「鉄コン筋クリート」がアニメーターとしての転機、今後数年で新たなオリジナル作品も
──キャリア上、転機となったお仕事はありますか?
入江 「鉄コン筋クリート」の原画をやった時ですね。30代半ばのころだったと思うのですが、原画で参加して、西見祥示郎さんの作監修正を見た時に、「アニメーターとしての原画の描き方は、これまで間違っていたんだ」と気づき、そこからアニメーターとしての進路が180度変わりました。自分の原画の描き方というのが、まるっきり違うものになりました。この経験がなかったら、「ソウルイーター」の原画を1人で描き切ることはなかったと思います。
──アニメーターとアニメーション監督に必要な資質とは何でしょうか?
入江 アニメーターに関しては、自分が走ってる時や、がっかりしている時にどういうふうに立ちふるまっているか、「自分自身の観察」がスタートだと思います。監督としては小説であれ、音楽であれ、絵画であれ、ほかの人の作った映像作品であれ、「すべてのものに興味を持つこと」が大切です。何がどこで役に立つのか、本当にわかりません。思わぬところでいろいろなものがつながってきますので、興味のあるものすべてに手を出しておいたほうがいいと感じることがあります。
──今後挑戦してみたいことは?
入江 「KURAU」以降達成できていない、「自分でゼロから考えた作品」をアニメとして作りたいですね。今後何年かで、いくつか実現できそうなものはあります。メーカーと企画中のものや、自分で描いた漫画「ハロウィン・パジャマ」、まだプロットだけのロボットアニメなど、これから10年かけていろいろやっていくつもりです。
JAniCA代表理事として思うこと
──ここからは日本アニメーター・演出協会(JAniCA)代表理事としてうかがいます。入江さんはJaniCAのHPで、「ここ数年の間に、アニメ業界の多くの問題が隠し様のない事実として表面化し・・・改善を先延ばしにし放置する事は、もはやできない段階にきています」と書かれています。このメッセージに込められた思いを、簡単にご説明ただけますか?
入江 「1人ひとりが自分自身を救う」ために動き出さなければダメだと感じています。白馬の王子様であったり、最終回ですべてを挽回するようなスーパーヒーローが現れるのを待つのではなく、まず自分自身が10年後、20年後もアニメで食っていけるのかということを真剣に考え、そのために必要なことを実践していく必要があります。そのうえで、自分たちでできることを近しい人たちと手をつないでやっていく、ということをやらないといけないと思います。行政であれ何であれ、大号令によって、上から命令されて解決するというのでは、「こっちは解決できても、こっちは解決できないよ」ということに必ずなるので、個々人が望む解決方法にはたどり着けないと思うのです。JaniCAも省庁と連携していろいろ進めていきますが、アニメ関係者個々人もそれぞれが望む未来を思い描いて、解決しようと行動することが重要なのです。あなたが望み思い描く未来は、あなた自身で作らないと、誰も作ってはくれませんから。
──JAniCAさんの活動としては、どのようなことをされているのでしょうか?
入江 制作会社の人たちと改善すべきところを協議したり、改善例やよりよい作り方を情報共有したり、応用したりして、会社と会社、人と人、人と会社をつなぐお手伝いをしています。アニメの制作体勢はぐちゃぐちゃと言われていますが、うまくいっている制作会社は一定数あるので、今後はそういったところのやり方を学ぶための場を提供していきたいです。それですべてが解決するとは思えないのですが、少なくともそれをやり始めないと、ちゃんとできていない会社のところからどんどん立ち枯れしていってしまいます。現実的な方法で1つひとつ次に進めていけば、10年後にいい仕事をしたかもしれないアニメーターが今消えていく、というのを食い止めることができるのではないかと思っております。
──三菱鉛筆さんの硬質色鉛筆の一件以降、アニメ制作者の方々の意識の変化などはありましたか?
入江 あの一件以降、「デジタルにシフトしなきゃ」という思いを強くした会社は増えたというのは感じますね。海外ではすでにデジタルでアニメを作り、そのためのソフトも出ておりますから。「鉛筆がなくなるわけないと思っていたのに、なくなる可能性があるんだ」と気づいた時に、5年後は、10年後はどうなるのかと考え、舵を切った会社はたくさん出てきたと感じています。ただ、JAniCAとしてはデジタル化を強力に推し進めるのではなく、「起こりうる未来として把握しておきましょう」というスタンスで動いております。JAniCAでは毎年、「アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACTF)」というイベントに協力しておりまして、そこでデジタルの可能性やソフトなどの現状についての情報交換を行っております。
──硬質色鉛筆以外に、喫緊の課題はありますか?
