キーやスケールの選択は慎重に
─作曲の手順や手法についてお尋ねします。何か決まったやり方はあるのでしょうか?
櫻井 工程的にはまず原作や脚本をひと通り確認していって、絵コンテやキャラ表、美術設定等の設定資料もいただくことが多いので、それも一緒に確認します。最初は、テーマ曲の作曲をすることが多いですね。それから、テーマ曲の世界観を軸にしてほかの曲にも取りかかっていく、という感じです。具体的な作曲は、大まかな編成とか規模感をまず決めて、その次にメロディとかリフを考えてアレンジをしていくことがほとんどです。ストリングスなり生楽器に差し替えるだけの状態になるまでは「Logic Pro X」(編注:音楽制作ソフト)を使って打ち込みで作っています。
あとは意外と、キーとかスケールの選択を慎重に行っています。キーによって「家族を感じるキー」、「友情を感じるキー」、「ラブを感じるキー」というのがあって、同じメロディでもキーによって印象や世界観が全然違うんですよ。作品世界の情緒も考えて、キーやスケールは選ぶようにしています。
─シンセサイザーによる音の創造力・再現力は飛躍的に進歩しましたが、生楽器へのこだわりは?
櫻井 もちろんあります。マリンバやパーカッションなどは打ち込みでやる方も多いと思うんですけど、「やっぱりプロの方に演奏していただいたほうが、生き生きしてくるな」と、最近すごく実感しているので、積極的に生で入れていきたいなと思っています。ティン・ホイッスルとかピアニカとか、ちょっとした小物打楽器系とかは、自分で演奏して入れることが結構ありますね。この場合はうまさじゃなく、「ちょっと情緒が出たらいいな」という考えで入れています。
サンプリングという選択肢、楽器編成で変わるスタジオ
─愛用の楽器を教えてください。
櫻井 ティン・ホイッスルやロー・ホイッスルは結構種類を持っています。同じ縦笛だと、リコーダーも何本か持っています。あとはピアニカ、小物打楽器系、トイピアノとかですね。私はシンセを積極的に使うタイプではないんですよ。ソフトシンセでも小物打楽器やトイピアノはあるんですけど、ハイファイ過ぎたり、もうちょっと素朴感が欲しいなとか思ったりする時は、自分で演奏したり、サンプリングしたりしています。
─サンプリングですか。実写映画だと、武満徹さんが「怪談」の中で竹の割れる音を、ジェリー・ゴールドスミスが「猿の惑星」で料理用ボウルの音を使っていましたね。
櫻井 私は大学院時代にアニメーションとの共同制作の中で、ミュージック・コンクレート的な手法で音楽を作ることが何度かありました。プロになってからは、扉を閉める音とか、生活音をサンプリングしてリズムトラックを作り、実写ドラマで使ったことがあります。最近、「ちょっとおもしろい音がほしいな」と思って、1940年代に使われていたタイプライターを買って、サンプリングしたんですよ。作品の中で使ったことはまだないんですけど、これから機会があったら使おうかなとか考えたりしています。
─レコーディングスタジオは、音響ハウスやFREEDOM STUDIO INFINITY(フリーダム・スタジオ・インフィニティ)の使用が多いようです。
櫻井 スタジオは、編成によって変わってきます。「まちカドまぞく」の場合は、ストリングス、木管楽器、ブラス辺りを音響ハウスさんで、リズムものとかギター系とかピアノとかは、FREEDOM STUDIOさんで録らせていただいています。音響ハウスさんは1日のみで、後は全部、FREEDOM STUDIOさんでレコーディングしました。自分で弾いてみて思ったんですけど、FREEDOM STUDIOさんのピアノは、ビンテージですごくいいんですよね。打ち上げで桜井監督も、「ピアノの音、すごくよかったね」と言ってくださったので、また機会があったら使ってみたいなと思っています。
─個人的に「まちカドまぞく」のピアノ曲で印象に残っているのは、「しんみり」です。シャミ子が桃の失敗したハンバーグを「私のためなら」と喜んで完食する6話のシーンや、成長したシャミ子が「私自身の戦う理由をやっと見つけられた気がします」と言う12話のシーンで使用されていました。
櫻井 「しんみり」は、FREEDOM STUDIOさんのピアノですね。私が弾いています。
─そうだったのですね! ピアノをご自身で演奏するのは、何か特別な理由があるのでしょうか?
櫻井 ピアノは子供の頃から弾いていまして、レコーディングでもなるべく自分で弾きたいと思っています。打ち込みの時点で自分で弾いているので、譜面に起こす作業を入れるよりも自分でダイレクトに弾いたほうが、そのままのイメージでできるのでやりやすいんです。
─「セリフとの兼ね合い」に配慮しているとのことでしたが、アフレコやダビングにも参加するのですか?
櫻井 それはまだないんですけど……アフレコは機会があれば、見てみたいですね。声優さんの過去の出演作品は、今でも観ています。たとえば「まちカドまぞく」の桃の声は、どういう声になるのか全く想像がつかなかったので、鬼頭明里さんの出演作品をいろいろ観ました。
日音ならではの「共同作曲」
─そのほかに、お仕事上のルールとか、気をつけていることはございますか?
