40代で新たなチャレンジ
─息抜きでしていることは?
永谷 40歳からスキーを、41歳になってからバイクを始めました。車はもともと好きだったんですけど、子供が大きくなったりして、昔みたいにマニュアル車を好き勝手乗れなくなって。まだ体が動くうちに違うことにチャレンジしたいなと思って、その2つを始めました。あと、30歳半ばまではゲームセンターで企画を書いていました(苦笑)。うるさくないと仕事ができなくて……。
─野球もお好きで、広島東洋カープのファンだそうですね。
永谷 昔から野球は好きです。ただ、野球はストレス発散になるんですけど、負けているとストレスが溜まる(笑)。
─永谷さんのご趣味から企画が生まれる可能性は?
永谷 それはないかな。僕の好きなものが皆さん好きとは限らないし、僕のエゴを押し付けるようなことはしたくないから。息抜きは「これをやったから、明日から仕事も頑張ろう」と思えるようなことをやっているんです。そっと作品の設定とかにそれを入れることはあるかもなので、そんな感じがしたら、永谷がわがままを言ったのかなと思ってください。
アニメイベントの運営を経て、キングレコードに入社
─ここからはキャリアについてうかがいます。もともとアニメ業界を志望していたのでしょうか? 大学時代はアニメイトでアルバイトをしていたそうですが……。
永谷 全然(笑)。当時はアニメより、ゲーセン少年だったんですよね。「Dance Dance Revolution」などの音ゲーや格ゲーがブームで、格ゲーをよくやってました、アニメも観ていましたけど、アニメ一辺倒な感じではなかった。結果的にアニメイトでバイトしていたことが、今アニメ業界にいることに一番関連している気がするんですけど、もともとは、本屋さんでバイトがしたかったんですよ。千葉の駅前にある三省堂さんのマンガ売り場で働きたかったんですけど、当時は女性求人しかなかったんです。それで、「本があればどこでもいいや!」と思って、アニメイトに応募したら、運よく採用されました。
─ゲーム業界に行きたいとは思わなかったのですか?
永谷 ゲーム業界に行くって発想は1ミリもなかったかな。今と違って、ネットで「ゲームクリエイター」と調べて出てくる時代でもなかったので、ゲームを作ることがどういうことか、全然わかっていませんでした。
─キングレコードに入社した経緯を教えていただけますか?
永谷 たまたまアニメイトの同僚が、「『逮捕しちゃうぞ』(1996~97)のイベントをやりたい!」と言い出して、製作委員会宛に企画書を送ったら、「OK!」と戻ってきたんですよ。永谷は、イベントの司会をやらせてもらいました。そこで後々、「true tears」(2008)や「グラスリップ」を一緒にやらせていただくことになる、西村純二監督ともお会いしました。その後、キャラクターショーの物販イベントなどもお手伝いさせてもらうようになって、なんとなく、キングレコードのスターチャイルドに混ぜてもらいました。
─社員の方からスカウトされたのですか?
永谷 全く違います。僕が「入れてください!」とお願いしたんです。本当に採りたかったのかどうかはわかりません(笑)。
─ご出身は広島県とのこと。
永谷 広島出身といっても、幼少期には関東に来ていました。
─師匠的な方はおられますか?
永谷 師匠はいないけど、尊敬している人は3人います。そのうちのひとりが大月俊倫さんで、大月さんを尊敬しているからキングレコードに入りたかったんです。でも大月さんからは、「『アニメの作り方はこうするんだよ』と教えることはできないけれど、怒られたら謝りに行ってあげる」と言われました。それを僕は、「アニメにルールなんかないから、まずはやってみろということだな」と勝手に解釈して、自己流を作っていきました。
─キングレコード退社後は、すぐバンダイビジュアルに移ったのですか?
