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▲ 第5会場 富山県美術館
「アニメの展覧会」ではなく、富野由悠季というひとりの作家にフォーカスする
── 近年はアニメ・漫画関連の美術展が増えていますが、なかには会場限定の物販がメインで、展示物はオマケじゃないのか?と疑ってしまうような安易なものもあります。 山口 はい、確かに。それに、出版社や新聞社が企画して、美術館は場所を貸すだけ……というパターンもまた多いです。そうしたパッケージ化された企画展では、展示物はどこか大手メディアとかプロダクションが先に決めていて、美術館は中身を点検して指示されたとおり設営するだけです。「富野由悠季の世界」展はそうではなく、もともと富野監督を好きな人がもう一度認識を改めるぐらい、富野由悠季という作家のすごさを伝えたかったんです。展示を通して「アニメ作品はこれだけ手間暇をかけてつくられている」と説明するだけでは不十分で、富野監督の強力なディレクションがあったからこそなのだ、という部分をしっかり伝えたいと思いました。
── かつては玩具の宣伝番組、30分のCMと揶揄されていたロボットアニメを、公立美術館というアカデミックな場で取り上げる意味は、何でしょう? 山口 「アニメだって美術作品なのだ」というジャンル分けにはこだわっていなくて、たくさんの作家がいる中で、今回は富野監督というすぐれた作家を取り上げた……というスタンスです。その作家が、たまたま商業アニメーションの世界で活躍していただけのことです。視覚表現として評価したとき、数多あるアニメーションの中でも富野由悠季の作品はとりわけすごい。それを伝えるための展覧会です。アニメの展覧会ならほかにもありますが、この展覧会はあくまでも“ひとりの作家の展覧会”なのです。
── いま、上野の東京都美術館でゴッホ展が開催されているのですが、たとえばゴッホの絵画と富野作品の資料類は同じ扱いでしょうか? 山口 もちろんです。ただ、ゴッホの絵画をはじめとした近代美術の作品はしっかりと額装されているし、海外への輸送にも適したベストな状態で保存されていると思います。それに比べて、アニメ現場の資料は粗末な紙に書かれていることが多く、取り扱いは絵画作品よりも慎重にならざるを得ませんでした。新潟市新津美術館に巡回した時点で、実は半分ほどの資料をサンライズに返却しています。それは展示スペースの都合なのですが、展示内容の魅力が半減しているかというと、むしろ密度は上がっています。それに、新潟会場から新しく富野監督が提供してくれたレアな展示物が見られます。虫プロを辞めるか辞めないかの時期につくろうとしていた「A POINT」という企画のみの実験作で、絵コンテばかりかキャラクターデザインまで富野監督が行った貴重な作品です。展示作品は私たち学芸員が選んでいて、富野監督から「これはぜひ」と推薦されていたのは与圧服の写真ぐらいでした。「A POINT」のように、新しく見つかった資料を「展示に加えてほしい」と提供してくれたことは、長い会期中でも初めてのことです。
── 富野監督も、開催を喜んでいるのでは? 山口 はい、監督がいちばん喜んでいると思います(笑)。最初の福岡会場に来るまでは、私たち学芸員が何をどうしているのか、まったくわからなかったと思います。ですが、会場に入ってからは、ずっとニコニコしていました。さらに新しい会場に移るたびに足を運んでくださって、「ひとつの会場だけで見た気になるな」とまでアピールしてくれました。会場ごとに、少しずつ展示方法や内容を変えているからです。そのおかげで、すべての会場を回ってくれたファンの方も現れて、私たちもほかの展覧会ではできない体験をさせてもらいました。
▲ 第6会場 青森県立美術館
── お客さんは、どういう方が多かったのですか? 山口 40~50代のガンダム世代の男性ばかりと思いきや、30代以下の若い方や女性、また富野監督と同世代の高齢の方も見えられて、かなり多彩でした。驚いたのは、高齢の女性とその息子さんらしき男性です。もしかすると、男性がお母さんを連れてきたのではなく、お母さんが引きこもりの男性を外に連れ出すために展覧会を使ってくれたんじゃないかな……と想像しています。だとしたら、文化面以外で社会貢献できたことになりますね。
── 「富野由悠季の世界」展をきっかけに、美術館へ足しげく通うようになりました。 山口 福岡市美術館でも「富野由悠季の世界」展で初めて来てくれた新しいお客さんが、アニメと関係のない企画展にも来てくれるようになりました。アニメに興味があって特定の作家が好きな人は、アニメしか見ていない可能性があるので、ほかのジャンルにも興味が広がってくれたとすればうれしいことです。美術館は企画展だけ鑑賞して帰ってしまっても構わないのですが、ショップやカフェもあるし、その美術館でしか見られない常設展示もあります。何よりも、いつもの生活とは違う非日常の空間を楽しんでいってほしいと思っています。
── 来年2月には、展覧会のBlu-ray(富野由悠季の世界 ~Film works entrusted to the future~)も発売されるそうですね。 山口 たとえば、現代美術のインスタレーションで、作品の設営前の状態では作品の記録写真を撮ることができず、設営後に作品の完成状態を撮影して、本として出版することはあります。ところが、今回のBlu-rayは展覧会そのもののドキュメンタリーとなっています。作品のクリエイターだけでなく、学芸員のインタビューまで収録されるのは展覧会としては初めてのことかもしれません。展覧会を通して私自身もアニメのつくり方を勉強できたし、「やってよかった」と心から思います。
▲ 撮影:山崎信一
(取材・文/廣田恵介)