音楽職人の軌跡をたずね、「編曲」とはなにかを知る「前田憲男 マエストロ・ワークス」【不破了三の「アニメノオト」Vol.07】

2019年12月24日 15:160

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「アニメノオト」第7回は、2019年11月27日に日本コロムビアより発売になった2枚組CD「前田憲男 マエストロ・ワークス」に注目します。

約1年前の2018年11月25日に惜しくも世を去ってしまった異才の作編曲家・ピアニストである前田憲男。彼が日本の音楽界に遺した足跡を、TV音楽、映画音楽、ポップス、ジャズなど、様々な側面から辿っているのが本CDです。曲目を眺めてみておわかりの方もいると思いますが、ほかの作曲家の手による音楽も含まれているのが特徴です。これは、本CDが「編曲家:前田憲男」としての姿に大きく注目していることの証と言えるでしょう。作曲家としての腕前はもちろんですが、前田憲男は日本の音楽業界に「編曲/アレンジ」という職能を位置づけ、「編曲家」という立場を切り拓いた草分けであり、第一人者でもありました。職人気質を持った芸術家=「マエストロ」と、本CDのタイトルで称されている由縁はここにあります。

 

前田憲男は1934年12月6日大阪生まれ。教師であった父親から子どもの頃より譜面の読み書きを学んだものの、以後はほぼ独学でピアノを習得。高校卒業と同時にプロのジャズピアニストとして関西で活動を開始……という、早熟にして異色の経歴を持っています。21歳で上京し、日本のジャズ・ギターの草分けでもある沢田駿吾のグループ「沢田駿吾とダブルビーツ」に加入したのをはじめ、1957年から当時の名門バンド「西条孝之介とウエスト・ライナーズ」に在籍。このバンドでアレンジを担当したことから、ピアニストとしてだけではなく、徐々にアレンジャーとしての頭角を現していきます。また1959年には、しっかりとしたジャズ理論に基づいた日本人のオリジナル作品を世に送り出すことを目的として、三保敬太郎、山屋清と共に「モダンジャズ3人の会」を結成。日本のモダンジャズの先駆者・先導者として、若きジャズメンたちに進むべき方向性を指し示すという、とても大きな役割を果たすことになります。以降はジャズバンドのみならず、TV音楽、映画音楽、ポップスのステージやレコーディング等の幅広い分野に活動を広げていくことになります。同じ1934年生まれの芸能人が集まる「昭和九年会」(石原裕次郎、愛川欽也、長門裕之、藤村俊二らが参加)の仲間だった盟友:大橋巨泉との縁で、彼が出演する「11PM」(1965/日本テレビ系)、「世界まるごとHOWマッチ」(1983/毎日放送)、「ギミア・ぶれいく」(1989/TBS系)等、さまざまな番組の音楽を担当し、かつ、出演もしていたことでも知られています。

 

<DISC-1>の前半は、「クイズ面白ゼミナール」(1981/NHK)、「ミエと良子のおしゃべり泥棒」(1980/東京12チャンネル・テレビ東京系)、「世界まるごとHOWマッチ」、「オシャレ30・30」(1987/日本テレビ系)、「ギミア・ぶれいく」(1989/TBS系)等、数々のバラエティ番組の音楽が集められています。どれもこれも、番組の開幕を華々しく告げるゴージャスなジャズアレンジがズラリと並び、「これも前田憲男の曲だったのか!」とあらためて驚かれる方も多いのではないでしょうか。ここで特に注目したいのは、5曲目の「ギミア・ぶれいく オープニング」と6曲目の「ギミア・ぶれいく エンディング」の違いです。同じメロディを基にしながらも、華やかさを目いっぱい押し出したオープニングと、番組を穏やかに締めくくるための落ち着いたエンディングとに見事に書き分けられています。これこそが「編曲家の仕事」であり、前田憲男の真骨頂です。「そもそも編曲家というのがどういう仕事なのか分からない……」という方でも、この2曲を違う目的に仕上げるための「演出」をすることだ……と思ってもらえると、少しはイメージが沸いてくるのではないでしょうか。

 

