美術設定・須江信人 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第23回)

2018年04月07日 08:000
須江信人さん

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トップクリエイターの素顔や仕事の流儀を紹介する「アニメ・ゲームの“中の人”」。今回インタビューしたのは、背景制作会社「草薙」の共同設立者にして、ベテラン美術設定の須江信人さん。美術設定とは、アニメ背景のもととなるデザインを作る役職のこと。「神秘の世界エルハザード」、「おねがい☆ティーチャー」、「CLAYMORE」、「機動戦士ガンダム00」、「あの夏で待ってる」、「デート・ア・ライブ」、「クロスアンジュ 天使と竜の輪舞」、「テンカイナイト」、「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」、「ONE PIECE FILM GOLD」、「Fate/Apocrypha」、「citrus」、「ハクメイとミコチ」といった、須江さんが手がけた作品の舞台はどれも印象的で、現代劇だと聖地巡礼をした読者もいるはずだ。当記事では、そんな須江さんの仕事の醍醐味、影響を受けた作品、こだわり、経歴、美術職に求められる資質能力、今後の挑戦などを語っていただいた。

 

聖地巡礼したくなる舞台を作る


─テレビシリーズ制作でお忙しい中、本当にありがとうございます。早速ですが、美術設定のどのようなところにやりがいを感じますか?


須江信人(以下、須江) アニメを観た人たちに何かしら感じてもらって、「こういうところ行ってみたいな!」とか、「あの世界観よかったです!」とか言ってもらえると、やっていてよかったなと思います。


僕も子どものころは、アニメのキャラクターが好きだったんですが、専門学校で背景というものに触れて、それがないと世界観が成り立たないことや、キャラクターが演技する舞台を作る楽しさを知りました。


─今ではアニメの舞台となった場所を訪れる「聖地巡礼」も、ファンの楽しみになっています。


須江 「おねがい☆ティーチャー」(2002)は、実際にある場所をロケ地として使うと、ファンがそういうふうに世界観を楽しんでくれるんだな、と感じた最初の作品ですね。当時はまだあまり聖地巡礼的なものがなかったんですが、「ファンが結構、行ったみたいだよ」という話を聞きました。僕も、しばらくしてロケ地の無人駅に行ってみたんですが、ファンのノートブックが何冊もあってびっくりしました(笑)。「あの夏で待ってる」(2012)でも、地元の人たちによろこんでもらえたみたいです。


─「おねがい☆ティーチャー」は長野県が舞台ですが、須江さんも長野県ご出身ですよね?


須江 井出安軌監督が学生時代に過ごした、松本市や木崎湖がロケ地になっています。僕は佐久市のほうなので、少し離れていますが長野県人同士ということで、張り切ってデザインをした記憶があります。


─「citrus」(2018)は、東京が舞台になっています。


須江 「citrus」では修学旅行先の京都にロケに行きました。僕は東京の取材には行っていないんですが、藍原学院女子高等学校や柚子のマンションは、高橋丈夫監督やパッショーネさんが決めてきた場所を、ベースに作っています。柚子のマンションが建っている場所は、実際は豊洲の空き地なんですよ。通学の導線も、「ここの駅で降りて、こう行って……」と考えながら、決めていきました。

 

「未来少年コナン」が大好き


─影響を受けた作品は?


須江 宮崎駿監督の作品の影響が大きいですかね。ジブリブームが来る前の「未来少年コナン」(1978)が、テレビシリーズの中ではベストです。あと、「ルパン三世 カリオストロの城」(1979)も。自分の子どもたちにも強制的に観せていますよ(笑)。当時のスケジュールで、当時のクオリティなんですけど、構成力がすばらしいんです。30分枠がすごく短く感じて、家族みんなで「次はどうなるんだろう?」とドキドキハラハラしながら観ていました。


その後、松本零士さんの「宇宙戦艦ヤマト」(1974~75、1978~79、1980~81)や「銀河鉄道999」(1978~81)をきっかけにどっぷりアニメファンになり、「機動戦士ガンダム」(1979~80)や少年誌を原作としたゴールデンタイムのアニメもたくさん観ました。


─子どものころから作品の舞台に注目して、アニメを観ていたのですか?


