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好みのキャラを作るとコントロールを失う
稲垣 だけど、僕はどんなに変態っぽい趣味であっても、理解するようにはしているんです。オタク界というものが、そもそも“一般的”とされている価値観から外れた人たちで成り立っていると思うし、そこがきれいに整理されてしまったら面白くなくなりますよね。差し出がましいですけど、「好きな道を行く人は、とことん自分の趣味の世界を突き進んでもらいたい」と思うんですよ。メーカーとしてのアルターは、なかなかひとつの趣味・嗜好に偏らないんです。それは会社の方針というより、この会社に集まった人たちが、なんとなく偏らない雰囲気をつくっているんでしょうね。
──稲垣さんの中に、「自分も行くところまで行ってしまおう」という気持ちはありませんか?
稲垣 こだわって作っている部分はあるはずだし、作っていて気持ちいい部分はあるんですけど、それはテーマでもコンセプトでもないので言葉にできないですね。
──仕事以外の趣味では、何か造形していないのですか?
稲垣 遊びで作ったものなら、ありますよ。お見せしましょうか。「太陽の牙ダグラム」とか、「銀河旋風ブライガー」のオープニングバージョンを、あまった粘土で作りました。食玩で売られていたギターのミニチュアに合わせて、ギタリストを作ったり……。あと、ザクもあります。安彦良和さんが劇中で作画したザクを、うろ覚えで作りました。
──こういう遊びの造形に、何か基準はあるんでしょうか?
稲垣 平面に描かれたものが、立体としてどういう形をしているのか解きあかしたいんです。美少女フィギュアの顔面でも、絵として成立しているものを立体でどう表現すべきかに興味が向かいますね。古典的な少女マンガの絵を立体にしようと試みたり、あと、「アカギ」って麻雀マンガがありますよね? アカギの正面顔と横から見た顔を同時に成立させようと造形したりとか……。絵を立体にして、形を確かめたい。ちょっと謎解きのような面白さを感じているんですよ。
──このリアルな男のキャラは?
稲垣 ジミ・ヘンドリックスの顔を、想像だけで作ってみました。
──美少女キャラの立体造形って、面取りのモードが決まってきていませんか?
稲垣 そうですね、ほぼ決まっています。だから、若い人は初めから上手なんです。それと、アマチュアの方は、キャラクターへの愛情から造形をはじめますよね。僕は、そういうモチベーションの持ち方をしたことがあまりないんです。逆から見れば、自分の好みと関係なしにどんなキャラでも作れるのは、プロ原型師としては強みといえます。 でも、まったく自分に好みがないのかというと、そんなことはありません。と言うのは、好きなタイプのキャラを作っていると、たいていうまくいかないからです。「まだ作業を終えたくない」「こんなもんじゃない、まだ盛り込みたい要素がある」と、自分でコントロールを失ってしまうんです。
──たとえば、どんなキャラクターでしょう? 稲垣 そういう好みのキャラクターは、いつも「イメージに合わない」などの理由でお蔵入りになってしまうんですよ(笑)。 昨日、企画担当の人間と話したんですけど、どんなに人気のあるタイトルであっても、ユーザーとキャラクターが1対1で出会うようなタイプの作品は、あまりフィギュアの需要がないんじゃないか……。仮説なんですけど、恋愛シミュレーションのキャラクターを心から愛している人たちは、原型師やメーカーなどの第三者を介在させたくないんじゃないか……なんて話をしました。
──ゲームの中の「自分と対話しているキャラクター」こそが本物だという考えですね?
稲垣 そうです。ゲームと自分との間にある抽象的存在が本物なので、フィギュアのような物理的存在を必要としていないのかもしれない。意外と、女性はキャラクターとの関係性や距離感を気にせず、積極的にフィギュアを買っていかれるんですよ。今は、男性のほうが繊細になっているのかもしれません。
原型師には、2つのタイプがいる?
──稲垣さんは「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のめんまだとか、「ラストエグザイル」のアルヴィスだとか、幼い外見のキャラクターが得意ですね。
稲垣 「俺は、決してロリコンじゃない」と言いつづけてきたんですけど、商品化されたフィギュアを振り返ってみて、ちょっとショックだったんです(笑)。ここにある「オーディンスフィア」のメルセデスも、ロリータっぽいですね。どうして胸のない、か細いキャラクターが得意なのか、自分では分析できていませんけど……。たぶん、僕自身の生命力の弱さが、関係してるのかも知れません。
──バーンと胸の大きな、元気なお姉さんを好きなわけではない?
稲垣 僕の場合、きれいなお水を飲んでいそうな、生鮮野菜だけ食べていそうな繊細なキャラクターに偏ってしまうんです。フィギュアで売れる定番キャラは、ムチムチしていて、体にメカのついた明朗快活でセクシーな女性です。 原型師には、2通りいるそうなんです。ひとつは、自分の性的な対象として理想化された女性をフィギュア化する人。もうひとつは、自分がそうなりたいと内面的に思っている女性をフィギュア化する人。その2通りのタイプは、作ったフィギュアを見たらわかる……と、当社の事務の女性から指摘されたんですよ。 たとえば、ロリータ的な美少女を好きだった男性が、ショタ趣味に移行する例を見てきたんですけど、それはその人の内面の、抽象的な変化ですよね。男性が男の子キャラを好きになったとしても、それは変態だと笑えるものではないはずです。そんな簡単にくくってほしくない。僕たちは、自分の手で作ったフィギュアを世の中に公然と出せる立場にいるので、なんとかして、いろいろな人たちの多様なニーズにこたえた商品を出していきたいと思っています。
(取材・文/廣田恵介)