永谷 実は1年間、フリーランスの期間があって、「こみっくパーティーRevolution」(2005)、「ToHeart2」(2005)、「うたわれるもの」(2006)といったゲーム系のアニメを作っていたんです。その時に、「自分はビジネスがわかってないな!」と痛感しました。アニメの予算とかはもちろんわかっていたんですけど、作ることに夢中だったのか、回収のほうがよく理解できていなくて。その後でバンダイビジュアルにお世話になったんですけど、そこではビジネスがとても求められていたので、いろんなことを教えてもらいました。
─「true tears」企画者の森本浩二さんは、バンダイビジュアルの取締役、エモーションの代表取締役だった方ですが、どのようなご関係でしょうか? 森本さんは現在、アウローラの代表をされています。
永谷 森本さんは当時の上司です。めちゃめちゃお世話になったし、迷惑ばかりかけましたね……。真面目で男気のある方で、よく僕なんかと一緒に仕事をしてくれたなと思うけど、今でもたまに連絡をしています。2020年はコロナになっちゃったから無理だったけど、落ち着いたらまた、ご飯に行ったりしたいなと思っています。
「インフィニット」の設立、「BLACKFOX」で海外挑戦
─キャリア上、転機になったお仕事は? 2010年9月1日の「インフィニット」設立も、やはり大きなターニングポイントだったと思います。
永谷 僕はよく、「アニメの作り方はキングレコードで教わり、アニメのビジネスはバンダイビジュアルで教わった」と言っているんです。起業は、バンダイビジュアルさんにお世話になったことが大きいですね。そこでビジネスを教わったことによって、自分の中で「会社をやってみたい!」という芽が生まれたんだと思います。今でも自分で何もかもができるとは思っていないんですけど、会社員だとできないことって、やっぱりあるんですよね。
─「天体のメソッド」第17話「もうひとつの願い」(2019)は、インフィニットの単独出資で製作されていましたね。
永谷 僕が観たかっただけですよ(笑)。YouTubeで公開しているだけで、そもそもビジネスしていませんからね。「そらメソ」は、「まだ先がありそうな作品だな」と思っていたのと、「うちが全部お金を出してテレビシリーズを作ることはできないけど、1本だったらできるし、ファンサービスにもなるな」と思ったので、やってみました。
─「BLACKFOX」(2019)も、ひとつの挑戦だったのでは?
永谷 海外マーケットに挑戦してみようと思って作った作品ですね。「海外の人はどういうものが好きなのか」、「日本のアニメに何を求めているのか」、ということを考えながら作ったので、そういう意味では、忍者だったり、サイキッカーだったり、アクションものだったり、設定的にわかりやすいものになっていると思います。
─振り返ってのご感想は?
永谷 「海外の人たちは素直に作品の感想を伝えてくれる」という印象を持っています。日本から来た謎のアニメを、正面から観て、まずは楽しもうとしてくれていたので、本当にありがたかったですね。いろんな意見もいただきましたし。「北米やヨーロッパ向けのものは、今後もチャレンジできそうだ」という手ごたえは、すごくもらいましたね。「BLACKFOX」の続きも作りたいなぁ……。
将来的には「スタジオを持ちたい」
─アニメプロデューサーに必要な資質能力とは何でしょうか?
永谷 僕は、「コミュニケーション能力しか必要ない」と思っているんですよ。「しか」とか言ったら、叱られるかもしれないですけど。僕の言う「コミュニケーション能力」には調整する力も含まれていて、「バランスを取る力」は絶対に欲しいですね。それ以外のものは、後からでも備わるんじゃないかな。
─現在のアニメ業界について、何か思うことはありますか?
