プロデューサー・伊藤隼之介 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第32回)

2019年06月01日 13:000

作品に育てられ成長する


─キャリア上、転機になったお仕事は? 


伊藤 全部そうですよね。ひとつやっていくたびに考え方も更新していくし、作品ごとにここがよくてここが悪かった、というのがあります。ただやっぱり最初のプロデュース作品「GJ部」に関しては、明確に転機です。本当に何もわからないまま会議を仕切り、初監督の藤原佳幸さんと手探りでやっていました。お客さんに作品のすばらしさを伝えたいと思って、ツイッターの宣伝も自分でやっていたんです。今振り返ると、ドン・キホーテ的な、バカげているところもいっぱいあったと思うんですけど、関わったスタッフは皆、「作品に育てられたな」という感覚がすごくある作品です。


当時の僕は24歳で、制作進行の時はプロデュースを勉強する時間もなかったので、ものづくりの過程の中であんちょこを読んだりもしていました。その時に脚本家の子安秀明さん(編注:https://akiba-souken.com/article/30927/)がいてくれて、本当に助けられました。子安さんはキャリアもあって、僕たちのアイデアを整理してくれたりして、いろいろと支えていただきました。子安さんには本当に感謝しています。こんなざらつきある作品ってほかにないぐらいのものができあがって、荒削りなところもたくさんあるけれど、圧倒的におもしろいと思うんです。「GJ部」の時に、わからないなりに一生懸命やったら何か起きるんだ!という手ごたえを感じることができたので、その後の作品もがんばることができたんだと思います。


「ウマ娘 プリティーダービー」も、自分の好きな題材で仕事をするという意味では、初めての経験でした。よく「好きなことは仕事にするべきじゃない」と言うじゃないですか。自分もそう思っていて、最初は是が非でも、とまで思っていなかったんですけど、「GJ部」の縁でご一緒したある作家さんから、「君がやった時とやらない時、どっちが競馬にとって幸せなんだろうか?」と背中を押してもらい、やろうと決めました。


─「刀剣乱舞 -花丸」(2016)は、東宝が音楽制作でも参加していますね。


伊藤 はい。劇伴の川井憲次さんは、「ばらかもん」の時に若林さんを通じて会わせていただき、「花丸」でもお願いしました。エンディングテーマを話数ごとに変えて作るというやり方は、「GJ部」の応用になります。

 

 

Qroutは「クリエイティブファースト」


─伊藤さんは2018年、株式会社「Qrout(くろうと)」を設立し、インディペンデント・プロデュサーとして新たな出発をされました。まずは社名の由来をうかがえますか?


伊藤 漢字の「玄人」から来ています。杉浦さんに「開業祝いだ!」と30案ほどいただいて、その中のひとつに「Qrout」がありました。僕はプロ意識、プロフェッションというのを普段から心がけたいと思っていたんです。それを身近なクリエイターさんである杉浦さんが提案してくれたのがすごくうれしくて、屋号とさせていただきました。


─Qroutのセールスポイントは?


伊藤 セールスポイントというか、会社として提案する企画は「クリエイティブファースト」でありたいと考えています。アニメ産業は激動の時代を迎えています。今は、かつて製作委員会の収益源のほとんどを占めていたビデオグラム(編注:パッケージ、いわゆる円盤のこと)以外にも、配信とか海外とかにも一定の需要があって、それをビジネスとしてうまくマネタイズしていく過渡期にあります。けれども、いまだに多くの作品がビデオグラム至上主義というか、ある方向に偏った「マーケティングファースト」で企画製作しがちになっている気がするんですよね。


今は収益源を決まった何かにとらわれなくてもよくなったので、伝えたいことがあるクリエイターと一緒に作りたいものからビジネスを考えていく、というやり方ができると考えています。そのような「クリエイティブファースト」な作り方を実現していくためには、自分が個人の責任で、ビジネスとクリエイターの間に立ってやるのが一番いいと思い、独立しました。


─Qroutの初プロデュース作品は?


