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「明るくきれいに、でもファンタジーの作り物っぽい感じ」
── 背景からは手描きの素朴な印象を受けましたが、本作ではCGも多く使われていました。手描きとCGを組み合わせるのにはどんな工夫をされたのか教えていただけますか? イシグロ 砂の海や泥クジラの羽根、スキロス編で出てくる触手の表現といった、CGじゃないと梅田先生の絵の情報量を落とし込めないだろうなという部分に関しては先立ってオーダーしました。触手の表現は作画ではできないものでしたし、お金と時間もかかってしまいます。そこをCGで補い、梅田先生が描かれるペイズリー柄の集合体のような絵をアニメでも再現できたのには満足しています。制作の工程としては、まず水谷さんにイメージ画を描いてもらいます。CGだけでは、形は作れても、最終的な色合わせはできません。色も含めたイメージボードを作っていただき、それを見ながらJ.C.STAFFのCGチームに地道に作り込んでもらいました。でも、よく見ていただくと、触手や羽根の全部が全部、動いているわけではないんですよ。なかには止まっている触手もあって、それらも全部CGからレンダリングして配置しています。触手が出て以降のカットは美術には建物しか描いてもらっていませんが、あくまで元になっているのは水谷さんが描いたイメージボードで、背景とCGは組み合わさっています。画面のなじませについては、最初に示したディレクションを各スタッフが理解してくれていたので、変に外れることもなかったです。
── 撮影にはどのようにディレクションを? イシグロ 「あまり効果を乗せすぎず、シンプルにいきたい」とお願いしました。撮影チームには、美術をあまりいじりたくないと、最初のPVの頃から伝えていましたね。最近の作品は、VFXの処理が昔より多様にできるようになった分、美術で描いてもらった絵が最終的な画面でかなり変わることが多いのです。作品によっては僕もそういうやり方を選びますが、どちらかと言うと美術の段階で世界観をしっかり作り込むほうが好きで。あくまで撮影は味付けであって、空気感を作ったりとか、光の具合を少し足してキャラクターをなじませたりすることに、撮影のよさを感じています。画面効果をつける役割でなく、基本的な絵作りをしてもらう感じですね。それを最初から伝えましたし、本作ではより処理をかけずに作りたいという気持ちでテストを重ねました。でもそれを可能にするのは美術のクオリティあってのことですから、最後までクオリティを保ってくれた水谷さんやムーンフラワー(水谷利春氏が率いる美術会社)の皆さんには本当に感謝しています。
── 画面全体の色彩に関してはどのような方向を示されましたか? 明るい絵作りを意識されていたように思うのですが。 イシグロ 原作単行本の表紙を見ると、境界線に淡くグラデーションがかかった水彩調で塗られているのですが、それをアニメでそのままやるのはちょっと違うなと思いました。アニメは基本的には単色で塗るので、情報が圧縮されているわけです。そこにグラデーションをかけたり水彩調に処理したりすると、ちょっと情報量が多すぎるので、それよりも梅田先生が使っている色を自分の中で解釈して、美術と合わせた時に画としてファンタジーっぽく、絵本のように仕上げようと考えました。画面作りに関しては、「残酷な物語だからこそ明るくしたい」と皆に伝えていました。重い世界観で重い話をやってはそのまますぎるので、それよりはパッと見てきれいな画面で残酷な物語が紡がれているほうが映像としての面白さもあるだろう、と。でも実のところ、使った色の彩度自体は、どれもそこまで高くありません。本作では日本の色を多く使っており、からし色を思い浮かべてもらうとわかりやすいですが、日本の色って彩度が低くてパステル調に近い感じなんですよ。それらの色に、たまに青みの強いものを差し込んだりすると、画面が明るく見えるといった仕組みです。水谷さんと色彩設定の石田美由紀さんが、「明るくきれいに、でもファンタジーの作り物っぽい感じ」というリクエストに見事に答えてくれました。
── 作り物っぽいといった点では、回想シーンなどで時折フィルムのような質感の画面作りをされていたのも記憶に残っています。そのあたりの演出にも同じ意図が込められていたのでしょうか? イシグロ そうですね。この世界が作り物である記号/メタファーの意味でやっていました。そのほかにも絵本っぽく見せる演出として、キャラクターの髪にハイライトを入れていない点もあげられます。最近のアニメ、特にライトノベル原作の絵には必ずハイライトが入っていて、そこをどう処理するかに今っぽさが表れるように思います。そういう現代の文脈からはだいぶ外れてしまうやり方でしたが、原作のイメージを表現するため、キャラクターデザイン・総作画監督の飯塚晴子さんにも狙いを伝えました。あとはキャラクターのトレース線を手描きのように処理していますが、あれは僕の案ではなく、撮影監督の大河内喜夫さんが「こうしたほうがいいんじゃないでしょうか?」とやってくれたものでした。大河内さんが作ってくれたテストの映像がすごくよくて、結果的に水谷さんの美術との組み合わせもかなりよくなったのでありがたかったですね。
── そのほかにもイシグロ監督が“作り物っぽさ”、“絵本っぽさ”を表現するために意図した演出があれば教えてください。 イシグロ 劇伴に生楽器を使ってもらったことですかね。もちろんデジタル的な要素も入っていますし、最終的に聞こえる音楽がアナログっぽければいいかなとは思っていたんですが、なるべく人が作った音で劇伴を構成したいと音楽の堤博明くんに伝えました。それから、泥クジラの民が歌う歌のメロディ構成は可能な限りにシンプルにしてほしいとも話しましたね。歌い継がれる曲というのは、誰でも歌えるようにどんどんプリミティブに、シンプルになっていくものです。転調も少なくなるだろうし、シンコペーション(裏打ちのようなリズム)は禁止といった細かい技術論も含めてオーダーしました。
── たしかに伝統的な歌や童謡には、あまりシンコペーションがない気がします。 イシグロ リズムが前乗りするものなので、シンコペーションってすごく現代的な技法なんですよ。それと、コードも一番わかりやすいC=ハ長調にしてほしいとお願いしました。ピアノで言うと黒鍵を一切使わない、白鍵の「ドレミファソラシド」をそのまま使う調です。そのくらい、本当にわかりやすい音の並びで、かつシンコペーションを禁止にする、みたいな感じでやってもらいました。堤くんとしてもチャレンジだったようですが、毎度楽しんで作ってくれていたようなのでよかったです。