入江 「健全なスケジュール管理で、TVシリーズが作られること」、「健全なスケジュール管理のできる制作会社を増やしていくこと」が急務だと感じています。「1話数1年かけさせろー!」といった極端な話ではなく、「この予算とこのくらいの制作日数であれば、皆さん普通に暮らせますね」といったところを出して、全体が安定していい作り方ができるよう、スケジュールを管理していくことが大切です。自分の描いた原画を二原に出さなければならないといった望まない作り方を解消するためには、期間だけではなく、それをどう割り振っていくかといったこともよく考える必要があります。「健全なスケジュール管理」とはどういうものなのかを、JAniCAを通じて皆さんと共有することができれば、「JAniCAの提示したスケジュールと比べて、自分が関わっている作品はコンテがまだ全然上がっていない。これはまずいスケジュールの状態だ。これでは安定して作業ができないし、数か月後にはもっとひどくなる」といったことが各自で判断できると思います。スケジュールを健全にできれば、本来かけなくてもよかったはずの場所にコストがかさんでいる状況も解決できますし、動画単価や原画単価も上げていくことができるのではないかと思っております。
──入江さんは、メルマガで「週刊・作画基礎講座」もやっておられましたが、これはJAniCAさんの活動とは関係ないのでしょうか?
入江 JAniCA関係の仕事ではないです。あれは2011年の1年間、いち個人でやっておりました。現在はバックナンバーとして購入できます。始めた動機は、「鋼」をやっている最中に走りであるとか、中割りであるとか、原画マンでも意外にできていないんだと思うことがありまして、「最低限このくらいのことは知っておいてほしい」と思い、情報として残すことにしました。その情報をどう使うかは、記事を購入された方にお任せしたいと思います。
──現在のTVアニメの本数についてはどう思われますか?
入江 アニメーターの数に比べ、作らなければならない作品の数は多いと思います。ただし、作品数が多いということは、それだけお金をかけたいと思う人たちがいるということで、仕事がたくさんあるということですから、間違いなくいいことだと思っております。ですので、アニメーター・演出の方々には制作会社やスタッフをよく見たうえで、自分はどの作品に関わるべきなのか、自分がよい仕事ができるのはどこなのか、自分が集中できる状況を作り出すにはどうしたらいいのか、というのを考えて作品を選んでもらえればと思います。
──最後にアニメファンの皆さんにメッセージをお願いします!
入江 アニメーションは時代ごとに作品数も選ばれるジャンルも変わっておりますが、現場のスタッフは「面白い」と思えるものを目指して、日々作っております。これからも視聴者の皆さんと一緒に、いろんなアニメを観ていきたいですね。個人的には、現在監督をしている「灼熱の卓球娘」も、10月から始まっております。楽しみにしていただければと思います。
●入江泰浩 プロフィール
アニメーション監督、日本アニメーター・演出協会(JAniCA)代表理事。山口県の高校を卒業後、上京して中村プロダクションに入社。その後、アニメーターとして「機動武闘伝Gガンダム」(1994~95)、「天空のエスカフローネ」(1996)、「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」(1996~99)、「カウボーイビバップ」(1998)、「スプリガン」(1998)、「鉄コン筋クリート」(2006)など、数々の名作アニメに参加。監督としての主な作品には「エイリアン9」(2001~02、第2~4話)、「KURAU Phantom Memory」(2004)、「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」(2009~10)、「CØDE:BREAKER」(2012)などがある。現在は、10月放送開始の「灼熱の卓球娘」の監督として活躍している。
※OVA「エイリアン9」公式サイト
http://jcstaff.co.jp/sakuhin/nenpyo/2001/07_alien9/alien9.htm
※「鋼の錬金術師」公式サイト
http://www.hagaren.jp/fa/
※TVアニメ「灼熱の卓球娘」公式サイト
http://syakunetsu.com/
※入江泰浩の「週刊・作画基礎講座」(バックナンバー)
http://www.mag2.com/m/0001226591.html
※日本アニメーター・演出協会(JAniCA) 公式サイト
http://www.janica.jp/
(取材・文:crepuscular)