続いては、皆さんお待ちかねの劇場用アニメ「クラッシャージョウ」(1983/安彦良和監督/日本サンライズ)のサウンドトラックより、映画のオープニングを飾る「MAIN TITLE クラッシャージョウのテーマ」が収録されています。映画公開当時、音楽アルバムは「交響組曲 クラッシャージョウ(演奏:東京交響楽団)」と、実際に映画で使用された音楽を収録したオリジナルサウンドトラック盤である「クラッシャージョウ 音楽篇(演奏:東京フィルハーモニー交響楽団)」の2種類が発売されていましたが、本CDに収録されているのは「交響組曲」版の演奏となっています。これは、まず交響組曲を書き上げ、それをもとに映画のBGM音楽を書くという、それまでのアニメ映画のレコード商品の逆の方式を突きたいという、原作・脚本・監修の高千穂遙氏の提案によるもの。また高千穂氏は、「スター・ウォーズ」「ベン・ハー」の音楽を強くイメージして前田憲男にオーダーしたとも伝えられています。その出来栄えは、本CDをお聴きいただければ一聴瞭然。ハリウッド映画もかくやという大迫力に仕上がっています。でも、それを監督の安彦良和氏は、「今回は原作者のめんどうなこだわりがある。アチラの誰それふうのにしてくれ……などというのは創作者にとっては決して愉快な注文ではない筈」と前田憲男への気遣いを見せ、冗談交じりにチクリとひと言、「音楽篇」のライナーノートに書いています。しかし、それらをすべて受け止め、かつ、本来は自分のフィールドではない「シンフォニー」としてこれだけの音楽を短期間に、しかもアルバム2枚分も仕上げてしまう前田憲男の職人気質には、あらためて恐れ入るばかり。ジャズピアニスト出身の前田憲男が、スペースオペラと釣り合うだけの壮大な交響楽を書くということの裏には、作曲家としてのクリエイティビティ以前に、「どのような音楽にも対応し、注文のとおりに仕上げる」という「編曲家」としての矜持が強烈に光っていることを忘れてはならないでしょう。

 

<DISC-1>の後半には、有名ヒット曲、さらには知られざる名曲たちを含むポップスの作品が並びますが、ペドロ&カプリシャス「別れの朝」(作曲:Udo Jürgens/1971)、サーカス「Mr.サマータイム」(作曲:Michel Fugain/1978)、森進一「冬のリヴィエラ」(作曲:大滝詠一/1982)など、編曲のみを担当した曲も多く収録されています。大瀧詠一の大ヒットアルバム「A LONG VACATION」(1981)でもストリングスアレンジは前田憲男に任されていました。日本のポピュラーミュージックの大御所であり、アレンジの鬼でもある大瀧詠一が、自作曲の編曲を任せた数少ないアレンジャー。その中に前田憲男が含まれていることにも注目です。

 

<DISC-2>は前田憲男の作曲、あるいは編曲によるジャズの名演が並んでいます。1曲目の「メジャー・ソウル」(原信夫とシャープス&フラッツ)は、前述の「モダンジャズ3人の会」による1960年のアルバム「ソウルを求めて」に収録された前田憲男のオリジナル曲。2曲目は日本におけるジャズロック/ソウルジャズの先駆者であるテーナーサックス奏者:稲垣次郎と組んだ「ゴー・ゴー・ア・ゴー・ゴー」、9曲目の「ストライク・アップ・ザ・バンド」は盟友:羽田健太郎・佐藤允彦との3人ユニット「トリプル・ピアノ」の演奏など、しっかりと編曲されたビッグバンドジャズから、ストレートな4ビートのモダンジャズ、8ビートのファンキーなジャズロック、ラテン、ボサノヴァに至るまで、前田憲男が腕を振るった歴代の名演奏が次々と繰り出されます。

そして最も注目すべきは、ボーナス・トラックとして巻末に収録されている、10曲目「講座編~音楽の歴史~枯葉を題材に」、11曲目「実践編~劇伴の現場で」という2つのトラックです。これは、1995年に発売された「アレンジ虎の穴」という前田憲男自身のCDからの再録。ジャズの初期形態であるデキシーランドに端を発し、スイング、グレン・ミラー風、ビバップ、クールジャズ、マンボ、ウェストコーストジャズ、ファンキージャズ、モード、ボサノヴァ、フリージャズ……といったジャズおよびポピュラーミュージックの歴史を、シャンソンの名曲「枯葉」1曲のみを使い、「アレンジ」の変化だけで一気に総覧するという、まさに前田憲男による、前田憲男らしい、前田憲男ならではの企画アルバムです。しかもすべての演奏を、自身のバンドである前田憲男&ウィンドブレイカーズが行っているという驚きの職人技が目白押し。続く「実践編~劇伴の現場で」は、シナリオが遅れていて物語がよくわからない、そして放送が迫っていて時間がないテレビドラマの劇伴音楽を受注したという体で、そのレコーディング現場を再現するという展開。前田氏自身が持ち前のコテコテの関西弁全開で立ち回るという爆笑のサウンドドラマです。前田氏は生前、このアルバムを「墓まで持っていきたい。スイッチを押したら墓からこのCDの音を流してほしい。」とまで言うほど、自身の集大成としてお気に入りだったということです。

 

