ハリウッドの潮流である“メロディの排除”とエンターテインメントとしての“強いメロディ”のバランスの妙──『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』劇伴担当・澤野弘之インタビュー

2021年06月14日 17:060

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アニメ、ガンダムシリーズより、宇宙世紀を描く最新映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』が現在、公開中だ。

同作は、「機動戦士ガンダム40周年プロジェクト」の集大成であり、作品世界の拡大を目指す「UC NexT 0100」プロジェクトの第2弾作品(第1弾は『機動戦士ガンダムNT』)。物語の主人公はブライト・ノアの息子であるハサウェイ・ノアで、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を知る人にはおなじみだろう。反地球連邦政府運動「マフティー」の活動が激化する地球を舞台に、描かれるのはハサウェイと謎めいた少女・ギギを中心とした人間模様。やや大人のテイストの「ガンダム」だ。

 

そして、『機動戦士ガンダムUC』以後の「ガンダム」の音楽の世界のキーマンとなるのが、劇伴を手がける澤野弘之氏だ。澤野氏は『機動戦士ガンダムUC』『機動戦士ガンダムNT』『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の3作品で音楽を担当している。

 

今回は『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』公開を記念して、澤野氏にインタビューを行なった。
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──いつも、劇伴制作に臨む際に小説などは読まれるんでしょうか?

 

澤野 ケースバイケースですね。ハサウェイの場合はアニメの台本が上がった時点でシナリオは読ませてもらいました。

 

──台本や映像を見て、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』にどんな印象を持ちましたか?

 

澤野 『機動戦士ガンダムUC』や『機動戦士ガンダムNT』も戦争を扱ってはいるんですが、エンターテインメントを前面に出していたと思うんですね。『閃光のハサウェイ』にももちろんその面はあるんですが、よりシリアスで大人向けな作品になるのかなという印象を受けました。

 

──音楽を聴いても『UC』はエモーショナルな楽曲が多くて、エンターテインメントしてるなという印象でした。『閃光のハサウェイ』の音楽はどこかクールというか、キャラクターに寄り添いすぎていない印象を受けます。デジタルな音、多くないですか?

 

澤野 確かにそうですね、デジタルな音という意味では『NT』もその傾向はありましたが、『閃光のハサウェイ』は確かにそうかもしれません。音楽の打ち合わせの時、プロデューサーの小形尚弘さんからは、未来と宇宙を感じるサウンドを入れてほしいというオーダーがありました。

 

 

──これまでの2作と『閃光のハサウェイ』の音楽の変化についてもう少しうかがえますか?

 

澤野 最初の『UC』『NT』はエンターテインメント作品としてとらえていたので、メロディアスでわかりやすいメロディを多用して音楽を作っていました。『閃光のハサウェイ』の劇伴制作にあたってのポイントとしては、最近のハリウッド映画の音楽のトレンドである、メロディの排除が頭にありました。サウンドやリフで聴かせる音楽が多いんです。そういう路線を目指しつつ、ここぞという瞬間では強いメロディを使ってほしいというのがオーダーでしたね。

 

──その路線で制作する上での工夫やこだわりを聞かせてください。

 

澤野 メロディを使わない分、淡々とした音楽になってしまってはいけないなと思ったので、そこはアレンジや音のチョイスで工夫しています。音楽的な音の緩急を出せればいいなと思いました。『閃光のハサウェイ』はずっとクールで淡々としたトーンでも成立する大人の作品だとは思うんですが、やはりガンダムはエンターテインメントだろうという部分もあるので、シリアスなシーンでちょっと音を華やかにしたり、テンションを上げたりして観ている人を少し楽にすることも考えています。サウンドに宇宙や未来を感じさせるというテーマの中で、自分がイメージする映画の音楽で言えば、「インターステラー」や古い作品だと「ブレードランナー」のようなSF感のあるテイストは入れたいと思いました。

 

──ハリウッド映画の音楽というのはしっくりくる表現です。大作映画感のようなものは意識していますか?

 

澤野 うーん、劇場で公開される『閃光のハサウェイ』という映画の音楽を担当するんだということは心に置いていますが、「映画らしさ」は、さほど考えていないかもしれません。『UC』をやっていた頃から宇宙や戦争という基本のモチーフは変わっていないので。自分が作品から感じた壮大なものをそのままぶつければいいというスタンスは変わっていないので。

 

 

──完成した映像はご覧になりましたか?

 

澤野 ダビングの時におじゃましてその時点の映像を拝見しました。

 

──サウンドのマッチングなどはどうでしたか。

 

澤野 自分的にはどの音楽もよくハマっていたと思います。いち視聴者として純粋に作品に引きこまれる形で使ってもらっていたんじゃないかな。メインテーマが聴かせどころで流れた時は自分自身も、おっと思いましたね。

 

──いち視聴者として見た作品『閃光のハサウェイ』の印象はどうでしたか?