櫻井 劇伴をひとりで担当して、しかもスケジュールが厳しい、という時には、常に今後作る曲のアイデアを考えてメモするようにしています。「放課後ていぼう日誌」は、年末年始を挟んだこともあり結構キツキツな感じで、1日1~2曲ずつ上げていかないと間に合わなかったので、移動中とかお風呂に入っている時とかもずっとアイデアを考えていました。逆に、「五等分の花嫁」や「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」のように複数人で担当する場合には時間があったりするので、少し余裕を持って、いろいろ調べたりしながら作っていました。
─共同作曲の場合、役割分担はどうされているのですか?
櫻井 日音には「作家育成プロジェクト」というのがありまして、新入社員はそこで3年間一緒に学んでいるので、お互いに「誰が何を得意としているか」、よくわかっているんですよ。あと「これは自分が作りたい」という時には、皆で話し合って決めていますね。
─「五等分の花嫁」はキャラクターごとにテーマ曲がありますが、櫻井さんは「三玖のテーマ」と「らいはのテーマ」を担当されていますね。
櫻井 「三玖のテーマ」は、「私、これ作ります!」と立候補して作らせていただきました。ヒロインに関しては皆、それぞれ推しメンがいるんですけど、私は三玖推しなので、迷わず三玖を選びました(笑)。
─息抜きでしていることは?
櫻井 ここ最近、運動の必要性を感じているので、走るようにしています。もともと体を動かすのは好きなんです。楽器の練習も普通に好きなので、ピアノもそうですし、今はギターの練習もしています。あとは女の子のアイドルが好きで、欅坂46、日向坂46あたりが好きなんですけど、彼女たちのライブ映像を観たりもしています。
─櫻井さんは歌ものも作曲され、WakanaさんやSphereさんにも楽曲を提供されています。女性アイドルの曲にもご興味ありますか?
櫻井 機会があれば、作ってみたいですね。
劇伴作家を志し、日音に入社
─キャリアについて簡単にうかがいます。アニメ業界に入られた経緯を教えていただけますか?
櫻井 作家育成プロジェクトでは、日音に社員として採用されます。ここで3年間、さまざまなお仕事をしながらプロの作曲について学びました。最初は、報道番組用の音楽だったり、選曲家さん用のライブラリー音源を作ったりとか、いろんなお仕事をしました。そういうお仕事をやるうちに、アニメのお仕事にも参加させていただけるようになった、という感じです。
─拙連載でお話をうかがった作曲家の羽岡佳さん(編注:https://akiba-souken.com/article/40736/)も、日音で音楽制作のアルバイトをされていたそうです。
櫻井 私はお会いしたことがないのですが、羽岡さんは日音時代に、千住明さんのお手伝い等もされていた、とうかがっています。実は、「五等分の花嫁」や「まちカドまぞく」の音楽プロデューサーである水田大介さんは、千住さんのマネージャーをしていた方で、羽岡さんのこともよくご存じなんです。
─櫻井さんは東京藝術大学の音楽環境創造科を卒業され、大学院で修士号まで取得されています。学生時代から映像音楽の仕事をご希望だったのですか?
櫻井 もともと「劇伴をやりたい」という目標が明確にありました。そして、日音の「作家育成プロジェクト」というのが、「映像音楽に携わる作曲家を育てる」プロジェクトだったので、迷わず日音の入社試験を受けました。
―日音HPによると、在学中に「アートアニメーションにおける音楽の研究・制作」をしたとのことですが、これはどういったものなのでしょうか?
櫻井 一番有名でイメージしやすいと思うのは、ノーマン・マクラレンの作品だと思います。私は大学院時代、音楽研究科音楽音響創造というところに在籍していたんですけど、藝大には映像研究科アニメーション専攻というのもありまして、そこに在籍されていた院生の方と、共同で作品を作ったりしていました。商業アニメとはちょっと路線が違ってくるんですけど、そこでしか得られない発見や作り方があって、それが今のお仕事にも生きているなと思っています。先ほどお話したミュージック・コンクレートも、その時に実践していたんですよ。
―学位授与は、論文審査でなされるのですか?
櫻井 論文と作品です。
―一般の大学と違い、藝術系大学では論文と作品の両方が必要になるのですね。どんな作品を作られたのでしょうか?
櫻井 学部卒業の時の作品は、監督の久保雄太郎さんとサウンドデザイナーの高橋郁美さんとの3人の共同制作になります。音響は9.1chサラウンドで作りました。大学院時代の研究テーマは「1960年代の日本の実験映像と音楽」だったのでそれに関する作品を、アニメーション専攻の駒崎友海さんと制作しました。こちらは5.1chフォーマットになります。
―その作品はYouTubeで視聴できますか?
櫻井 はい。お暇だったら、「00:08」、「out of my mind」で検索してみてください。音響は2chに落とし込んでいるのですが、ある程度は伝わると思います。