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映画には、「カットが切り替わった瞬間に映画になる」特権的な瞬間がある――
── キャラクターについてはどう思いますか? カオルもあんずも明朗快活な性格ではなく、人知れず悩んでいる高校生ですよね。 田口 現実に生きている10代の子たちが抱えていそうな、リアルな悩みをもったキャラクターに見えると思います。あんずなんて、自分が何者にもなれずにもがいている女の子ですから、同世代の人たちにはリアルに感じてもらえるんじゃないでしょうか。
── しかも、2人だけの秘密の中で、濃くて深い関係を結ぶことになりますね。 田口 似た悩みを抱えた者同士が共鳴しあった瞬間に生まれる安心感ですね。「この人とだったら、いいかな……」と思える関係性。そういう人たちは社会ではマイノリティかもしれないけど、彼らに寄り添うような映画にできたと思います。
── 監督としては、やはり主人公たちと同世代の若者に見てもらいたいですか? 田口 生々しい悩みを描いた作品なのですが、若い人たちがそういうリアルな悩みをアニメで見たいのかどうかはわかりません。「これこそが若者が真に欲しているアニメなんだ」というよりも、若い人が見れば、ひょっとして響くものがあるのでは……という気持ちです。多くの若者は、浮世離れしたアイドル的なキャラクターたちの出てくる華やかなアニメのほうに、好感をおぼえるのかもしれません。でも、インスタ映えしそうなきらびやかなアニメばかりではなく、クラシックで豊潤なアニメの世界もあるんだ……という見方をしてもらいたいです。
── きらびやかな青春に背を向け、後ろ暗い人生を歩んでいる若者たちを救ってくれるアニメが、「夏トン」なのかもしれませんね。 田口 企画の当初から「新しい青春映画にしたい」と話していましたし、デートムービーとしても成立するようにしてほしいという製作側からのオーダーもありました。なので、華やかではないにしても、自分なりにエモく感じる演出は入れたつもりです。過去に僕が映画を見ていてハッとした体験を、この映画でも味わってもらいたいんです。心が躍るように盛り上げて、ひたすら気分を高揚させるだけが映画の感動ではない……そうした表現に対するアンチテーゼをずっと持ち続けてきたので、「夏トン」はこのような個性的な作品になったのかもしれません。
── ちなみに、田口監督が過去に感じた映画ならではのハッとした体験とは? 田口 ポピュラーな例をあげると、「ジュラシック・パーク」。ブラキオサウルスが初めて現れるシーンで、女性の科学者が「ジュラ紀に絶滅した植物なのに」と葉っぱに熱心に見入っていると、男性の科学者は何かに気がついて、サングラスを外して立ち上がる。そして、無言で女性科学者の頭をつかんで、振り向かせるんです。すると、女性科学者も唖然として立ち上がる。そこでようやく、ブラキオサウルスが画面に映るんです。カットが切り替わる瞬間に初めて映画になるというか、まさに“映画ならではの特権”とも言うべき贅沢な体験です。僕はそういう体験を映画から得てきましたから、若い人にもその鮮烈な感覚を味わってもらいたいんです。
── アニメの制作スタッフと、そういう話はしますか? 田口 「ここに、こういうカットを挿入すれば心情を描けるよね」といった技術論は話します。「緊迫したシーンではアップを多用して、ロングの絵は避けたほうがいいな」といったルールはありますが、まだまだ試行錯誤を続けている段階で、体系化はできていません。単にカットを積んでいくというよりは、「いかにノイズを取り除くか?」という考え方をしています。先ほど話した半プレスコの手法も同じで、ノイズを入れずに感情を伝えることが大事なんです。「夏トン」は「ハイブローな映画」とも呼ばれ、年齢の高い方たちにも届いているようですが、僕は多くの人にしっかり伝えることを心がけて、映画をつくっています。「わかる人にだけわかればいい」という映画にはなっていないので、できるだけ多くの方に見てほしいですね。
(取材・文/廣田恵介)
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