須江 やっぱり好きな作品は、掘り下げると、キャラの延長で世界に目が向くじゃないですか。その作品の世界観はしっかりと覚えています。


世界観に強く影響を受けたのは、「天空の城ラピュタ」(1986)です。そのころはもう専門学校に通っていましたが、田舎に帰って、妹と一緒に観に行ったんです。妹が観たいと言うので行ったんですが、観た後は、ポスカラでパンフレットを見ながら、ラピュタを描いていました(笑)。


─1980年代は、ファンタジーやSFのアニメが充実していた時代でした。


須江 今はあまりにも少ないですよね。今、うちに来ている作品の約8割が、ラノベとか現代劇をベースとした、美少女ものやアイドルものです。オリジナル企画などのチャレンジングなものがあまり多くないように思います。そういう意味では、昔は原作に頼らないオリジナル作品がたくさんありましたし、ジャンルも宇宙だったり異世界だったり、家族のみんなで見るものも多くて、楽しかったです。


─尊敬する方は?


須江 作品に参加したりとか、教えを請うたりとかはないですけど、ジブリ作品で活躍されていた、男鹿和雄さんですね。あとは、小林七郎さんの小林プロダクションから出られた諸先輩方の絵というのは、ひとりの背景マンとしてやっていたころからシビレるなと思っています。とらえ方に無駄がなく、今でもとても勉強になります。

 

 

空想世界のデザインは楽しい


─お得意な背景やジャンルは?


須江 この仕事をするうえで自分が目指しているのは、オールマイティです。どんな依頼が来ても、一定以上のものを上げるよう心がけています。でも、個人的にはやっぱり空想系、ファンタジーであったりSFであったり、現実にない世界をデザインをするのが楽しいですね。


─原作付きの場合、どのように世界観を作っていくのでしょうか?


須江 ラノベは絵がほとんどないので、原作者の先生が作品づくりの時にイメージされたものを手がかりにしつつ、監督の作りたいものと、オリジナルで表現する幅みたいなものを聞いたうえで、デザインしていきます。


「デート・ア・ライブ」(2013~14)の時は、橘公司先生が東京の町田をイメージしていると聞いたので、町田にロケに行きました。内容はハーレムものなんですが、世界観は結構作りこんだ記憶がありますね。


─「Fate/Apocrypha」(2017)の設定は、いかがでしょうか?


須江 登場人物とか、諸々の小物とか、セミラミスの浮遊要塞とか、その辺のキービジュアルはメーカーさんからいただきました。ルーマニアのロケも、僕ら美術は行っていないのですが、A-1 Picturesさんの先発隊が行ってくれました。


それ以外は何も決まっていなかったので、いちから設定を起こしました。といっても、浅井義之監督のほうからも、いろんなイメージを提示してもらえたので、そんなに大変な印象はなかったですね。監督がかなり絵を描ける人だったので、監督のイメージしたものを走り描きでいたただいて、それを叩きにしながら、こちらから細部をつめて提案する形になりました。


─漫画原作だと、どう違ってきますか?


須江 「ハクメイとミコチ」(2018)は、樫木祐人先生の自然描写の密度がハンパなかったので、私のテクニックではそのまま設定にできなかったんです。テレビシリーズの背景としては、スタッフが描いていけるだけのクオリティラインの落としどころが、一番の課題でした。テレビシリーズなので、いろんなスタッフに仕事を分けて回さなくちゃいけないんです。一部の背景がすごくても、ほかがひどかったら、ひとつの作品としてはちぐはぐじゃないですか。全体として安定したレベルが、アニメ背景には求められると思っています。


─「ハクメイとミコチ」の背景は、すばらしかったです。


須江 ラルケさんとは、「このはな綺譚」(2017)でも一緒にお仕事していますが、2作品とも「背景のクオリティを重視したい」とのことでした。「ハクミコ」は「絵本チックに世界観を描きたい」という要望もあったので、手描き感にこだわっています。


僕は今、美術設定ともろもろのデザインがメインなんですが、「ハクミコ」では久しぶりに1話の背景も描きました。ほかに仕事がなかったら、2話以降もやりたかったぐらい楽しかったです。スケジュールは厳しくてヒィヒィなんですが、それでもスタッフは「『ハクミコ』の背景は楽しい!」と言っています。デジタルになっちゃうと、素材を加工したり、切り張りしたり、効率優先の作業になりがちなんですが、「ハクミコ」はレイアウトをベースにいちから描いていて、絵描きとして満足感があるんですよね。


─具体的にはどこを担当されたのですか?


