リアルタイム世代にとって「エヴァンゲリオン」と庵野秀明とはなんだったのか? 「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」終映&アマプラ配信記念ライター&編集者座談会

2021年08月19日 17:160

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「シン・エヴァ」が手放したもの、獲得したもの。そして変わらなかったものとは


中里 清水さんと僕で見方の相違があるかもしれないと思うのは、ラストの“神木隆之介”バージョンのシンジとマリについてです。僕は最後に「君の名は。」のような演出をぶちこんだり、渚司令という謎の存在が登場したり、庵野監督の故郷である宇部新川駅の実写映像を入れたりしたことに、さほど意味はないと思っているんです。何か意味ありげだけど、実のところは意味のないシーンを入れることで、「エヴァ」というちゃぶ台をひっくり返すというか。主要キャラクターがみんな収まるところに収まるという、ある意味雑とも言える後日談を含め、ま、「エヴァ」なんてそんなに真剣に考えるもんじゃないよ、こんなもんだよ、という庵野監督の最後のひねくれなんじゃないのかなぁ。

清水 私は、先ほどもお話したようにマリの存在意義を明確に見せてくれたのが「シン・エヴァ」だと思っているので、神木隆之介を起用したエンディングには意味があると思っていて。そのうえで、アニメの専業声優ではない俳優や芸能人を起用する意義、というよく出てくる議論にもつながりますが、神木隆之介という爽やかな“若者”が最後を飾ったというか、そこも特殊なアニメキャラクターだったシンジを普通の青年に成長させたことに通じるような。シンジとマリが駆け出すシーンはアニメの世界に留まらないメッセージを表しているというか。だから、庵野監督にとってリアルの象徴でもある故郷がラストシーンの背景に持ってこられている。緒方恵美さんがシンジである世界は「エヴァンゲリオン」の内世界、アニメの枠内であって、ラストシーンはアニメという枠を超えた青春映画という意味を受け取りました。だから、神木隆之介の声で締めたのはすっごくよかったと私は思っています。

有田 「エヴァ」のテーマのひとつである日常に帰れ、現実に帰れというメッセージを象徴する存在が神木隆之介だった。

中里 そのあたりを非常にざっくりと、いい意味で雑にまとめている気がします。かつてはこのキャラクターの本質は、関係性とは……みたいなところで立ち止まって動けなくなっていたのが、そこはエンターテインメントとして駆け抜けているというか。

清水 そう、いい意味で雑、という説明はしっくりきます。「シン・エヴァンゲリオン」は物語としてきっちり終わってはいるけれど、使徒とは?といった「エヴァ」を彩る謎の部分はよくわからないまま終結させている。みんなが楽しめるように謎を振りまきながら、そこは本質ではない。大事なのは物語であり、成長を描いた青春部分です。つまり、限られた尺の中で一番に描くべきは少年期からの卒業、という割り切り。それはまさにいい意味で雑ってことですよね。だって、「エヴァ」を盛り上げた謎の部分からは一番遠い第三村のシーンであれだけ尺を取ったわけですから。

中里 物語の構成要素という意味では、冒頭のパリ解放のシーンは別になくても成立しますからね。もちろん超絶作画のアクションシーンとして、それが好きな人にとっては最高のサービスなわけですが。あらゆる層へのサービスをきっちりとしたうえで、シリーズ全体のフィナーレとして、1本の映画として成立させている点が非凡だと思います。

清水 「サービスサービス♪」な部分を盛り込みながらエンターテインメントに徹する、それは「みんな最後はハッピーエンドがいいよね」という声に応えた結果にも見えます。

有田 エンターテインメントとしての作品の在り方があったうえで、「エヴァンゲリオン」に囚われたファンたちに現実に帰ろうよ、というメッセージを提示しているんだと思います。

清水 その本質の部分はブレていないわけですね。

中里 だからやっぱり、あらゆることに折り合いをつけて、きっちり作品を終わらせた……という時点で僕的にはもう100点なんですよ。旧劇場版ではできなかったことなので。

清水 完結したことでもう合格点、と。

有田 やさしいなぁ(笑)。

中里 逆ですよ。それだけ僕が旧劇以降、“風呂敷を畳む”ということに関して庵野さんを信用していなかったということなので。シンジ君が父親と対立し、乗り越え、空想上のベストではないかもしれないけれどベターな形でそれぞれの物語が結末へと収束するということは、一番簡単で一番難しいことだと思っていました。

有田 シンジがゲンドウという父親を乗り越えるモチーフが描かれたわけですけど、実際に親になった自分の目線から見て刺さったのは、子どもたちのために何もできなかったと自嘲しながら、最後に艦に残って特攻するミサトさんだったんですよね。

