作曲家・伊賀拓郎 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第47回)

2021年05月29日 12:000

「フリーのピアノ弾き」が、運命の出会いを経て「アニメ作曲家」に


─キャリアについてお聞きします。国立音楽大学で作曲を専攻され、2006年には浅草JAZZコンテストのソロプレーヤー部門でグランプリを受賞された伊賀さんですが、アニメ業界にはどのようにして入ったのでしょうか?


伊賀 最初の頃は都内のライブハウスで、ジャズやラテンのピアノを弾いて生計を立てていたんですけど、この仕事は、お客さんの数によって報酬が変わるチャージバックなので不安定でしたし、「ピアノを弾くだけじゃなくて、曲も書きたいな」という気持ちもあったので、このままでいいのかとずっと悩んでいました。そこで、バイオリニストの今野均さんに相談してみたところ、「そういうのをやりたいんだったら、今やってる仕事は全部辞めて、立川から都心に引っ越して来い」と言われ、いろいろなところに自分を売り込んでくれたんです。


それからは、CM曲を作ったり、スタジオミュージシャンをしたり、いろいろやらせていただいていたんですが、ある時、呼ばれた先にたまたま、音楽プロデューサーの西辺誠さんがおられたんです。「艦隊これくしょん -艦これ-」(2015)のレコーディングでした。その時、西辺さんに「自分はピアノ弾きですけど、アニメの音楽も作りたいんです!」と思い切ってお話したら、「じゃ、作ろうよ」と言ってくださって。何の実績もない、フリーの人にいきなり頼むってキチガイの所業なので(笑)、そういう型破りな人がいなかったら、自分はきっと劇伴作曲の仕事はできなかったと思います。なので、今野さんと西辺さんには、今でも本当に感謝しています。


─まさに運命的な出会いですね。劇伴デビューとなった作品は何でしょうか?


伊賀 最初にお試しで、劇場ショートアニメ「夕やけだん団」(2015)をやらせていただいて、その後に紹介されたのが「緋弾のアリアAA」(2015)でした。「アリアAA」は、初めてのテレビシリーズだったので、右も左もわからない状態で飛び込みました。西辺さんは、「こういうメロディラインがいい」、「こういう展開がいい」というのが必ずある人なので、最初のうちは何度も、「そうじゃないんだ」とはねのけられましたね。でも、そういうのを繰り返していくうちに西辺さんが求めているものが理解でき、自分もその枠組みの中でカッコいい音楽を追求することができるようになりました。めちゃくちゃ大変でしたけど、すごく勉強になりました。


─「アリアAA」のアクションシーンで使用されていたスコアは、ハリウッドテイストを感じました。西辺さんから、そういったオーダーはあったのでしょうか?


伊賀 ありませんでしたが、「オーケストラとデジもバキバキに入れて」といったお話はありましたね。久しぶりに聴き直してみると、「攻めてんなぁ、こいつ」と思います。どういうことかというと、弦楽器とか木管楽器とか、楽器のギリギリの枠組みを目一杯使って、メロディラインを組み立てているんです。「普通だったら、それは演奏が大変だよね」というのを、遠慮せずにぶつけていきました。その時のストリングスは門脇大輔さんだったんですけど、門脇さんからは、「伊賀君、これさぁ……」と小言を言われましたね(苦笑)。演奏家からしたら、戦闘曲はどれも嫌だったと思います。ちなみに、「風夏」や「月がきれい」でも、門脇さんに演奏していただきました。


―アニメ劇伴で師匠的な方はいらっしゃいますか? 西辺さんでしょうか?


伊賀 西辺さんからは色んなことを勉強させてもらいましたけど、師匠というわけではありません。自分は、アシスタントで誰かに付いていたとかそういう経験はなく、全て自分ひとりで手探りでやってきました。


─ゲーム音楽制作会社ノイジークロークのHPに、伊賀さんのプロフィールが掲載されています。現在は、同社所属なのでしょうか?


伊賀 所属しているわけではなくて、ピアニストとして参加させていただくことがある、くらいの関係です。ノイジークロークさんは、コロナ禍でリモートレコーディングができる環境を整えておられて、そこに自分もご一緒させていただいているんです。

 

 

劇伴の仕事を増やしたい、でも「ピアニストとしての伊賀」は捨てない


─キャリア上、転機になったお仕事は?


