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なぜ蕨市? なぜ関東? 知られざるプラモデル業界の歴史……!
有井 日本車輛製造というメーカーの「蕨製作所」が、昭和30年代に蕨にあったんです。0系新幹線も、この蕨製作所で製造されました。東北本線の蕨駅の開設は浦和よりも古く、蕨市の文化・歴史は、鉄道と密接に関係してきたと言っても過言ではないでしょう。「だったら、新橋駅前にある全国的に有名なC11、あれこそプラモデルにしようよ」という話になりました。ちょうど、ウチは今年で創業60周年ですから、ピッタリの商品化になりました。ずいぶん調べましたよ。現地を視察して、詳細な写真も撮りました。ただ、今これだけのプラモデルの金型をまったく新しくつくろうとしたら、時間もお金もかかりすぎてしまいます。
── それで、東宝模型の金型を使ったわけですね。しかし、70年代のプラモデルは作りづらそうな気がします。 福島 私も中級~上級モデラーを自負していますが、かなり手こずります。ちょっとしたオマケですが、台座にはレンガ模様のシールが付きます。元のキットの台座をそのまま使っているからですが、このシールで結構、雰囲気が変わりますよ。雰囲気が変わるといえば、ストーン調スプレーを台座のバラスト(砂利)部分に使うのも、おススメのレシピです。ちょっとしたアイデアで仕上がりが大きく変化するのも、プラモデルならではの魅力ですね。
── 70年代の金型のまま発売することには、「昔のプラモデルを復刻して後世に伝えよう」という狙いがあるのでしょうか? 福島 いえ、正直な話、それほど予算をかけられませんので(笑)。組み立て説明図も、昔のキットのものをスキャンして、見やすく調整しています。ピンバイスで穴を開ける個所もありますが、それはバリで本来の穴がふさがってしまっているためなんです。かなり、お疲れの金型ですから……。そんなわけで箱には「上級者向け」との表記を入れざるを得ませんでした。元キットの素性もあって、正直なところ、かなり歯ごたえのあるプラモデルになってしまったと思います。
── プラモデルと鉄道模型は、まったく別の世界と考えたほうがいいのでしょうか? 有井 業界としては、同じです。エアガンなども、同じ模型業界です。
福島 プラモデルと鉄道模型は、ラジコンほど明確に分かれてはいない微妙な距離感だと思いますね。鉄道模型専門店がプラモデルを扱えないかというと、そういうわけでもない。問屋さんや小売店さん、それぞれ感覚が違うんじゃないでしょうか。
有井 一般の人なら、プラモデルでも十分に満足できるでしょうけど、我々はマニアの人たちに売らなくてはいけません。マニアが相手の場合、売る側にも技術が必要です。売り場の人にある程度の知識がないと、お客さんの話に応じられないんです。ですから、今の百貨店やスーパーは、ほとんど鉄道模型を扱っていないと思います。
福島 鉄道模型は走らせて楽しむものですから、内部機械を分解・整備する必要があります。販路としては、家電量販店さんも大きなウェイトをしめています。ですが、そのようなお店で購入された場合のメンテナンスは我々メーカーが直接、お客様からの相談に乗っているケースが多いので、社内に専任のスタッフを置いて対応しています。
── プラモデル会社は静岡にばかり集中していると思っていたのに、関東にあるのは珍しいのではありませんか? 有井 もちろん、プラモデルは静岡が本場です。だけど、昔は関東にもたくさんのプラモデル会社がありました。私は全日本プラモデル工業協同組合の理事を7年ほど務めましたが、全盛期、関東にプラモデル会社は30社ほどあったと思います。いま関東に残っているのはウチ以外ですと童友社、東京マルイ、クラウンモデルぐらいでしょうか。ニチモ(日本模型)とナカムラ(中村産業)は、やめてしまいましたね。ウチも、「倒産するのはみっともないから辞めちゃおうか?」と話したこともあります。いいことも悪いこともありましたけど、21歳で商売を始めて今年で60年、続けてきてよかったと思います。
(取材・文/廣田恵介)