「EGG FIRM」&「スタジオバインド」設立秘話
─キャリア上、転機になったお仕事は?
大澤 最初の仕事だった「機動警察パトレイバー」と、EGG FIRM立ち上げのきっかけにもなった「ソードアート・オンライン」の2つかな。独立したのはちょうど劇場版「オーディナル・スケール」製作時で、僕にとっては200館規模の大型公開は、「オーディナル・スケール」が初めてだったんですよね。A-1 Picturesさん、アニプレックスさんと一緒にシナリオ開発だったり、「『ソード』をどう多くの人に観てもうらうか」ということにも注力したし、その最中の独立でしたから、作品の経営と新会社の経営でとにかく大変でした。
─独立の理由をうかがってもよろしいでしょうか?
大澤 ジェンコの役員をやっていたんですけど、段々会社が大きくなってきて、プロデューサー以外の内向きの仕事が増えていたのがひとつ。もうひとつは、増えた社員を食わせるための企画もやらなきゃいけなくなって、会社としては当たり前のことなんですけど、プロデューサーとしては悩むところがあって……。年齢も50になろうとしていたので、もうちょっと自由にやりたいなと思って、わがままを言って独立させてもらいました。
─独立を打ち明けた時の真木さんのご反応は?
大澤 背中を押してくれましたよ。僕はジェンコ退社が2015年の3月末なんですけど、真木さんは「それまでに次の会社の準備をしていいよ」と言ってくれて。僕が真木さんに独立の話をしたのが2014年10月だったんですけど、その6か月の間に準備をさせてもらいました。EGG FIRMは翌年の3月10日設立なんですが、これも真木さんから「もう会社立てちゃえよ」と言われて、在職中に起業しているんです。それに最初の1年は、ジェンコタイトルのプロデュース協力しか仕事もなかったので、そういった意味でもめちゃくちゃ協力していただきました。
─個人的にはジェンコがプロデュース、EGG FIRMがプロデュース協力、エイトビットがアニメーション制作をそれぞれ担当した、「ナイツ&マジック」(2017)も大好きです。キャラクターやストーリーは魅力的でしたし、「魔法と巨大ロボットを組み合わせた異世界転生もの」というコンセプトもすごくよかったと思います。
大澤 とてもおもしろいコンテンツですよね。発想の奇抜さみたいなところでぜひやりたいと企画したんですが、実はアニメ化するまですごい時間がかかってしまって……。原作は主婦の友社さんだったんですけど、「ヒーロー文庫」レーベルのアニメ化は初めてで、こっちもプロダクションやスタッフの選定に時間がかかってしまい、企画から着地まで5年ぐらいかかったと思います。ただ、山本裕介監督の演出も横手美智子さんの脚本もすばらしかったですし、キャラクターデザインの桂憲一郎さんと仕事できたのもうれしかった。ところで、実は、その時のアニメーションプロデューサーだった大友寿也さんが、スタジオバインド代表なんですよね。
─スタジオバインドというのは、2019年11月にEGG FIRMとWHITE FOXが共同出資して設立した、アニメ制作会社ですね。
大澤 スタジオバインドは、うちとWHITE FOXが立てたというよりは、大友さんの独立を2社で後押しした、というのが実態です。僕の頭の中には「ナイツ&マジック」の時の大友さんのがんばり具合があったので、起業するなら応援しようと思ったんです。
─「ナイツ&マジック」の劇伴には、作曲家の甲田雅人さんを抜擢されています。
大澤 ダメもとだったんけど、ランティスの音楽プロデューサー・木皿陽平さんがつないでくれてお会いしたら、「いいですよ」と言ってくれて。曲数もけっこう無茶な数を書いてくれて、すごく「ナイツ&マジック」に合っていたと思います。アクションシーンの音楽もよかったなぁ。
─拙連載でもお話をうかがった作曲家の藤澤慶昌さんとは、「GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」(2015~16)や「えんどろ~!」でご一緒されていますね(編注:https://akiba-souken.com/article/32645/)。
大澤 藤澤さんは人気作曲家ですし、すごく忙しいと思うんですけど、ダビングの現場にもよくいらっしゃってくれるんですよね。ダビングって音のミックスですから当然音楽以外の音作業もあるわけですけど、後ろで熱心に聴いてくださっているんです。現場でそうやって見てくれているからだと思うんですけど、「こういう曲を追加したいんだ」とか、「ここを直したいんだ」といった要求も、フレキシブルかつスピーディーに対応してくれました。藤澤さんは本当にすごい方だと思います。
「制作印税」で、制作会社やクリエイターに潤いを
─メディアでは、アニメクリエイターの低賃金や制作会社の倒産がしばしば報道されていますが、大澤さんのお考えとEGG FIRMの取り組みをうかがえますか?