伊藤 テレビアニメの「アズールレーン」とアニメ映画「思い、思われ、ふり、ふられ」を製作中です。そのほかにもまだ発表はできませんが、動いている企画があります。

 

4つの「好き」


─アニメのプロデューサーに必要な資質能力とは? 


伊藤 「4つの好き」が必要だと思っています。当たり前のことだけど、まずは映像が好きであること。映像が好きじゃないとクリエイターさんとの話にもついていけないし、新しい映像を見続けていないと今のトレンドもわからないですよね。この仕事をやっていると、映像を観ること自体が仕事になってしまうから、好きでい続けることはすごく難しいんです。


2つ目は、人が好きであること。プロデューサーは人と人をつなぐ仕事です。クリエイターも人だし、ビジネスパートナーも人だし、お客さんだって人じゃないですか。3つ目は、2つ目と関連していますが、世界が好きであること。マーケティングという仕事は世の中を見ることだと思っていて、いろんな人の「好き」に関心があることが大事だと思うんですよね。特に今のアニメは、これまでサブカルチャーだったものが、準カルチャーになりつつあるじゃないですか。その時に、「従来のアニメファン」だけじゃなくて、「アニメも観る人」はほかに何が好きなんだろう、と考えることが重要になってきます。


ちょっと話は逸れるんですが、日本では今、擬人化ものがいくつかヒットしていますけど、擬人化もののヒットとブライアン・シンガー監督の映画「ボヘミアン・ラプソディ」のヒットには共通点があると思っています。今の世の中はフィクションがあふれ返っていますけど、フィクションのルーツって、実際にある強烈な人間の物語なんですよね。大儀のために命を落とした新撰組の物語は強い力があって、フレディ・マーキュリーの音楽に捧げた情熱の物語もまた強烈ですよね。今は世界中膨大なエンターテインメントで満たされていますから、実際にあった、そうした強い力のある物語に人々が惹かれるのはわかる気がするんです。たとえば、そういった俯瞰(ふかん)的な視点を持つことも、プロデューサーには必要だと思っています。


4つ目は、ものづくりが好きであること。これは監督もそうですけど、プロデューサーにも、「作品を作って誰かに伝えたい!」と求める気持ちがあることが、やっぱり大事だと思います。


─現在のアニメ業界、特にプロデュース部門について気になることはありますか? 


伊藤 お客さんにとって、ちょっと好ましくないなと思っているのは、マーケティングが均質化していることです。それぞれ独立した作品なので全く同じ作品はないはずなのに、マーケティングが均質化されているために、観た人の印象と感想も均質化されてしまっている。


元々、アニメは割に合わないビジネスなんです。10本やって1本でもヒットが出たらいいじゃん、というのが今までのこの産業。お客さんも作る側も、1本でもすごい、世の中を変えるような作品が出てほしいと願っている。でもここ10年の業界は、マーケティングに寄りすぎてしまっている。10本に1本の世の中を変えるフィルムの誕生を目指した、本来あるべきやり方に戻るべきじゃないかな、と思うんですよね。これから日本のアニメーションは、世界のあらゆる映像作品と並べて語られるわけですから、本当に価値のあるものを作らないと、競争力を保てないと思います。僕はこういう言葉を使いますけど、僕だけじゃなくてプロデューサーなら皆、わかっているはずです。


─海外動向については、中国の勢いも無視できません。 


伊藤 向こうのアニメファンの熱はすごいし、技術力の高いスタジオやクリエイターもたくさん出てきています。黎明期のエネルギーって、やっぱりすごいものがありますね。昔の日本もきっとこうだったんだなと思いますし、ちょっとマズいなとも思います。今の僕らは皆が皆というわけではありませんが、仕事に慣れてしまっていて、気持ちをリセットしてやらないといけないなと思っています。


─メディアではしばしば、アニメーターの低賃金や制作会社の倒産が取り上げられています。この問題についてはどうお考えですか?


