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「艦これ」ユーザーにも見てほしい作品
――こうの史代さんは、復興応援ソング「花は咲く」のアニメバージョンで、キャラクター原案を担当していますよね。そのことが「この世界の片隅に」にも影響を与えたのではありませんか?
片渕 「花は咲く」は、NHKから(MAPPA代表の)丸山さんに話が来て、「こういう内容なら片渕が向いている」と、僕に回してくれた企画です。「片渕の好きなキャラクターでやっていいよ」と言われたので、僕からこうのさんにキャラクター原案をお願いしたんです。こうのさんは東北大震災のあと、「東北に住みたい」と言うぐらい、熱烈に被災地に思い入れを持っていましたから。結果的に、「こうのさんのキャラクターを動かすと、こうなるのか」と僕らも理解できたので、「花は咲く」が「この世界の片隅に」の最初のパイロット・フィルムと言えるのかも知れません。「花は咲く」を見た人も「こうのさんの絵の雰囲気のまま、ちゃんと動かせるんだ」と、思ってくれたみたいですね。
――その後、「この世界の片隅に」のパイロット・フィルム、特報を制作してきて、どんな感触を得ていますか?
片渕 特報にキスシーンを入れたのは、いわゆる教育的な堅苦しい“空襲モノ”ではないと提示したかったからです。主人公のすずは、18歳だけど主婦であり妻であり、ある種のみずみずしさがある。いわば、萌えの対象でもあるわけですね(笑)。特報では、すずの魅力が、原作ファン以外にも伝わったみたいです。
――特報では、原作よりも色っぽいキスシーンになりましたね。
片渕 こうのさんには、「エロいですね」とまで言われてしまって(笑)。「この世界の片隅に」は、2009年のメディア芸術祭でマンガ部門優秀賞を受賞しているんです。受賞理由に「リアルな戦中を舞台にした作品なのに、思想的ではなく見事に普遍的で、誰もがときめくことができる少女マンガ」と書いてあって、それを映像で示せた気がします。
――すると、恋愛要素の大きいヒロイン物になると考えていいのでしょうか?
片渕 恋愛要素は大きいのですが、ほかにも、いろんな方向から引っかかってくれる人が、いまの時代ならいると思うんです。入口は、さまざまであってよくって、例えば、「艦これ」を好きな人だって、そうかもしれない。
――えっ、「艦これ」?
片渕 だって、「この世界の片隅に」は軍港の街が舞台だから、大和も青葉も出てくるでしょう? 「艦これ」が出るまで大和は知っていても、青葉を知っている若い人なんて少なかったと思うんです。「このアニメ、青葉が出てくるんですか?」と聞かれて、「みんな、青葉なんてよく知ってるな」と驚いてしまって(笑)。「この世界の片隅に」の企画を始めた5年前は「青葉なんて艦、地味すぎるよね」と思っていたのに、今は、青葉を知っている若者が200万人もいる(笑)。だから、青葉をメインにした「この世界の片隅に」のポスターも作りましたよ。呉市の「ヤマトギャラリー零(ZERO)」に置いてもらったんですけど、完売しました。
「艦これ」によって軍艦のあった頃の世界に興味が広がって、みんな「鎮守府」という言葉まで知っているでしょう? 「呉鎮守府のあった街の話だよ」という入り口から見てもらっても構わないんです。
――特報にも、大和が出てきますからね。
片渕 すずと、すずの夫の周作が並んで、高台から大和を見るシーンがあるんです。今も呉市に残っている高台から、大和が適切なサイズで見えように望遠レンズを設定して、その画角に入る当時の建物を、すべて調べました。そうやってシミュレーションするのは、単に「大和をリアルに再現したい」のではなく、臨場感を出したいわけです。すずの見た風景が実際にどう見えたのか、僕たちも知りたい。特報に出てくる大和には、人がいっぱい乗っているでしょう? 「軍艦が出てきてカッコいい、うれしい」のではなく、「軍艦の上にも生活がある」ということなんです。すずは、原作では大和を見て感じ入っている。彼女が何に感じ入ったのか、きちんと解釈しないといけない。大和には2000人ぐらい人が乗っているから、すずは「2000人分もご飯作ってるの?」と思って見ていたんじゃないかと、僕は解釈しました。軍艦の上にも、当たり前のように、人々の生活がある――そういう視点を持つと、「この世界の片隅に」というアニメ映画に、一本、筋が通ると思うんですよ。
(2015年8月6日・阿佐ヶ谷MAPPAにて)
(取材・文/廣田恵介)