大澤 僕は、「プロダクションが潤わないと、そこで働くクリエイターさんも潤わない」と思っているので、うちでは全窓口からプロダクションに「制作印税」が入るスキームを採用しています。昔はビデオグラム(編注:DVDやBlu-rayのこと)の売上からだけだったんですけど、グッズの売上などいろんなところからも、成功したら印税が制作会社に入るようにしています。ただ、まだ料率も低いですし、「本編を使っていない商品には認められない」というケースもあったりするので、十分とは言えないかもしれません。スタッフへの配分に関してはプロダクションごとに考え方が違いますし、うちよりプロダクションのほうが「誰がこの作品に貢献したか?」を詳しく知っているはずなので、監督に売上の何%を分けるとか、キャラデに何%を分けるとかは、プロダクションにお任せしています。
─アニメのプロデューサーに必要な資質能力とは何でしょうか?
大澤 経験と知識、あと才能……がベーシックには必要なんですけど、一番大事なのは「欲望」だと思っています。何の「欲望」でもいいんです。アニメーションで「これがやりたい」、「これが欲しい」と思うこと。そしてその自分の「欲望」と、お客さんの「欲望」を合致させられること。何かしら「欲望」を持っていないと、ただ知識があって経験があって才能があっても、結局無駄遣いになる、自分のためにもならないと思います。
─現在のアニメ業界、特にプロデュース部門に関して思うことはありますか?
大澤 やっぱり人材育成ですかね。海外も日本のアニメに注目していますけど、「自分たちで作っちゃおう」という海外の会社も出てきていますよね。そんな中で日本のコンテンツ業界が生き残っていくためには、やっぱり人を育てるしかない。クリエイターをプロデュースすることができて、コンテンツの目利きやユーザー動向もウォッチできて、ビジネスもきちんとわかる人間を育てないと。ビジネスと現場、本当は両方できないといけないんですけど、今は2方面に分かれちゃうんですよね。現場好きなPはいっぱいいるんですけど、「お前ら、お金も集めてこいよ!」と(苦笑)。
あと僕は最近、プロデューサーの「アニメの設計図をチェックする能力」も、ちょっと怪しいと思っているんですよね。シナリオ、キャラクターデザイン、絵コンテを作るのは現場のクリエイターさんですけど、そうした設計図の「どこがポイントなのか」、「どこが間違っているのか」、あるいは「どこがすばらしいのか」、プロデューサーも読む能力や見る能力をちゃんと養わないと、現場の人に失礼だと思うんですよね。
プロデューサー育成が急務
─今後挑戦したいことは?
大澤 プロデューサーに特化した講座みたいなものができたらいいなと思っています。プロデューサーをちゃんと育てないと、職人がどんなに優秀でもそれを使う人がヘッポコだったら、絶対にうまくいかないと思うんです。今、僕は会社や作品を経営しているつもりでやっていますけど、むしろ人材育成のほうが急務かもと思っています。
─2020年は、スタジオバインドの初元請作品「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」が放送予定となっております。ひと言メッセージをいただけますか?
大澤 うちにとっては初めてのプロダクションへの出資ですので、僕にとっても大きな挑戦になります。「無職転生」は、僕もやりたかったコンテンツですし、スタジオバインドの大友さんもWHITE FOXの岩佐さんも、何とかして成功させたいと思っています。岡本学監督以下、スタッフの意識もすごく高いので、どうぞ楽しみにお待ちください。
─最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いします!