中里 あれはもう完全に(「ふしぎの海のナディア」のネモ船長の)「ナディア、生きろ!」と完全に同じモチーフですよね。

有田 遡れば「宇宙戦艦ヤマト 完結編」の沖田艦長ですね。

中里 加持さんがやったことをもう一度ミサトさんにやらせるんですから、それだけ庵野監督の根に食い込んだ性癖なんだと思います。

有田 滅びの美学。そこに母親属性を追加してるのがちょっと新しいかなと思います、ミサトはかつてシンジの母親になろうとして挫折していると思うので。それが実際に母親になることで、シンジとの関わり方も変わっていく。親としてできることとして、最後は艦長としてひとり散華していくというのは美しいドラマですよね。

中里 自作他作含めて、過去の名作の名シーンを借景にするのはうまいですよね。

有田 旧劇場版からの本歌取りもあって、それはミサトさんが腹を撃たれて「死なないんかい!」という部分であったり、最後シンジと綾波が融合して離れていくシーンのリフレインであったり。旧劇を別解釈してアンサーを出している印象を受けました。

中里 キーアイテムにシンジのSDAT(カセットテーププレイヤー)があるんですけど、TVシリーズでは26を目指していた数字が、「シン・エヴァ」で28→29に進むんです。いろんな解釈があると思いますが、旧劇に魂を囚われた自分は「シン・エヴァ」はTVシリーズ26話、旧劇2作を経た世界線の決着でもあったと思います。かつてアスカの「……気持ち悪い」でぶった切られた海辺でのエンディングも、マリという王子様が次元の壁を超えてシンジ君を助けにくるシーンで上書きされている。さっき清水さんが評価されたラストシーンで。

清水 私はあのラストシーンが本当に好きで。繰り返しになりますが、ずっと「エヴァ」を追いかけてきた世代だけではなく、軽い気持ちで映画を見に来た人も受け入れられるエンターテインメント性がある。「エヴァ」を鬱アニメというカウンターカルチャーではなく、光を感じさせる王道に回帰した、庵野監督が描きたかったところに戻ってきたと感じます。

中里 庵野さんが血肉にしてきた作品は王道を行くものばかりなんだから、王道に対する憧れはあったはずですよね。そこに対する理想が高すぎて、迷路でいろんな壁にぶち当たった結果、カウンターカルチャーとしてアウトプットされるのが庵野さんなんじゃないかなと思います。

清水 「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」というゴールは、「エヴァンゲリオン」を誰にでも勧められる作品に引き上げたと思っています。

──お時間になりました。最後にまとめのひと言をいただけますか?

中里 繰り返しになりますが、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」は「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」「破「Q」の最終章であると同時に、僕にとっては旧エヴァで果たせなかったものを取り戻してくれた作品であるし、きっと庵野監督にとっても旧エヴァでやりたかったことを成し遂げた回答なんだと思います。受け手とおそらく送り手がそう思える作品が、僕が生きている間に世に生まれたのは幸せなことだと思うし、ありがとうと言いたいです。

有田 いいアニメって、見終わったら語り合いたくなるじゃないですか。ひとつの作品の世界で25年間も語り続けられて、これからも語り継がれていくであろう「エヴァンゲリオン」という作品はすごかったなと思います。今日も時間で区切らなければ永遠に話せると思うんですよ。

清水 いや、本当に。鑑賞しながら、シーンを止めながら、そして飲みながら話したかったですね。

有田 この、消費スピードが早く、選択肢が多い時代に、100億円稼いでみんなが語り合いたくなる作品、というのはオリジナル企画のアニメ作品ではもう出てこないかもしれない。昭和からつながってきた名作たちのひとつの集大成が令和に公開されているのはマイルストーンだなと思います。

清水 語り合いたくなるという点でも「シン・エヴァ」はバランスがすごくよかった。中里さんや有田さんたちのように詳しい人ならではの楽しめるポイントももちろん多い。けれども、シンジがうじうじしていて父親と軋轢があって、無口な綾波といつも怒っているアスカが近くにいて、エヴァンゲリオンというロボットに乗る、みたいな人でも楽しめる。物語の組み立てもスタンダードな文法にのっとっていて、なんだったら「シン・エヴァ」単体で見てもちゃんと楽しめるエンターテインメント作品に仕上がっていると思います。

中里 今まっさらな気持ちで「シン・エヴァ」を体験して、そこから歴史を楽しむ紐解く楽しみ方は今の時代の特権でもあります。アマプラでの「シン・エヴァ」が配信は、より広い層が「エヴァ」という世界の深みに飛び込むいい契機ではないかなと思います。

──ありがとうございました。

 

(文:中里キリ 協力:清水耕司、有田シュン)

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