真木太郎プロデューサーが振り返る、もうひとつの「この世界の片隅に」戦記。 【アニメ業界ウォッチング第49回】

2018年09月29日 12:000
真木太郎プロデューサーが振り返る、もうひとつの「この世界の片隅に」戦記。 【アニメ業界ウォッチング第49回】

1円でも多く稼ぐ。ひとりでも多くに見せる。それを両立させる。


── 2016年11月の公開前後は、どんなことを考えていましたか?

真木 クラウドファンディングに集まった3374人の支援者のうち、僕は壇上から1千人ぐらいの顔を見ているんです。すると、原作者のこうの史代さんのファン、片渕監督のファンと、もうひとつカテゴライズできる人たちがいると感じました。既存の洋画でも邦画でも、製作委員会を組みやすい安全パイ、方程式でつくられた企画が多いんです。それに満足できない、もっと違うものを見たいと思ってプロジェクトに参加した人たちじゃないだろうか。そう感じました。僕の勘にすぎないから、もちろん証明はできないけど……。もっと作家性の強い映画を見てみたい、そういう匂いをこの企画に感じてくれた人たちが参加してくれたような気が凄くしたんです。
2016年は「君の名は。」、「シン・ゴジラ」と、作家性を前面に出した映画がヒットした年でした。作家性の強い映画の「市場がある」とまでは言わないけれど、お客さんがどれだけ満足できるかが問われてくる。そういう意味で「この世界の片隅に」は満足度が高いと思うし、60代以上の高齢者が鑑賞できるアニメ映画が初めて出てきたとも言えるかもしれない。僕が企画しているときには、高齢者も見られるアニメ映画なんて、誰も思いつかなかった。だけど、ニーズはあったわけですよね。クチコミで上映館が増えていって、シネコン全盛の現在とは逆行するような展開の仕方をして、誰も当たるとは思わなかった映画がヒットして賞を総なめにして、痛快といえば痛快ですよ。当たったからこそ、今回のロングバージョンがつくれるわけですし。

── 12月公開のロングバージョン(「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」)は、どういう意図でつくっているのでしょう? 初めて見る人向けなのか、すでにファンになった人向けなのか……。

真木 それは、とても難しいんです。いわゆるディレターズカットとは、本質的に違うからです。どうしてこの映画が高い評価を得たのか考えると、主人公のすずさんと観客の関係論が大事だと思います。主人公は一般の人とは違っていて、特殊な能力を持っていたり特殊な人生を歩んでいたりするのが、映画のセオリーですよね。すずさんは完全に逆で、日常のヒロインです。観客はすずさんを見ていてホッとさせられて、勇気をもらって、自分を肯定するキッカケにできたと思うんです。そのキッカケを、もう一度、違う感じ方をしてほしいのが僕らの願いです。いま公開されている作品を否定するつもりはなくて、作り手からすると、ひとりでも多くの人に見てほしい。「この世界の片隅に」は、リピーターが多い作品だと思うんだけど、観客動員200万人というと、視聴率でいったら1%に満たないんです。だから、今回のロングバージョンを機会に、まだ見ていない人にも見てほしい。


── こうした別バージョンを制作する例は、今までなかったんですか?

真木 ええ、ありませんでした。だから、「こういう言い方をすればうまく伝わる」という言い方がないんです。「既存の作品と今回の作品と、どっちを見ればいいですか?」と問い合わせがあったとき、どう答えればいいのか難しい。リピーターの人はそうは思わないだろうけど、世間の人は当然、「たった30分付け足して、また儲けるつもりか」と受け取るでしょうし……。30分の映像を新たにつくるのは、とても大変なんですけれど。

── 片渕須直監督や丸山正雄さんに共感したから、ここまで頑張ってこれたのでしょうか?

真木 片渕監督に惚れたのは、確かです。だけど、共感ではないですね。カッコよく言うと、自分の仕事をしただけです。僕は今敏監督とも仕事したんですけど、「パーフェクトブルー」を見て「こりゃすごいな」と思って「千年女優」をプロデュースしたときとパターンが似ています。

── おそらく、真木さんがプロデュースしていなかったら、「この世界の片隅に」はいまだにできていなかった気がするのですが?

真木 ええ、できてないでしょうね(笑)。打率からいうと、映画は何年もかかる割に当たらないことのほうが多い。プロデューサーは、クリエイターがいなければ食えない仕事だと思ってるんです。だから、クリエイターファースト。僕は監督の言うことを、よく聞くほうですよ。よく社内で言っているのは、「1円でも多く稼ぐ。ひとりでも多くに見せる。それを両立させる」。当たることだけを求めていったら、破綻しますよ。


(取材・文/廣田恵介)

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