アニメ業界ウォッチング第29回:神山健治監督が語る、「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」への長い道のり

2017年01月14日 11:000

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「描くべき結論」が見えていながら、自分にウソをつけなかった


神山 何しろ企画のスタートが「自分の娘に見せたい映画」ですから、いままでと路線が違っているように見えると思います。平和なときには深刻な問題提起をする作品を見たがるのかも知れないけれど、今はみんな、もっと気持ちのいいものを見たいんじゃないだろうか? 自分なりに感じていた時代の空気は、それほど間違っていなかったと、今は感じています。

──すると、2011年の震災を機会に、監督の世界観が変わったとは言えませんか?

神山 自分では認めたくなかったのですが、そういうことだと思います。仮に、もしも震災がなかったとしても、僕自身、ずいぶん疲弊していたのかも知れません。作品数こそ少ないけど、7年間休むことなく、頼まれるままに作品をつくり続けてきたので、自分自身も癒されるような作品が必要だったような気がします。

──神山監督の作品は、常に「才能があるのに報われていない若者」の背中を押してきたと思うんです。「攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX」(2002年)の笑い男もそうですし、「東のエデン」(2009年)の滝沢朗もそうですし……。

神山 「攻殻機動隊」のころは、作品をつくりたい自分とテーマとの間に、まったくズレがありませんでした。「東のエデン」劇場版(「東のエデン 劇場版II Paradise Lost」2010年)のとき、初めてちょっとズレを感じながらつくっていました。だけど、まだ自分の作品を見てくれるであろう世代の心の声を、なんとか受信はできていた。どうすれば、彼らが「これだ」と思える世界を表現できるのか、あとはその答えを探せばよかった。でも探してはみたんだけど、「東のエデン」では、その答えにたどりつけなかった。ドワンゴの川上量生さんが、「最終回までは、どんな希望が我々の前にひらかれるのか期待していた。最終回で、その希望は打ち砕かれてしまった」という意味の感想を書いてくださったのですが……、あの時の僕は、現実と折り合いをつけてしまったんです。自分自身が当事者になり切れなかった。「毎日がニコニコ超会議といった状態が、日本の経済基盤になった世界」とか「コミケが世界中に波及し、これからはコミケで食べていけるような社会構造」。そして「その価値観について来られない大人たちは置いていってもいいじゃないか」というようなビジョンを描ければよかったのかも知れない。でも、あの時の僕には、それは描けなかった。だから、ドワンゴの川上さんが書いてくださった感想は、批判でも何でもなく、的を射ていると思ったわけです。


──理想的な世界観が見えていながら、当時の神山監督には実感をもてなかったのですね?

神山 なんとなく、ウソをついている気がして……。いや、物語なんだから、ウソをついちゃえばいいんですよ。だけど、自分にウソをつけなかった。納得しきれなかった。それが、僕の感じていた“ズレ”なんです。そのズレをごまかして描けるよう、テクニックをつけるべきなのか。それとも、作り手として正直に生きるべきなのか。もう少し時間があったら、自分の中で咀嚼(そしゃく)しきれたのかも知れません。

──「東のエデン 劇場版Ⅱ The King of Eden」の翌年が、震災なんですよね。

神山 「東のエデン」のような作品、「攻殻機動隊」のような作品をつくってくれないかという提案は、よくいただいたんです。似てはいるけどまったく違う設定を考えて、以前と同じことを語る……。実は、それほど難しい仕事はないんですよ(笑)。その逆に、「東のエデン」の設定だけを使って、まったく別の作品をつくることならできるかも知れませんけど、なかなか理解してもらえない。そういう悩みもあったし、震災も来てしまったし、それまで何の迷いもなく商業作品をつくってきた自分が、「作品をつくる意味」を前にして、はたと立ち止まってしまったんです。


──「009 RE:CYBORG」は、どうだったのですか?

神山 「009」は、押井さんが撮るために書いた脚本ですからね。自分で監督しなければならなくなったとき、書き直せばよかったんだろうけど、その余裕もなくて。そういう作り手の事情は隠しきれないし、作品に対しても申し訳ない。それまでは迷いなく進んで来られたのに、何かがズレてしまっていたのでしょう。
その息苦しさを、「ひるね姫」でリセットできればと思っています。

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