで意識された部分は? 加藤 侑は活発な子なのでちゃんとしたリアクションを取らせてあげようということを意識しました。燈子はどちらかというと落ち着いた感じで、でもその中にある動きを意識していました。あとは表情付けですね。佐伯沙弥香もそうですが、仲谷先生の絶妙な1ミリ単位でコントロールしているあの感じを合田さんと話しながら、どうしたらこれを表現できるかといった話をした記憶があります。侑は誰と話していても侑なのですが、燈子はみんなに見せる姿、つまりみんなが理想とするお姉さん像を投影している燈子と、そうでない燈子との描き分けが本当に難しくて、第6話の川辺は素の燈子、自分のことが大嫌いな燈子という影がある部分の描き分けがとても難しかったですね。ただ暗いだけになるのは避けたくて、素になって無表情ではあるんですけれども、その裏にある別の表情をどうしたら出せるのかなと考えながら描いていきました。
── 声の部分の演出についてはどのような工夫をしましたか? 加藤 最初の挨拶で「(アフレコ用の)映像はありますが、このタイミングにとらわれなくていいです」と伝えました。つまり、こちらが指定したセリフのボールド(目印)は仮のものなので、それにきっちり合わせなくていいですよと。役者さん側も驚かれていました。普段は定尺を出してからアフレコなのですが、今回はアフレコは仮の尺で録って、それを元に本カッティングをするという方法を採りました。声優さんもプロフェッショナルですから、この2秒間で話せと言われたら話せるんですよね。でも、役者ならではの呼吸感として、あと1秒、ここに1拍があったほうがもっとよい芝居にできるという思いもあると思うんです。そこを縛らずに生き生きと芝居してもらうようにしました。先ほどのコンテの話と同様、自分はこういうテンポで考えていたけれどもそこで役者さんからの「こうきたか」を見たかったんです。
── 燈子役の寿美菜子さんに別の取材でうかがった際には「加藤監督は熱い方」とおっしゃっていましたが、どのような指導をされたのでしょうか。 加藤 最初の挨拶で「この作品はこういうメッセージがあって、僕はこれを表現したいと思います!」と伝えたときの印象でそうおっしゃってくれたのかな(笑)。演出意図は音響監督に伝えて、それを役者さんに伝えてもらうという一般的な方法です。あとは、毎回収録が終わったあとは必ずすべての役者さんに「今回のこの部分がよかったです」と伝えていました。単に「おつかれさまでした~」で終わるよりも、よいところはよいと言ってもらったほうが役者さんもモチベーションが上がると思うんです。そこで思ったことをきちんと伝えて「次回もよろしくおねがいします」と伝えていました。逆にそのとき以外は一切、私語をしていません。そこはメリハリをきっちりしていました。そのコミュニケーションの仕方が信頼につながっていたのではないかと思います。「ほかの現場ではこういうことはない」と言われたので、この作品が結果的にこういうフィルムになったのは、この現場の空気感が役者に乗ってくれた結果かなと思います。最終回の収録後に高田(憂希)さんが涙してくれたのですが、本当にこの現場を愛してくれたんだなと、こちらもうれしかったですね。
── 最良のアフレコ結果を出すためのセットアップを行なうのも、全体の意味での演出術と言えそうですね。 加藤 そうですね。改めて監督ってプロデュース業に近いんだなと思いました。
── 先ほどの合田さんとの作画を通じたコミュニケーションもプロデュースと言えるし。 加藤 そう。天才がひとりいるだけで回る現場もあると思うのですが、僕は決して天才肌ではないと思うし、みんながいて初めて監督をできていると感じています。そこでは本当に1人ひとりが大事だし、誰が欠けてもいけない。僕は毎話数が終わるたびにすべてのセクションの人たちに「ありがとうございます。今週も皆さんの力で放送することができました」と挨拶をしに行くようにしているんです。動画が一番下みたいな風潮は大嫌いなんですよ。自分が逆の立場だったら、そういう気配りができる監督についていきたいなって思うので。監督だからって別に偉いわけではなく、ただフィルムづくりの旗振り役職に過ぎないと思います。だから僕は現場を本当に大事にして感謝を忘れないようしています。
── 本作で監督作2作目を終えられましたが、どんな経験になりましたか? 加藤 「櫻子さん」を監督させてもらった3年前は本当にやる気だけで、右も左もわからない状態でやり抜いたという感じだったのですが、その後で「Re:CREATORS」で、あおき監督のもと副監督をさせてもらったこともあったので、やっただけの経験値は積んでいたなという実感があります。先ほどの監督業はプロデュースに近いのかもしれないと思ったのも、その経験があったからかもしれません。前はもっといっぱいいっぱいで、恥ずかしい話ですが、怒鳴り散らしたこともありました。でも今回は一度考えて、ただ怒って空気を悪くするのではなく、どうしたら現場をよい方向に進めるかということができたと思います。フィルムづくりに対してやるべきことに徹せられたと思います。監督としての手応えが確実にありましたね。
── シリーズ監督となるとやるべきことや見渡すものも格段に変わるでしょうから。 加藤 「櫻子さん」のときは、監督できることの喜びとか、オンエアしているお客さんの反応が気になったりとか、ミーハーな部分がまだ抜けきれていなかったんです。今回エゴサーチをまったくしなかったというのも、視聴者の声があろうとなかろうと、僕のやることは変わらないという考えに着いたから。監督としてやらなくてはいけないことは、このタイトルをどうきちんと着地させられるかです。もちろん、目標としてあるのは、見てもらった人が喜んでくれることですが、その過程でブレてはいけない。お客さんの声を聞きたいという思いもあったけれども、そこではないところにいましたね。「完成してそういう声があったらそしたら喜ぼうじゃないか」みたいな。別に冷めているわけではないけれども、不思議な感覚です。ちゃんと一歩引いて見られている自分がそこにいて、これが監督なのかなって。
── 「やがて監督になる」ということですか。 加藤 (笑)。
── 作品を作る中で演出家としての引き出しも増えていったことでしょうね。 加藤 プロデューサーの長野(敏之)さんからうかがったのですが、僕は以前も比喩表現はやってきたのですが、それが「演出として視聴者に届き始めた」そうなんです。それを言われたときはうれしかったですね。僕が期待していたのは、見ている人が演出意図を考えることで、作品に参加をするようなフィルムだったんです。昨今、わかりやすさを重視するがゆえに考えることを止めてしまう傾向にあると思っていて、僕は「そういうものばかりでなくてもいいんじゃないか?」という中で作りました。結果、視聴者さんからも「わかりづらい」ではなく、「もしかしたらこういう表情をしているのかな?」といった、想像を働かせてくれたという声を聞いて、そこは貫いてよかったなと思いました。
── 本編の続きも気になるところですが、スピンオフ小説「やがて君になる 佐伯沙弥香について」も続刊していきそうです。 加藤 そうですね。もし企画があればぜひ監督したいですね。ここまで監督としてやりきれたのは、それだけこの作品が僕にとって特別な作品ということなので、ここまできたら最後まで描きたいなと思いながら、声をかけられたら頑張ろうと思います。
(取材・構成/日詰明嘉)
(C) 2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会