そして、去る11/27には、本CDの解説を務めた原田和典氏によるトークイベント「原田和典のサウンド・ギャラリー Vol.1 ~“楽聖”前田憲男の華麗にして壮大な世界」が、東京神保町の「楽器カフェ」で開催されました。前半は本CDの製作裏話や、収録できなかったその他の前田憲男作品の披露。そして後半のゲストとして、前田憲男のパーソナルマネージャーを長年勤められた田中聖健氏が登場。もっとも前田憲男に近かった田中氏から、知られざる生前のエピソードがいくつも披露されました。

その中では、同年代の作編曲家:宮川泰氏との出会いについても語られました。前田氏は上京前の大阪時代にすでに宮川氏と出会っており、その日は宮川氏のジャズバンドのコンサートが開かれていて、前田氏はお客として演奏を聴いていたそうです。そのコンサートの2日目にも会場を訪れた前田氏は、初めて宮川氏に挨拶し、なんとその場で、1日目に聴いた宮川氏のピアノの演奏内容を、そっくりマネて弾いて見せたとのこと。宮川氏は「自分が大阪で一番のジャズの天才だと思っていたが、まだ上がいたのか!?」と仰天し、自分が持っているレコードや譜面をすべて好きに使いなさい、と、彼の才能を高く評価したのだとか。後に上京し、日本のジャズ/ポップスやテレビ音楽の歴史を変える2人が、そんな出会いをしていたのか……と参加者の誰もが感心し、会場ではため息が漏れ、温かな雰囲気に包まれていました。

 

アニメに関する音楽はそう多くは含まれていませんが、アニメ音楽の背景となっているポピュラーミュージックや商用音楽の骨格である「編曲」という行程の大切さを、実にわかりやすく感じ取ることができるという点で、多くの方に聴いていただきたいアルバムです。ぜひ手に取ってみてください。

 

 

(文/不破了三)

 

【商品情報】

■CD「前田憲男 マエストロ・ワークス」

・発売中

・価格:3,200円(税別)

・レーベル:日本コロムビア株式会社

 

■収録内容

○DISC-1

 <テレビ/アニメ>

    1.クイズ面白ゼミナール オープニング〜エンディング*★

    『クイズ面白ゼミナール』(NHK)より

    2.おしゃべり泥棒のテーマ / 中尾ミエ&森山良子

   『ミエと良子のおしゃべり泥棒』(TX)より

    3.HOWマッチテーマ*

   『世界まるごとHOWマッチ』(MBS/TBS系)より

    4.オシャレ30・30テーマ / 高橋達也&東京ユニオン

   『オシャレ30・30』(NTV)より

    5.ギミア・ぶれいく オープニング*★

    6.ギミア・ぶれいく エンディング*★

    『ギミア・ぶれいく』(TBS)より

    7.MAIN TITLE クラッシャージョウのテーマ / 東京交響楽団

    劇場版アニメ『クラッシャージョウ』より

    8.ドーン!やられちゃった節 / 高田純次

    TVアニメ『笑ゥせぇるすまん NEW』より

 

<ポップス/歌謡曲>

    9.別れの朝 / ペドロ&カプリシャス

    10.私の彼 / しばたはつみ

    11.Mr.サマータイム / サーカス

    12.冬のリヴィエラ / 森進一

    13.霧笛(ショパン「華麗なるワルツ」より)★ / ホセ高沢

    14.朝の都会には乾いた花がよく似合う / 岡沢章

    15.アイ・ウィル・ギヴ・ユー・サンバ / ソウル・メディア

    16.あ・かぺら / しばたはつみ

    17.たとえば貝のように★ / 鹿内孝

    18.約束 / 佐々木秀実

    19.トーキョー・シック / 佐野元春&雪村いづみ

    20.聖者の行進 / 森山良子

 

○DISC-2

<ジャズ>

    1.メジャー・ソウル / 原信夫とシャープス&フラッツ

    2.ゴー・ゴー・ア・ゴー・ゴー / 前田憲男=稲垣次郎オール・スターズ

    3.アルファ・レイ / 前田憲男トリオ

    4.レイジー・レイジー / 宮間利之とニューハード

    5.エイト・ミニッツ・エクスタシー★ / 日本ギター協会員

    6.さくらさくら / 見砂直照と東京キューバン・ボーイズ

    7.ヘルタースケルター / 猪俣猛とサウンド・リミテッド、ザ・サード

    8.イパネマの娘 / 前田憲男とティン・パン・アレー

    9.ストライク・アップ・ザ・バンド / トリプル・ピアノ(前田憲男、佐藤允彦、羽田健太郎)

 

<ボーナス・トラック>「アレンジ虎の穴」より

   10.講座編 〜音楽の歴史/枯葉を題材に〜 / 前田憲男&ウィンドブレイカーズ

    11.実践編 〜劇伴の現場で〜 / 前田憲男&ウィンドブレイカーズ

   

★初CD化

*モノラル録音(DISC-1 Tr.1・3放送テープより収録/Tr.5・6音効テープより収録)

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