須江 キービジュアルと、OPからAパートまでをやっています。森などの自然物が描きたかったんです。


─樫木さんの反応はいかがでしたか?


須江 キービジュアルを見ていただいた時には、「このクオリティでやっていただければ、問題ないです。ただ、本当にこれでいけるんですか?」といったお話がありました(笑)。


─劇場版「APPLESEED」(2004)では、原作とは違うタルタロスデザインも提案されたそうですね。


須江 士郎正宗先生のイメージはディスク状だったんですが、監督の荒牧伸志さんから「別のアプローチもあれば、おもしろいんだけどね」というお話があったので、「ミラー状の構造物がある」という条件をキープしながら、デザインアプローチをいろいろ変えて提案をしました。結果的には、士郎先生のイメージを引き継ぐ形になりました(編注:須江さんのタルタロス案は、書籍「背景画集 草薙2 SF編」を参照)。


でも、「APPLESEED」の後に作った、「EX MACHINA」(2007)のタルタロスは、まったく違うものになっているんですよ。かなり気合いを入れてデザインしましたね(笑)。

 

方角を意識して作る


─お仕事で必ず守っているルールはありますか?


須江 僕はふだんの生活でも方角を意識していて、設定でも向きがすごく気になりますね。監督さんによっては東西南北全部決めて、「学校はこっち向きでお願いします」という方もおられるんですが、「全然気にしてないです」という方もおられます。


方角を気にしないで設定を作成しておくと、同じ向きなのに、西日も入るし朝日も入るし、みたいなことが起こってしまうんです。「画作りのためにはそれでもいい」という監督さんもいるので、その時はそうですかとなりますが、そういった指示がないのであれば、方角を意識して立地を組み立てるようにしています。東西南北は、何も言われなければ、こちらが決めて作っています。


─「クロスアンジュ 天使と竜の輪舞」(2014~15)のアルゼナルも、方角を意識して作ったのでしょうか?


須江 芦野芳晴監督にどこから朝日が上がるのかを確認して、日が当たる時に陰影がうまく取れるように立体を作りました。お墓のシーンでも、「この向きなら、アンジュが西日を浴びられますよ」とお話した記憶があります。昼間はともかく、朝夕は光の方向が統一されていないと困るじゃないですか。そういうのが設定段階で、スタッフの共通認識として初めから組まれていれば、ぶれないで安心して作業できます。


─そのほかに、気をつけていることはありますか?


須江 予算に見合った仕事をする、ということですかね。相手はそれを望んで予算を組むので、それに見合ったものを出さないと失礼じゃないですか。


でも、大体うちのスタッフは、オーバーワークになっちゃって、予算以上のことをやっちゃっているんですけどね(笑)。絵描きとして表現したいという欲求がありますから、どうしても追求したい部分はやっちゃうんです。


─過去の作品では、社名を背景に入れたりしたこともあったとか。


須江 昔はよくそういった遊びをやっていましたね。お墓のシーンで知り合いの苗字をつけたりもしましたね。前の会社でやった作品には別のスタッフが「須江家の墓」とか、「須江病院」とか描いたこともありますよ(笑)。今は表記がかなりうるさくなっているので、難しいかもしれませんね。


─作品参加の基準はありますか?


須江 会社としては多人数で作業をするので、バランスですね。重い作品だけを受け続けちゃうと、会社が疲弊(ひへい)してしまいますし、かといってライトな作品だけだと、しっかりした美術をやりたいというスタッフが満足できないですし。その辺は、ある程度スタッフが関われる選択肢があるようにしています。作品の内容もとても重要です。割とスタッフのモチベーションは、そのウェイトが大きいです。


個人としては自己完結できるゲームの設定を描いているほうが、モチベーションは上がります。アニメだと、自分が関わらないといけないかな、と感じる作品には関わるようにしています。過去にお仕事をした監督さんからお話をいただいた場合は、ひとりのデザイナーとしてうれしいので、前向きに考えがちです。しかし、どういう作品づくりをしようとしているのか、スケジュールが大丈夫な制作会社なのか、誰が適任なのか、もろもろ込みで請けるようにしています。


─長井龍雪監督とは、「あの夏で待ってる」や「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」(2015~17)でご一緒されています。


須江 僕もさることながら、長井監督作品は、美術監督の川本亜夕との相性がよかったんじゃないでしょうか。美術としては美術設定よりも、美術監督が何をどういうふうに落とし込んだか、というのが印象に残るので。

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