永谷 粗製乱造というか、「作ることがゴール」みたいになってきているのが、素直に残念だと思います。簡単な計算で作ることによって、何年か先の自分たちの首を絞めているんじゃないかな……という感覚がすごくあります。
─今後挑戦したいことは? 永谷さんのオリジナル志向や自由でオープンな姿勢をうかがっていると、将来的にインフィニットは、ピクサー・アニメーション・スタジオのような組織に発展しそうな予感がするのですが……。
永谷 僕も将来は、スタジオを持ちたいと思っています。その時に全セクションの社員制が引けたら、僕もピクサーを作れるかもしれないですね! って言えるように頑張ります(笑)。
─1月8日に、劇場版「SHIROBAKO」(2020)のブルーレイ・DVDが発売されました。購入を検討している方へ、ひと言いただけますか?
永谷 実は、このタイミングで発売することには最後まで抵抗していました。でも今は、アニメ業界を描いた「SHIROBAKO」という作品がここで生まれたのも、何かのめぐり合わせだろうと思っています。アニメ業界がどういう映画を作ろうとしているのか、どういうふうに運用しようとしているのか、というのに触れている絶好の作品だと思うので、アニメ業界に興味のある人はライトな気持ちで観てほしいなと思います。
─最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いいたします!
永谷 「インフィニット」という会社を知らない人がほとんどだと思うんですけど、こだわりを持って、アニメを作らせていただいています。記事を読んで興味を持っていただけたら、作品数も多くないのでぜひ、ブルーレイや配信サイトで観ていただきたいなと思います。
最初に言ったように、プロデューサーは責任を取るのが仕事で、僕は、「アニメを作ることは、プロデューサーの生き様を見せることだ!」と思っています。ですから、永谷がこれからどういう生き様を見せるのか、見届けてやってもいいぞという方は、応援してください。よろしくお願いいたします!
●永谷敬之 プロフィール
プロデューサー。株式会社インフィニット代表取締役。広島県出身。大学卒業後、キングレコード・バンダイビジュアルを経て、インフィニットを設立。オリジナルアニメの製作にこだわりを持ち、日常ものが得意。プロデュース作品には「こみっくパーティーRevolution」(2005)、「ToHeart2」(2005)、「うたわれるもの」(2006)、「もえたん」(2007)、「true tears」(2008)、「狂乱家族日記」(2008)、「CANAAN」(2009)、「ティアーズ・トゥ・ティアラ」(2009)、「花咲くいろは」(2011)、「TARI TARI」(2012)、「D.C.III 〜ダ・カーポIII〜」(2013)、「はたらく魔王さま!」(2013)、「凪のあすから」(2013~14)、「グラスリップ」(2014)、「天体のメソッド」(2014)、「SHIROBAKO」(2014)、「クロムクロ」(2016)、「レガリア The Three Sacred Stars」(2016)、「フリップフラッパーズ」(2016)、「装神少女まとい」(2016)、「ゼロから始める魔法の書」(2017)、「citrus」(2018、ただし池崎桂子さんと共同)、「天狼 Sirius the Jaeger」(2018)、「色づく世界の明日から」(2018)、「グランベルム」(2019)、「BLACKFOX」(2019)等がある。
●株式会社インフィニット プロフィール
永谷さんが2010年9月1日に設立した、アニメ企画製作会社。「10年愛される作品の制作」を理念に掲げ、インフィニットでなければ作れない、オンリーワンな作品を発表し続けている。デビュー作は「花咲くいろは」、その他にも20本近い作品を世に送り出している。1本1本、愛情を込めた作品づくりを心がけており、現在は「ひぐらしのなく頃に 業」(2020~)等を鋭意製作中。1月8日には、劇場版「SHIROBAKO」(2020)のDVD・ブルーレイもリリースされた。宣伝活動、イベント運営、記念グッズ製作などにも力を入れている。
※TVアニメ「ひぐらしのなく頃に 業」 公式サイト
https://higurashianime.com/
※劇場アニメ「SHIROBAKO」 公式サイト
http://shirobako-movie.com/
※株式会社インフィニット 公式HP
https://infinitedayo.jp/
※永谷敬之 ツイッター
https://twitter.com/Infinitedayo
(取材・文:crepuscular)