MBSの「コンテンツビジネス」に興味を持ち、アニメ業界へ
─キャリアについてうかがいます。まずはアニメ業界に入ったきっかけからお聞かせください。
前田 毎日放送に入社して、最初はラジオ局ラジオ営業部に配属されました。そこで4年間勤めた後、東京支社のテレビ編成部に移り、アニメを担当することになりました。当時のうちの若手の社員って、ジョブローテーションで2、3年で必ず異動させられるんですよ。先輩から「自分の希望を出しておかないと、どこに行かされるかわらかんぞ」と言われたので、「異動するなら、東京でアニメをやってみたいです」と言ってみたんです。
ラジオ営業時代から、「コンテンツビジネス」に興味があったんですよ。ラジオの音声コンテンツを使った着ボイスで先輩が営業されているのを見て、「リスナー層がどんどん限定的になってきている中、こういう生き残り方があるんだな」と驚いた記憶があります。「本格的にコンテンツビジネスに携わってみたいけど、MBSだったらアニメだな」と短絡的な考えで希望してみたんですけど、本当に異動になりましたね。
─当時からアニメの可能性を見出しておられたのですね!
前田 勉強不足でしたけどね……。「ガンダム」も、1作目の「機動戦士ガンダム」(1979~80)ぐらいしか観ていない状況で行ったので。
─過去のインタビューによれば、大学時代に演劇部で脚本や演出をされていたそうですが、実写ドラマにご興味はなかったのですか?
前田 実写ドラマといっても私が入社当時のMBSは、昼ドラが中心で今のように深夜ドラマを制作していませんでした。それにコンテンツの二次利用は、アニメしかやっていなかったと思います。放送局ではうちが初めてだと思いますよ、テレビのオンエア後すぐにネット配信サービスを行っていたのって。「将来、配信が当たり前になる」という発想でやっていたわけではないと思いますけど。
─アニメの最初のお仕事は?
前田 「コードギアス 反逆のルルーシュR2」(2008)TURN 16のアシスタントプロデューサーです。右も左もわからないままアフレコに連れていかれて、脚本家の大河内一楼さんの隣に座りましたね。本当に何にも教えられないまま、現場に行きました。
─プロデューサーデビュー作は、「戦国BASARA」ですよね?
前田 そうです。「戦国BASARA」は、先輩の丸山博雄が立ち上げた企画なのですが、「現場のプロデューサーとして入ってみろ」と言われてやりました。自分が現場の核にいたわけでも全くなくて、「プロデューサー」という肩書を付けてやらせていただいた感じです。でも、そこでのつながりが先々の「進撃の巨人」にもつながっているので、むちゃくちゃいい企画に出会わせていただいたと思っています。
─師匠的な方は、やはり丸山さんでしょうか?
前田 丸山と、「機動戦士ガンダムSEED」(2002~03)や「コードギアス」の企画をした竹田靑滋です。2000年代以降のMBSアニメの基礎となるものを作ったのは、竹田と丸山ですよ。MBSアニメは1回死んでいる時期があって、丸山と竹田が「ガンダムSEED」で、再び盛り上げだしたんです。その時のクリエイティブ的な象徴が竹田で、丸山は実務上の契約から現場の細かい調整諸々をやっていました。竹田は、真似しようと思っても、真似できない独特なクリエイティブセンスを持っていて、有名なクリエイターの方や現場も知り尽くしている制作会社の社長さんたちとも、シナリオ会議で渡り合える人でした。
「進撃の巨人」と「結城友奈は勇者である」で得た成功体験
─キャリア上、転機になったお仕事は?
前田 2つありまして、「進撃の巨人」と「結城友奈は勇者である」です。自分でゼロから立ち上げてヒットに繋がった「結城友奈」は、プロデューサーとしてやっぱり大きな転機になりましたね。「進撃の巨人」は、原作があるのでゼロからではないですけど、「この作品おもしろいな」と思って仲間を集めて、講談社さんともお話させていただいて、爆発的なヒットへ繋がったので、あの時の成功体験もすごく大事になっています。
─ほかに印象に残っている作品はありますか?
前田 印象というところでいうと、APで参加した「魔法少女まどか☆マギカ」ですかね。2011年の3月11日は金曜日で、15時に震災が発生したので、関東で10話のオンエアができなかったんですよ。諸般の事情で「まどか☆マギカ」だけ放送再開が遅れている中、「なんとかして『まどか☆マギカ』を届けたい!」と、先輩プロデューサーたちができることを精一杯やっている姿を現場で見ていたので、この作品も忘れることはできないですね。
─「犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい」(2020)は、深夜のショートアニメという点、岸誠二さんが監督とアニメーションプロデューサーを兼任されている点で、少々変わった作品でした。
前田 僕がある会議で、「今度、ショートアニメの枠を作ろうと思っているんですよ」と話したら、岸さんが「やってみたい企画がある」と言われたので、後日喫茶店でお話をうかがうことになりました。そして、「ケンガンアシュラ」(2019)以降、むちゃくちゃマッチョになった岸さんがどんな企画を持ってくるんだろう……と期待に胸をふくらませていた僕の前に出されたのが、「犬と猫」だったんです(笑)。その話を講談社さんに持って行ったら、講談社さんも映像化に乗ってくださって。これまで全国ネットでやるショートアニメは、朝帯しかなかったと思うんですよ。なので「犬と猫」は、座組も特殊ですし、枠も特殊な作品になりますね。
─岸さんのプロデューサーとしてのお仕事ぶりは、いかがでしたか?