 

澤野 絵がすごくきれいでしたね! 村瀬修功監督の世界観は素晴らしいなと思いました。絵から伝わってくるクールな感じが肌に合うし、楽しいなと思いました。

 

 

──個々の劇伴について、印象的な楽曲やエピソードを聞かせてください。今回の劇伴で鍵になる楽曲はやはり「Ξ(クスィー)」でしょうか。

 

澤野 メインテーマとして作ったので、『閃光のハサウェイ』の中ではメロディを立たせて作った楽曲になります。「Möbius(メビウス)」は劇中のオープニングシーンで使う歌モノとして作っていて、ボーカルはmpiさん、Benjaminさん、Lacoさんに担当してもらいました。当初は男女デュエットにしてほしいというオーダーだったんですが、作詞も担当してもらってるBenjaminも入ったほうが、厚みが出るんじゃないかと思ったんですね。これはちょっと後付け感があるんですけど(笑)、デュエットというオーダーはハサウェイとギギを意識したものだと思うんですね。でもこの作品はケネスを交えた三角関係を描くものでもあるので、そこはリンクしているというか。音楽的なものを重視した結果、作品とリンクしたというのはよかったんじゃないかと思ってます。

 

──「Möbius」はこれからすごいものが始まりそうな期待感がすごいですね。

 

澤野 ちょっとミステリアスな雰囲気の楽曲というオーダーだったので。これまで(『UC』『NT』)はロックバラードや元気なエレクトロニカなどが多かったので、対比するうえで差別化できたんじゃないかと思います。

 

──Benjaminさんは「TRACER(トレーサー)」でもボーカルを担当していますね。

 

澤野 この曲はノリのいいダンサブルな楽曲という、全体の中では異質なオーダーでした。映像と一緒になった時の使われ方がよかったので、自分的には印象に残っている楽曲です。実はイントロの部分は、映像では原曲に対してちょっとこもった感じにエフェクトをかけていて、そこから音が開いていく感じで使われているんです。こういう使い方するんだ、と思ったんですけど、ちゃんと気持ちよさにつながっていたので面白いなと思いましたね。

 

 

──戦闘シーンで流れる「mSgH(エムエスジーエイチ)」もここでこういうシンフォニックな音楽を入れてくるんだと思いました。

 

澤野 ちょっと感情的なところですよね。戦闘シーンでありながらギギとハサウェイが抱きしめあっているような場面でもあるので、自分も引き込まれて面白かったです。

 

 

──個人的には「G1×2(ギギ)」もシティポップ感があってとても印象的です。

 

澤野 実はこの曲、レコーディングの直前まで作るかどうか決まってなかったんです。ギギとハサウェイのシーンで曲が必要だけど、歌の曲にするのか、インストにするのか、使わないのか。制作サイドがぎりぎりまで迷っていたんですね。最終的にインストになったんですけど、もうレコーディングに入ってしまっていたので、バンドとのセッションで作ることにしたんです。

 

──その場でですか!?

 

澤野 はい(笑)。コードを書いた譜面だけ渡して、雰囲気を口頭で伝えてあとはセッションで作っていったんです。そういう作り方をするのはあまりないので印象に残っていますね。

 

──制作の経緯が特徴的な楽曲ってほかにあったりしますか?

 

澤野 「20200723zr(ニゼロニゼロゼロナナニサンゼットアール)」はもともと劇伴として作る予定はなかったんです。元になる楽曲は「MNE(エムエヌイー)」というヒロイックな感じの曲で、個人的に気に入っていたんですが、気にいっている箇所の中に劇中で使われていない箇所もあるんです。サントラ用に、この曲のスローバージョンがあったら聴いてくれる人も喜んでもらえるかなと思って作ってみたら、実際に劇中でそのバージョンも使われることになって。嬉しかったし面白かったですね。

 

──やっぱり劇伴も、作り手が「ここが一番おいしい」と考える部分が必ずしも使われるとは限らないんですね。

 

澤野 世の中には映像の尺に合わせこんで音楽を作る人も多いと思うんですが、僕は基本的に尺を意識した作り方はしないので、そういうことは当然ありますね。

 

 

──『閃光のハサウェイ』は音響もこだわって作りこまれているようですが、劇伴の中で映画館のリッチな音で聴いてほしい曲はありますか?

 

澤野 オーケストラの曲は壮大に作っているので、より大きい音で聴いてほしいですね。「EARth(アース)」は序盤に台詞がない中でテロップと一緒に流れるんですが、ちゃんと劇場のサラウンドに合わせてミックスしているので、空間の広がりを感じてもらえるんじゃないかと思います。

 

──今回映像をご覧になったことで、第2部以降の音楽のイメージや構想って変わりそうですか。

 

澤野 引っ張られちゃう部分はあると思うんですが、僕自身は基本的に作品に取りかかる時は、自分の中に前情報を入れて音楽をせばめることはしないほうがいいなと思っているんです。だから次もフラットな気持ちで取りかかれればいいなと思いますし、第1部で「これが『閃光のハサウェイ』の音楽です」と提示した世界を広げていけるものにできたらと考えています。

 

──ここまでのお話を聞く限りでは、たとえば今回だと物語的に『閃光のハサウェイ』につながる『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の音楽を事前に聴いたりはしないのでしょうか?

 

澤野 聴くことはないですね。『UC』の時もそうでした。「ガンダム」ですから、歴代作品の音楽を聴き返す人もいると思うんですが、僕はそれを聴いてとらわれてしまうよりも、自分が感じた音楽を素直にぶつけるほうがいいと思っています。だから、過去のシリーズの音楽を聴いたりすることはあっても、制作が終わってからになりますね。

 

──ありがとうございます。最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします。

 

澤野 いろいろな状況がありましたが、ようやく公開できることになりました。僕もとても嬉しく思っています。自分自身はこの作品のエンターテインメントとしての部分も伝わるように音楽を作ったつもりです。まずは劇場で作品を楽しんでいただき、そのあとサウンドトラックで音楽をすみずみまで聴いてそれぞれのイマジネーションを広げてもらえたらと思います。両方楽しんでもらえたら幸いです。

 

 

(構成・文:中里キリ)

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機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

上映開始日: 2021年6月11日   制作会社: サンライズ
キャスト: 小野賢章、上田麗奈、諏訪部順一、斉藤壮馬、津田健次郎、石川由依、落合福嗣、武内駿輔、松岡美里、沢城千春、種﨑敦美、山寺宏一
(C) 創通・サンライズ

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