プロデューサー・伊藤隼之介 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第32回)

2019年06月01日 13:000

ネームバリューで決めないスタッフィング&キャスティング


─スタッフ選定で気をつけていることは?


伊藤 先ほどのタイアップの話に近いんですが、「本当に自分がやりたいこと」と「僕らのやりたいこと」、全部が重なっている必要はないんですけど、どこか重なっている部分がないとよくないと思うんです。そうしないとクリエイターだけでなく、企画も力を発揮できない。たとえば、監督なり脚本家を選ばせていただく時には、ご本人とお会いしてどんなことがしたいのか、ちゃんと話すところから始めます。ネームバリューで決めるとか、そういうことだけはしないようにしています。「ばらかもん」の橘監督も、「ウマ娘 プリティーダービー」の及川啓監督も、それぞれのやりたいことが作品とニアリーになっているからこそ、共感されるものになったんだと思います。


藤原佳幸監督は、「GJ部」(2013)が初監督でしたけど、あの当時からキャラクターのとらえ方には尖ったものがありました。実は僕が制作進行をやっていた時も、ある作品で藤原さんが色の演出をめぐって監督と激しい口論しているのを見ていまして。そのためラッシュがなかなか終わらなかったんですけど(苦笑)、この人は監督になる!と思いました。監督というのはひとつひとつの表現にこだわっていてほしいし、藤原さんの作るフィルムは「未確認で進行形」(2014)にしろ「NEW GAME!」(2016~17)にしろ、そういうこだわりが出ていますよね。


─アニメ畑以外の脚本家も起用していますね。


伊藤 脚本家って本来、おもしろい物語を書く人、話を整理する人だと思うんですけど、それにメディアの違いは関係ないと思っています。杉浦さんは構成作家出身の方ですし、「曇天に笑う」(2014)の高橋悠也さんは舞台出身の方です。なるべく「アニメの脚本家」と思わずに、広く目線を持って決めるようにしています。


─キャスティングについてはいかがでしょうか?


伊藤 芝居に関する考え方は「ばらかもん」でご一緒した、音響監督の若林和弘さんに教わった気がしています。「ばらかもん」の時は、子どものキャラを子どもとして表現するために大勢の子役をオーディションしたり、事前に方言のガイド音声を準備するなどして方言を再現して、作品の雰囲気を作られていました。作品のため、こうしたストイックな音響プランにとても感動しました。キャスティングに関することは、作品をご一緒していない時でも、若林さんの仕事のやり方を思い出しながらやっています。


─「夜は短し歩けよ乙女」(2017)では、歌手で俳優の星野源さんが主人公の先輩役を演じておられました。


伊藤 星野さんはプロデューサーや宣伝スタッフ全員で話し合い、満場一致で決まりました。星野さんってワナビー(wanna be:でありたい)をビー(be:である)にしている人だと思うんです。音楽もできるし、お芝居もできるし、文筆もできる。本当にすごい方だと思います。この作品の主人公の「先輩」って文科系人間の成長過渡期的な人物ですけど、ひょっとしたら昔の星野さんも「先輩」みたいな時期があったかもしれないですよね(笑)。とてもいいキャスティングだったと思います。

 

 

ものづくりの基本を忘れない


─そのほかにお仕事で必ず守るルールはありますか? 富山さんは中国の陰陽五行思想から着想を得た「富山式脚本術」を開発し、脚本分析に役立てておられるようです。


伊藤 いいなぁ、僕もそういうの欲しいですね(笑)。自分は本当にベーシックなことを心がけています。クリエイティブに関していえば、僕らは最初のファンで相談役なわけですけど、ものづくりって長くやっていくと、必ずどこかで迷子になるんですよね。ある課題を考えるうえで物語に本当に必要なこと、やるべきことをうっかり見失っちゃったり。


脚本作りの部分で自分が気をつけているのは、テレビシリーズであれば1話の中で、映画であれば1シーンの中で、「誰と誰が何をする話なのか」が明確であること。それだけは忘れないようにしています。絵コンテでもそうですね。そういうものづくりの基本的なことこそうっかり忘れちゃったりするんですけど、脚本家なり監督が自由に考えられるように、自分はそういう基本という客観性をいつも忘れないようにしています。


脚本家や監督は尖った鋭敏なアイデアを出す人でいいと思うんですよね。それをどういう形で世に送り出すかはプロデューサーの責務です。作品によってはネットで炎上してしまうこともありますけど、お客さんの反応を測り間違えるのはクリエイターの責任ではなくて、プロデューサーの責任だと自分は思っています。


─宣伝についてはどうお考えでしょうか? スタジオジブリの鈴木敏夫さんは、ご著書で宣伝の重要性を力説しておられます。


伊藤 そういうところもプロデューサーの仕事ですよね。宣伝と作品のメッセージが誤解されないように、常に気を配っています。


─ご自身で作品のキャッチコピーを考えたりしますか?


伊藤 たまに僕のが世に出ていますね。「ウマ娘 プリティーダービー」のキービジュアルのキャッチコピー、「めざせ、日本一のウマ娘。」とか「黄金色の不沈艦。」とか「世界を駆ける怪鳥。」とかは、奇跡的に全部、自分の案を採用してもらいました。ただキャッチコピーも、いつも皆で決めています。今作っている「アズールレーン」(未定)も、原作の方と脚本家の方と一緒に案を出し合って決めていますし、なるべく合議的に決めるように意識しています。よくも悪くも、自分のセンスをあんまり信用していないので(苦笑)。

 

「ウマ娘」Pは無類の競馬好き


─息抜きでしていることは? 