前田 もともと岸さんは、プロデューサー脳もお持ちの監督さんだと思います。監督としてのセンスももちろん長けているんですけど、「ウリになるものは何か」というのも、シナリオ会議で明確に示しているんですよ。だから、いつでもプロデューサーになれる人だと思います。「犬と猫」でもウリをわかっていて、「原作にある水彩のあの感じをそのままやります」と、岸さんが最初におっしゃっていましたね。
「コンテンツファースト」で、「信頼感」あるプロデューサーに
─アニメプロデューサーに必要な資質能力とは何でしょうか? 過去のインタビューでは、「企画力=創造力+実行力」という公式を提示されていました。
前田 そうですね……でも結局は、「信頼感」が一番大事だと思っています。出資者からは多額のお金を預かっていますし、クリエイターには「この作品は必ず世に出します」という保証をしないと、何のために作っているのかわからなくなりますし、信頼がなければ成り立たない業界だと思います。なので、信頼してもらいやすい人、頼りになる人、「この人がいたら安心できる」という人が、プロデューサーとしての才能がある人なのかなと。でも、一朝一夕で信頼感なんて育たないので、ちゃんと現場を繰り返して経験を蓄積していく、地道な努力がやっぱり大切ですね。
─拙連載でプロデューサーの大澤信博さんは、プロデューサーの育成が「急務」だとおっしゃっていました(編注:https://akiba-souken.com/article/43737/?page=3)。
前田 プロデューサーに限ったことじゃないですけど、僕は「与えられた立場でどういう成功体験をするか」が、人材を育成するうえで大事なことだと思っています。僕も「進撃の巨人」や「結城友奈は勇者である」で、いいタイミングで成功を経験させてもらいましたから。
テレビとアニメファン、テレビと配信の関係について
─現在のアニメ業界について、何か思うことはありますか?
前田 昨今、テレビ局がアニメに力を入れている傾向があって、新しいアニメ枠が開かれたりもしています。ところが、それが露骨でアニメファンには「今さらアニメにすり寄ってる」といった感じで受け止める向きもあって、同じテレビ局のプロデューサーとして、残念に思う気持ちがあります。でもこれは仕方のないことで、テレビ局は各局、ゴールデンにアニメ枠を開いていましたけど、その後閉じちゃって、アニメを一度、裏切っているんですよね。だから、また裏切るんじゃないかという疑いが、視聴者やネットユーザーの人たちにはあるんじゃないかと思うんです。
テレビ局のアニメに携わる人間には、「アニメは総合的に、長くやればやるほど愛されるコンテンツなんだ」ということを、わかったうえでやってほしいんです。アニメは世帯視聴率が取りにくいのは事実ですけど、録画や配信ではちゃんと観られているんですよ。テレビ局の「放送局ファースト」の考え方じゃなくて、ちゃんと作品ごとの「コンテンツファースト」の考え方でやるのが、テレビ局のアニメプロデューサーの正しい携わり方だと思います。
─世界規模でシェアを拡大させている、配信業界についてはどうお考えですか?
前田 テレビのライバルだって言われていた時期もありますけど、僕は全然そんなことはないと思っていて、むしろテレビと非常に相性がいい、相互補完できるパートナーだと考えています。テレビ放送を見逃してしまった人が、配信でフォローして、次の話数にはリアルタイムで帰ってくる、というケースもありますし、配信サイトも、配信先行や配信独占の作品より、テレビで話題になった作品のほうが数字の伸びはいいんです。
─コロナ禍のアニメ製作で、困っていることはありますか?
前田 オリジナルのシナリオ打ちは、やっぱりリモートじゃなく、対面じゃないとダメだと思いました。オリジナルって皆が沈黙して悩む瞬間がありまして、対面だと、悩んでいても進んでいる感じがあるんですけど、リモートだと、「完全に止まったな」、「あれ、通信障害かな」と思っちゃうんですよ。あと、雑談の中にも次の仕事の種があるので、対面できないとそれも失われてしまう。そういったやりにくさも感じています。
─今後挑戦したいことは?
前田 すでに動いている企画がありますので、それが世に出るのを楽しみにしていただければと思います。
─最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いいたします!
前田 これからもMBSは、「コンテンツファースト」の考え方で、皆さんに作品をお届けできるよう努めてまいりますので、全てのアニメーション作品の応援を引き続きよろしくお願いいたします!
●前田俊博 プロフィール
プロデューサー。株式会社毎日放送(MBS)東京支社コンテンツビジネス部副部長。2004年、毎日放送に入社。4年間のラジオ営業を経て、アニメ業界へ。「戦国BASARA」(2009~10)でプロデューサーデビュー。プロデュース作品には「進撃の巨人」(2013~)、「ハイキュー‼」(2014~20)、「結城友奈は勇者である」(2014~)、「ガンダム Gのレコンギスタ」(2014~15)、「Classroom☆Crisis」(2015)、「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」 (2015~17)、「91Days」(2016)、「ベルセルク」(2016~17)、「RELEASE THE SPYCE」(2018)、「荒ぶる季節の乙女どもよ。」(2019)、「炎炎ノ消防隊」(2019~20)、「犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい」(2020)、「呪術廻戦」(2020~)、「ホリミヤ」(2021)、「カノジョも彼女」(2021)等があり、ダークファンタジーからラブコメ、原作ものからオリジナル、ガンダム、ショートアニメまで、さまざまなジャンル・作風を手がけている。丸山博雄さんとともにMBSアニメの未来を背負って立つ、切れ者プロデューサーである。
※TVアニメ「進撃の巨人」 公式サイト
https://shingeki.tv/
※TVアニメ「結城友奈は勇者である」 公式サイト
http://yuyuyu.tv/
※TVアニメ「呪術廻戦」 公式サイト
https://jujutsukaisen.jp/
※TVアニメ「カノジョも彼女」 公式サイト
https://kanokano-anime.com/
※毎日放送(MBS)のアニメ番組一覧
https://www.mbs.jp/anime/
(取材・文:crepuscular)