「ラーメン大好き小泉さん」セトウケンジ監督インタビュー 「小泉さんのために太ったことが誇り」

「小泉さん」のために太ったことが誇り

── 本編には実在するラーメン屋さんが多数登場します。実際に来店されたのでしょうか？

セトウ　はい。東京だけでなく名古屋や大阪も含めて、ほぼすべての店舗にひと通り足を運んでいます。まず絵コンテを描く前にプライベートで何回か通って、ラーメンや内装を確かめて、キャラをどこに座らせるのかなどのカット割りを決めます。本編に出す許可が正式に取れたら、絵コンテと同じ構図からの写真を撮らせてもらいました。それから写真を美術スタッフに渡して、背景を描いていきました。美術設定は本来なら先に描くものですが、「小泉さん」は数があまりにも多かったので、お店の写真を参考にしています。

── ラーメン屋さんの許諾を得るのは大変だったのではないですか？

セトウ　そこは石橋（諒一）プロデューサーの仕事になりますが、苦労したそうですね。広報部門があるチェーン店であれば比較的楽なんですが、個人店の場合は電話をかけても出てもらえなかったり、そもそもFAXでないとアポが取れなかったりして大変だったと聞いています。

── 監督もラーメンが大好きということですが、好きになるきっかけがあったのでしょうか？

セトウ　私はアニメの仕事を始めてから東京に出て来たのですが、アニメスタジオの近くにはラーメン屋さんがなぜかたくさんあるんですよ（笑）。それに深夜まで開いているので、とても便利なんです。ラーメンの食べ歩きを始めたのは、アニメの仕事をするようになってからですね。とくに「小泉さん」のために取材をしていた2016年から17年は、人生でもっともラーメンを食べていた時期です。私が知らないラーメン屋の開拓もできたので役得でした（笑）。


── 仕事とはいえラーメンを食べ続けていたら、やはり体重は……。

セトウ　もちろん太りました（笑）。取材前にダイエットをして20キロぐらい痩せたんですが、「小泉さん」のせいでリバウンドしました。とくに第1話に出てくる大盛のラーメン屋さんでは、小泉さんが頼んだメニューと同じ注文して何度も食べまくりましたからね。とはいえ楽しい時間を過ごせました。こんなに誇りを持って太った経験はないですよ。

── その甲斐もあって、ラーメンの描写が素晴らしい仕上がりです。クレジットには「ラーメン作画監督」という前代未聞の役職がありますが、具体的にはどのような仕事内容なのでしょうか？

セトウ　ラーメンの写真を絵に起こしてもらっています。細部については実際にラーメンを食べている私が伝えました。具材はどんなものを使っているのか、麺は細麺なのか太麺なのか、ストレートなのか縮れているのか、などですね。


── ラーメンを描くときに難しい部分はどこでしょうか？

セトウ　色彩ですね。そもそも食べ物はキャラクターに比べて色数が多いんです。ラーメンは小麦やかん水の影響で、麺自体の色合いにも細かな違いがありますから。最終的な画面作りでは、特効の力も大きかったですね。セルにブラシを吹いてレタッチを加えたことでリアルなラーメンに仕上がりました。ただ食べるときは麺が動くので、すべてに特効を入れられないため、撮影のフィルターでグラデーションを入れてもらうなど、細かな調整を重ねています。ラーメン特有のシズル感をどう見せるのかが、とくに苦心した部分です。

── もっとも苦労したラーメンはなんでしょうか？

セトウ　蒙古タンメン中本の「北極」は、どうやって食べさせようか悩んだんです。というのも、北極はあまりに辛すぎるので、すすって食べることができないんです。一気にすすると辛味が器官に入って咳き込んでしまうんです。少しずつ麺をつまんで、すすらずに頬張るのが正しい食べ方なんですよ。最初はアニメでもリアリティを追求しようと思ったのですが、そのように描いてしまうと、美味しいものを食べているようには見えないんですよ。「これはダメだな」とあきらめて、普通にすすって食べさせるようにしました。でも小泉さんや美沙のように、北極を全力ですすって食べる人はいないでしょうね（笑）。