伊藤 僕の出自は制作会社ですし、決して無視できない問題です。この課題を解決するためには、プロデューサーというビジネスを司る立場の人たちが本当に必死で考えて、産業全体の売上を強化していくしか、根本的な解決はないと思います。本当にいいもの、いいものというのはただ「映像のクオリティが高い」ということではなくて、お客さんが「こういうのが欲しいんだよ!」と思うものを作り続けることが、一番の薬だと思います。

 

一線を画する「アズールレーン」と「思い、思われ、ふり、ふられ」


─今後挑戦したいことは? 


伊藤 独り立ちしたので、これからやることすべてが挑戦になります。これまでのノウハウを生かして、今まであんまり提供できなかったお客さん、たとえば海外の方とかに対して、僕らの成果物を観てもらう機会を作っていきたいと思います。やったことのないIPを作ったり、新しい才能を発掘したりもしたいですね。


─「GJ部」、「ばらかもん」、「ウマ娘」は続編を求めるファンの声があります。


伊藤 そういうふうに言っていただけるのは本当にうれしいことで、ありがたいと思っています。


─ご製作中の「アズールレーン」(未定)と「思い、思われ、ふり、ふられ」(2020)について、ひと言お願いします。


伊藤 「アズールレーン」は世界の艦船を題材にしたすばらしい原作で、「思い、思われ、ふり、ふられ」は咲坂伊緒先生しか書けない珠玉の恋愛物語です。本当に貴重な作品をお預かりしていると自覚していますので、今まで通りの情熱と今まで以上のノウハウで向き合わないといけないと思っています。どちらの作品にも本当に意欲的なスタッフが集まっていて、僕が今まで関わったどの作品とも一線を画するような、尖った作品になると思います。視聴者の皆さんにどう評価いただくのか、すごく楽しみです。


─最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いします!


伊藤 独立プロダクション「Qrout」の代表として、屋号を裏切らない作品を世に送り出していきたいと思っています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

 


●伊藤隼之介 プロフィール
プロデューサー。株式会社Qrout(くろうと)代表取締役社長。大学卒業後A-1 Pictures入社、制作進行としてクリエイティブの現場を経験する。バップ移籍後、プロデューサーに転身。TOHO animation(東宝)を経て、2018年にQrout設立。インディペンデント・プロデューサーとなる。プロデュース作品には「GJ部」(2013)、「ばらかもん」(2014)、「曇天に笑う」(2014)、「刀剣乱舞 -花丸」(2016)、「虐殺器官」(2017)、「夜は短し歩けよ乙女」(2017)、「夜明け告げるルーのうた」(2017)、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」(2017)、「ウマ娘 プリティーダービー」(2018)がある。ざらつきのある尖った作品づくりを心がけており、独立後のプロデュース作品にも大きな注目が集まっている。


●株式会社Qrout(くろうと) プロフィール
伊藤さんが2018年に設立した、独立プロダクション。会社名は「玄人」に由来し、妥協を許さないプロフェッショナル集団であることを表している。男性向け、女性向け、コメディ、シリアス、いかなるジャンルにも対応可能で、作品とクリエイターのポテンシャルを最大限に引き出す、「クリエイティブファースト」のプロデュースを信条とする。現在は、「思い、思われ、ふり、ふられ」(2020)や「アズールレーン」(未定)を鋭意製作中。


※TVアニメ「アズールレーン」 公式サイト
https://azurlane-anime.jp/

※劇場アニメ「思い、思われ、ふり、ふられ」 公式サイト
https://furifura-movie.jp/animation/

※TVアニメ「ウマ娘 プリティーダービー」 公式サイト
http://anime-umamusume.jp/

※伊藤隼之介 ツイッター
https://twitter.com/J_ITOH

※株式会社Qrout 公式HP
http://qrout.jp/


(取材・文:crepuscular)

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