富野由悠季の監督デビュー作、「海のトリトン」はギラギラした怒りと渇きに満ちている【懐かしアニメ回顧録第93回】

2022年08月20日 11:000
富野由悠季の監督デビュー作、「海のトリトン」はギラギラした怒りと渇きに満ちている【懐かしアニメ回顧録第93回】

今月、富野由悠季監督の「GのレコンギスタV」最終章「死線を越えて」が公開された。富野アニメのルーツといえば、初めてテレビシリーズの監督を務めた「海のトリトン」(1972年)であろう。
原作は手塚治虫のコミックだが、アニメ版は大きくアレンジされている。主人公のトリトンはトリトン族の末裔で、自分の一族を滅ぼしたポセイドン族に報復するのだが、アニメ版の最終回では、実はポセイドン族こそ古代文明で生贄にされた被害者であったことが判明する。この最終回は富野監督によるオリジナルだが、セリフによる説明が多すぎて、演出的には今ひとつ。むしろ、トリトンが育てられた漁村を旅立つまでを描いた第1話「海が呼ぶ少年」に、新人監督・富野由悠季の才気を感じる。

海辺にそそり立つ岬は主人公の超えるべき目標であり、海と陸の世界を分かつ象徴


第1話「海が呼ぶ少年」は、絵コンテ・演出とも富野監督によるもので(絵コンテは斧谷稔名義)、「漁村の中で仲間外れにされているトリトン」、「トリトンの生い立ち」、「ポセイドン族の襲来」、「トリトンの旅立ちと育ての親との別れ」を30分とは思えぬ濃度で描いている。ポセイドン族の放った怪獣が、小さな漁村を襲うスペクタクルな描写も圧巻だ。

トリトンの暮らす小さな漁村には“猪の首岬”という岬があり、これが重要な舞台となる。猪の首岬の真下には波が渦巻いており、飛び込むのは危険とされている。猪の首岬は、以下の重要なシーンに登場している。

(1) 第1話の冒頭で、トリトンは猪の首岬に登っている。トリトンの育ての親である老人・一平は岬に近づかないようにトリトンに叫ぶ。しかしトリトンは思い切って岬から渦に飛び込んで、無事に生還する。

(2) トリトンが岬から飛び込んだ後、一平はトリトンとの出会いを回想する。トリトンは13年前、猪の首岬の洞窟の中に捨てられていた赤ん坊だった。それを助けて、村人から冷たい目で見られながらも懸命に育てつづけたのが一平だったのだ。

(3) かつて生まれたばかりのトリトンを漁村まで運んだ白いイルカ・ルカーがポセイドン族の動向を察知して、トリトンへ告げに行く。ルカーの背後には、猪の首岬が映っている。

(4) ルカーは、トリトンを猪の首岬の洞窟まで運ぶ。トリトンの両親はポセイドン族に襲われて、生き残ったトリトンが海の支配者であるポセイドン族と戦うしかないと話す。家には、トリトン族の衣装と短剣(オリハルコンの剣)があるはずだとルカーは言う。

(5) ルカーが教えたとおりにトリトン族の衣装と短剣を家で見つけたトリトンは、「どうして今まで隠していたんだ?」と一平に背中を向けて走り出す。行き場のないトリトンが行きついたのは、猪の首岬であった。

(6) ポセイドン族の放った怪獣、サラマンドラが漁村を襲うが、ルカーの機転でサラマンドラは猪の首岬に頭をぶつける。その衝撃で岬は崩れて、サラマンドラは絶命する。

シーン(1)では、猪の首岬に登るトリトンを見守る子どもたちのセリフも聞きのがせない。「登ったって飛び込めやしねえぞ」「途中で落ちたって知らねえぞ」「村でも岬から飛び込んだヤツなんていやしないんだからよ」……つまり、猪の首岬を登って渦の中へ飛び込む行為には、度胸だめしの側面がある。その乗り越えるべき目標が、シーン(6)で壊れる。目標そのものが消えて、物語がシフトチェンジするわけだ。
シーン(3)では、ルカーがトリトンに接触しようとするが、トリトンのいる民家の前には猪の首岬がそびえている。いわば、岬は海の世界と陸の世界を分けへだつ象徴でもあるのだ。(2)と(4)の岬の洞窟のシーンも、トリトンが海と陸の境界に生まれた存在と考えれば説得力が出てくる。海と陸を隔てる岬がシーン(6)で壊れてなくなったことによって、トリトンの心の中でも障壁が取り払われて、彼が海へ旅立つ動機づけともなっている。


海と陸のはざまでアイデンティティに苦しむ少年の姿を、あざやかに描く


また、自分の出生の秘密を知ったトリトンが一平のもとから離れるシーン(5)も、とても印象深く描かれている。
一平が家の奥に隠していたオリハルコンの剣を見つけたトリトンは、ルカーの言葉どおり自分が陸の人間ではなくトリトン族だと知ってショックを受け、「俺は、俺は……」と立ち尽くす。「トリトン、お前どこに行く?」と一平が呼びかける。一平の声を振り切るように浜辺へ駆け出したトリトンを、カメラが追う。ガラッと石のかけらがフレームの外から落ちてくる……カメラがPANすると、トリトンはすでに猪の首岬の岩肌を登っているところだ。わずかに時間が省略されることで、行き場のなくなったトリトンの焦燥感が伝わってくる。
トリトンは、疲れたように岬にへたりこむ。その苦しげな表情をアップでとらえたカメラが上へPANすると、青く輝く海の向こうで、ルカーが跳ねている……。そう、答えは出ている。岬を越えた先に、苦悩するトリトンの進むべき世界が広がっているのだ。このシーンでのトリトンのセリフは数えるほどだが、背景に力強く描かれた灼熱の太陽、前衛的な劇伴、荒々しいトレス線、誠実なカメラワークがトリトンに本物の命を与えた。それは、完璧に美しい。トリトンの迷いや怒り、疲労感までもが、じりじりと画面からにじみ出てくる。

今回は猪の首岬にまつわるシーンだけを拾ったが、第1話はアバンタイトルにも注目だ。すでにトリトンは陸をはなれて、ルカーの背にまたがって海原を勇ましく進んでいる。周囲ではトリトンの率いるイルカたちの軍勢が、襲いかかるポセイドン族の怪物と死闘を繰り広げている真っ最中だ。
いきなり修羅場から始まるのは「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」(1988年)や「Gのレコンギスタ」(2014年)でもおなじみの手法、富野アニメの真骨頂である。野心的でギラギラした「海のトリトン」、ぜひとも見ていただきたい。

(文/廣田恵介)

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