伊賀 自分はどの作品も全力でやっているので、常に充実感を味わっています。どの作品も思い入れがあって大好きなんですけど、多くの人に観てもらえて息の長くなった作品は、すごく幸せなことだと思います。特に、「私に天使が舞い降りた!」は、劇場版の制作まで決まった作品なので、転機というか、うれしい作品のひとつですね。平牧大輔監督とは、「恋する小惑星」でもご一緒させていただいたので、素晴らしい出会いがあったという意味でも、「わたてん」は忘れられない作品です。


─アニメの劇伴作曲家に必要な資質能力とは? 


伊賀 心構えとか言えるような身分ではないんですけど、日本の商業アニメをやりたいのであれば、やっぱり「スピード」は必要ですよね。1~2か月で何十曲も作っていかなければいけないので、ぐっと力を入れながら時間をかけて自分の作品を作り上げることに慣れている音大の作曲科の方とかは、ほとんどの人が多分付いていけないと思います。何があっても喰らいついて、期限内にちゃんとイメージ通りのものを仕上げる、という覚悟が必要です。


─現在のアニメ業界について、何か思うことはありますか? コロナ禍で大変な時期だと思いますが……。


伊賀 ステージに立つ演奏家は大変ですが、裏でものを作る作曲家は、まだマシなほうだと思います。技術的な動向でちょっと気になっているのは、AIですね。ゲームだと、インタラクティブミュージックとかプロシージャルミュージックとか、生かしどころが多いと思うんですけど、アニメや映像作品では、AIはまだ難しいと思います。でも今後、映像作品の楽曲制作でもAIが使われ始めたらどうなるのか……想像もつかないですね。常にアンテナを張っている作曲家さんは対応できるんでしょうけど、自分は目の前の作品づくりで手一杯なので(苦笑)。


─今後挑戦したいことは? 


伊賀 劇伴の仕事をもっと増やしたいな、と常々思っています。だけど同時に、ピアノも弾き続けないとな、と思っているんですよね。弾かないと腕が鈍るし、もともと劇伴をやるようになったきっかけは、「ピアニストとしての伊賀」だからなんですよ。それにピアノは、幼い頃からやっている自分の根幹だから、これを捨てるのは絶対によくないと思っています。


─劇場版「私に天使が舞い降りた!」の音楽について、ひと言いただけますか?


伊賀 テレビシリーズの「わたてん」の時は「はじめまして」の状態でしたが、劇場版が上映される頃には、もっと深く「わたてん」を理解できていると思います。なので、今だからこそできる「天使な楽曲」を、作品に提供したいと思っています。


─最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いいたします!


伊賀 自分はこれからも全力で、曲を書いていこうと思っています。でも、皆さんはそんな裏方のことなんかは気にせず、好き勝手にアニメを楽しんでくださいね!

 


●伊賀拓郎 プロフィール
作編曲家、ピアニスト。福島県南相馬市出身。国立音楽大学音楽学部演奏・創作学科作曲専修中退。第25回浅草JAZZコンテスト・グランプリ受賞(ソロプレイヤー部門)。ジャズピアニスト、CM作曲、スタジオミュージシャン、コンサートのサポートミュージシャン等の経験を積んだ後、劇場ショートアニメ「夕やけだん団」(2015)で劇伴作曲家デビュー。その後は「緋弾のアリアAA」(2015)、「魔法少女育成計画」(2016)、「風夏」(2017)、「月がきれい」(2017)、「かくりよの宿飯」(2018)、「私に天使が舞い降りた!」(2019)、「歌舞伎町シャーロック」(2019~20)、「恋する小惑星」(2020)等のテレビシリーズを担当。現在は、劇場版「私に天使が舞い降りた!」等の制作に奮闘中。どの作品にも心からの愛情を注ぎ、常識にとらわれない型破りな音楽を提供する、まさに“破天荒”なアニメ作曲家である。


※TVアニメ「月がきれい」 公式サイト
https://tsukigakirei.jp/

※TVアニメ「歌舞伎町シャーロック」 公式サイト
http://pipecat-kabukicho.jp/

※TVアニメ「私に天使が舞い降りた!」 公式サイト
http://watatentv.com/

※TVアニメ「恋する小惑星」 公式サイト
http://koiastv.com/

※伊賀拓郎 ツイッター
https://twitter.com/igatakurou


(取材・文:crepuscular)

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