大澤 プロデューサー志望の方に言いたいのは、方法論や知識は後で学べるので、とにかく自分の「欲望」を燃やすこと。今、成功しているZOZOもAppleもGoogleも、最初はやっぱり「何か作りたい」、「こういうことをやってみたい」という発想と欲望があったはずで、それがアニメでもいいと思うんです。日本は比較的アニメーションについては恵まれた国なので、「アニメで世界を取ってやる!」くらいなことを言う人がどんどん現れてほしいな、と本気で思っています。
あと日本のアニメファンに関して言うと、最近、「欲望」の量が減ってきているんじゃないかと危惧しています。国内イベントの客席の熱量と海外イベントの客席の熱量が、あからさまに違うんですよね。北米の「Anime Expo(アニメ・エキスポ)」とか本当にすごいんです、お客さんのギラつき方が。これは景気とか、お客さんがスマートになったからというのもあるかもしれないですけど、僕は日本のファンの元気な姿をまたぜひ見てみたいなと思っています。
●大澤信博 プロフィール
プロデューサー、株式会社EGG FIRM代表取締役。早稲田大学第一文学部演劇専修(現:文学部演劇映像コース)を卒業後、株式会社東北新社に入社。真木太郎さんに師事し、1998年には同氏が立ち上げた株式会社ジェンコに参加、「スーパードール☆リカちゃん」(1998~99)でプロデューサーデビューを果たす。2015年に独立起業、現在に至る。プロデュース作品は「七人のナナ」(2002)、「おねがい☆ティーチャー」(2002)、「一騎当千」(2003~15)、「ハチミツとクローバー」(2005~06)、「のだめカンタービレ」(2007~10)、「とらドラ!」(2008~09)、「Phantom ~Requiem for the Phantom~」(2009)、「クイーンズブレイド」(2009~12)、「あの夏で待ってる」(2012)、「アクセル・ワールド」(2012、2016)、「ソードアート・オンライン」(2012~)、「下ネタという概念が存在しない退屈な世界」(2015)、「監獄学園」(2015)、「GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」(2015~16)、「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」(2015~)、「斉木楠雄のΨ難」(2016~)、「ナイツ&マジック」(2017)、「えんどろ~!」(2019)、「ノー・ガンズ・ライフ」(2019~)など多数。「始めた以上、最後までやる」、「作品の設計図をきちんと見る」をモットーに、1990年代から今日に至るまで神アニメを製作し続けてきた敏腕プロデューサーである。
●株式会社EGG FIRM(エッグファーム) プロフィール
2015年3月10日に大澤さんが設立した、企画・プロデュース会社。社名「EGG FIRM」には「アニメーションを中心とする新しいヒット・コンテンツを産み出し育てる」、「業界の才能ある若手の活動を支援し育てる」という想いが込められている。2019年11月には、EGG FIRMと株式会社WHITE FOXが共同出資したアニメ制作会社、株式会社スタジオバインド(代表取締役:大友寿也さん)が設立された。EGG FIRMは2020年も、「ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld」第3部、「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかIII」、「ノー・ガンズ・ライフ」第2期、「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」といった話題作を数多くプロデュースしており、日本アニメのリーディングカンパニーとして躍進し続けることだろう。
※TVアニメ「ソードアート・オンライン」 公式サイト
https://www.swordart-online.net/
※TVアニメ「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」 公式サイト
http://danmachi.com/
※TVアニメ・Netflixアニメ「斉木楠雄のΨ難」 公式サイト
https://www.saikikusuo.com/
※TVアニメ「ノー・ガンズ・ライフ」 公式サイト
http://nogunslife.com/
※TVアニメ「神田川 JETGIRLS」 公式サイト
http://kjganime.com/
※TVアニメ「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」 公式サイト
https://mushokutensei.jp/
※株式会社スタジオバインド 公式HP
https://st-bind.jp/
※株式会社EGG FIRM 公式HP
http://www.eggfirm.com/
(取材・文:crepuscular)