伊藤 競馬とか、スポーツの観戦です。スポーツはバスケもサッカーも、何でも好きですね。ひとりの人間のそういう人生の過程を見ることができるのは、身近な人以外では案外スポーツだけじゃないでしょうか。彼らからはとても多くを学べると思います。どんなスーパースターでも必ずどこかで失敗をしますけど、彼らは必ずそれを乗り越えて見せます。自分が何かにつまづいた時には、「あの選手はあれだけの才能があってあれぐらいがんばったんだから、僕ら凡人はもっとがんばらなきゃいけないよね!」と思わせてくれます。


競馬は息抜きというか、ライフワークです。物心ついた時から好きでいつから興味を持ったのかは覚えていません。ギャンブルが好きというわけではないんですよ。競馬は文化的背景の根深いスポーツだと思うんです。馬なくしてシルクロードもないし、シルクロードがなければ東西文化の邂逅もなかった。産業革命が起こるまでは、人間の最も重要なパートナーだったわけですよね。今は馬が交通手段として必要なくなった時代ですが、それにもかかわらず、競馬というものが残っている。そこにロマンがあって、人と馬の絆が描く競馬の物語は僕たちの心に強く訴えるものがあります。すべてのスポーツ史の中でいろんな感動的な名シーンがありますよね。でも、オグリキャップの1990年の有馬記念にかなうスポーツドラマって、世界中どこにもないと思いますよ。

 

 

スタートラインはクリエイティブ現場


─キャリアについてうかがいます。もともとアニメ業界をご志望だったのですか? アニメの専門学校に通われたりしましたか?


伊藤 普通の4年制大学で、政治経済学部を卒業しました。でも子どもの頃から物語や映像が好きだったので、何か物語にかかわる仕事をしたいなと思っていて。4年の夏に内定をもらっていた会社があったんですけど辞退させていただいて、映像制作の現場であるA-1 Picturesに入社しました。制作進行って普通、車の運転免許がないとできないんですけど、僕は乗り物を運転するのがすごく苦手で、やっていけるか不安でした。でも幸い、A-1さんは車の運転がなかったので、面接のときにそれを知って、ぜひ入れてくださいと頼み込んだのを覚えています。当時は、出版社とか配給会社とかビデオメーカーとか、現場以外の会社に行くという考えはまったくありませんでした。直接制作に関わってみたかったからです。その経験は今も自分の助けになっています。


─大学で学んだことで、お仕事で役に立っていると思うのは?


伊藤 大学で「産業組織論」という経済学の1分野を学んだんですが、今はあらゆる産業が発展しきっているから、その学問がそのまま生かされることは少ないんですよね。でも日本のアニメ産業はほかの産業に比べて未成熟な産業なので、自分の考え方をはっきりさせるのにいくらか役立っています。


─師匠的な方はいらっしゃいますか?


伊藤 僕は独立するまでに3社経験していまして、最初にA-1 Pictures、次に日テレ系のバップ、それから東宝。それぞれに師匠というか、尊敬する方がいます。A-1では当時制作進行の先輩だった、現アニメーションプロデューサーの清田穣二さん。僕はワナビーをこじらせて業界に入ったようなものなんですが、ふとした時に、なぜこの仕事をやっているのかと清田さんに聞いてみたら、「監督のやりたいことをかなえるためだ」と返ってきたんです。その時、カッコイイな! 企画をやる人はこういうメンタルの人じゃないとダメなんだと思いました。プロデューサーになろうと決めたのも、その方の言葉にいくらか引っ張られたからです。


それから転職して入ったのがバップなんですが、その時のチームトップが現在オー・エル・エムの代表取締役副社長、大島満さんでした。大島さんは「剣風伝奇ベルセルク」(1997~98)、「花田少年史」(2002~03)、「MONSTER」(2004~05)、「君に届け」(2009~11)、「ちはやふる」(2011~)等の企画を指揮された人で、僕は製作委員会方式を作った人のひとりなんじゃないかと思っています。最初自分はプロデューサーとしては右も左もわからなかったんですけど、大島さんに背中を押してもらいながら、「GJ部」、「ばらかもん」、「曇天に笑う」の3作品をやらせてもらいました。


東宝に移ってからは、川村元気さんと古澤佳寛さん、クリエイティブとビジネスのビッグマンがいらっしゃったので、それぞれから勉強させてもらいました。川村さんからはクリエイティブのいろんなことを教わり、最後は「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」でご一緒することになったんですけど、仕事の仕方には尖ったものがあって、僕もいくらか取り入れないといけないと思っています。古澤さんとは東宝で携わったすべての作品でご一緒させてもらっていて、ビジネス面の視点を学ばせてもらいました。


でも、人の真似をするだけじゃ意味がないんですよね。誰の真似をしても、その人にはなれませんから。最初に言ったように、プロデューサーにはいろいろな仕事のやり方があるので、「ばらかもん」のオープニングじゃないですけど、自分らしさ、自分のやり方が形になってようやく、1.5流になれるんだと思います。

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  • 伊藤隼之介さん

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